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第二十夜 半魚人(その三)

●第二十夜 半魚人(その三)

 魚の胴体に人間の手足が生えた半魚人に制圧された東京湾、海ほたるパーキングエリア。

その三階の駐車場で、新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人は、駐車場に停まる車列の中を探るように歩く彼らの姿を見付ける。

「居たな……生存者を探しているのか?」

 新田の呟きに、結衣がここからが本番だと式神の唐傘お化けを握る力を強める。

「早いとこ殴って倒しちゃおう! 一体一体なら手強くないって分かったからね!!」

 ここに来るまでの途中、アクアトンネルから海ほたるへのランプウェイで待ち構えていた半魚人と戦った結衣は、その時の感触を思い出しつつそう新田に告げる。

「まだ先は長い……霊力の無駄遣いだけはするなよ?」

 そう返した新田に、結衣は分っていると告げると一番手前の半魚人に向けて駆けだした。

「千紙屋の! 結衣ちゃんの! 登場だっ!!」

 名乗りを上げつつ、一体目の半魚人を唐傘お化けの横薙ぎで殴り倒す結衣。

 新田も結衣に迫る半魚人を式神の古籠火から放つ炎で焼き尽くす。

「油分があるのか、良く燃えるな……!」

 炎で燃え尽きる半魚人に、殴り倒される半魚人。生き残りの半魚人たちは顔を見合わせると、一目散に逃げだした。

「逃がすかっ!」

 散らばる半魚人を結衣は追いかけ、唐傘で殴る……新田も古籠火から炎を吐き、逃げ道を塞ぐ。

 それでもすべてを倒すには至らず、生き残りが何体か四階へのエスカレーターを駆け登る。

 その姿を見て、新田は悔し気に呟く。

「ちっ、こちらの情報が上の奴らに伝わったか……結衣、気を引き締めて行くぞ」

「はーぁっ、はーぁっ、ふぅー……うん、分かった」

 走り回り乱れた呼吸を直した結衣が新田の言葉に返事をする。

 半魚人の手もここまでは手薄だったが、四階からが本番と言うことだろう。

「行くぞ、覚悟は良いな?」

「勿論……新田こそ、ビビってないよね?」

 エスカレーターの前で、新田と結衣は憎まれ口を叩き合う。そしてニヤっと同時に笑みを浮かべると、昇りエスカレーターのステップに足を乗せた。


 海ほたるの四階は、ゲームセンターや展望回廊の休憩所があるスペースになっている。

 照明は落とされ、非常灯と窓から注ぐ月明かりがフロア内を暗く照らす。

 そして……エスカレーターで昇って来た新田と結衣を、半魚人が待っていたとばかりに襲い掛かって来た。

「さっそくの歓迎か……だが、予想通りだ!」

 エスカレーターに乗る二人に飛び掛かる半魚人たち。だがそれは予想していた新田は素早く古籠火を向けると炎を放つ。

 新田の火炎放射が襲い掛かって来た半魚人を炎に包む……その隙に、結衣がダッシュでエスカレーターを駆け上ると、半魚人の群れの中へ斬り込む。

「行くよっ! ほらほら、どうしたの!?」

 結衣の攻撃に怯む半魚人たち。だが離れれば新田の炎が飛んで来るため、台風のような結衣に近付かざるを得ない。

 唐傘をまさに暴風のように振るい終えた結衣は、血糊をブンっと振り抜き払うと肩に担ぐ。

「これでこのフロアは終わりかな?」

 そう声を上げる結衣だが、新田はゲームセンターから流れる音楽に悲鳴と嬌声が混じっていることに気付いた。

「……まだ居るな。あそこか」

 自動ドアが壊されたゲームセンターに、そっと立ち入る新田と結衣。

 そこでは、捕まった女性たちが半魚人たちにおもちゃにされていた。

「結衣、見るな!」

 新田が思わず結衣を振り返るが、遅かった……結衣は半魚人に弄ばれる女性たちの姿を見てしまっていた。

「あ、あ、アンタたち……許さない! 唐傘っ!!」

 怒りの霊気で唐傘の表面を炎で染めると、結衣は女性たちに群がる半魚人たちを薙ぎ払うように焼き尽くす。

 しかし、その一撃では気が済まないのか、結衣は何度も何度も、半魚人が消し炭になるまで唐傘を振るう。

「はぁ、はぁ、はぁ……新田!」

 まだ怒りが収まらない結衣は、襲われていた女性たちの様子を診ている新田に声を掛ける。

「くそっ……孕まされてる。結衣、浄化の炎を彼女たちに……それで追い出せるはずだ」

 膨らんだ腹を見ながら辛そうに告げる新田は、結衣の体内に宿る朱雀の力を借りることを提案する。

 朱雀……不死鳥の力は破壊と浄化、そして再生。犯された女性たちの身体も、結衣の炎で不浄を焼けば浄化される筈。

「わかった……朱雀よ、力を貸して!」

 その言葉と同時に、結衣の肩口から炎で出来た朱雀の翼が生える。

 右手に握った唐傘お化けが剣になり、その切っ先まで炎が包む。

「彼女たちを助けて……浄化の炎っ!」

 暖かい波動が結衣の手にした剣から発せられる。それは苦しんでいた女性たちに安らぎを与え……それと同時に、胎内に巣食う半魚人の子を流し落とした。

「こいつら……!」

 結衣と新田は、その落とし子が産声を上げる前に燃やす。あとは記憶の操作が出来れば良かったのだが……それが出来る仲間は、残念ながらこの場には居ない。

「きっと苦しむだろうな……だが、やれることはもうない」

 悔しそうな表情で涙ぐむ結衣を新田は抱きしめ、ポンポンと背中を叩き慰めるのであった。


 落ち着いた結衣を連れ、新田は五階へ向かう。

 五階はフードコートやシアター、そして展望デッキがあるフロアだ。

 そして、海ほたるの最後のフロア。

「どけどけ、俺は今怒ってるんだ!!」

 怒りの新田はその感情を古籠火に乗せ、群がる半魚人たちに撒き散らす。

 純粋でいて欲しかった結衣に。見せたくない現実を見せてしまった。そのやるせない怒りが新田を動かす。

「新田、飛ばし過ぎないでよ!」

 今度は追いかける側に回った結衣が、左右の通路から迫る半魚人を打ち倒す。

 新田と結衣は至る所に食い散らかしと血飛沫が広がる五階のフロア内を駆け巡り、最後にフードコートの中に入ると、そこには食料を喰い漁る半魚人たちの姿があった。

「お前らに喰わせる物はねぇっ!」

 新田の手にした古籠火から巨大な炎が噴き出し、フードコート内を大火炎に包む。

 あまりの火力に、防火装置が作動し天井のスプリンクラーから勢いよく水が噴き出す。

「……新田、頑張り過ぎ」

「そうだな……スマン」

 水に打たれて冷静さを取り戻したのか、新田は結衣に謝罪する。

 唐傘を傘のように差した結衣は、スプリンクラーのシャワーに打たれる新田に向けて差し出す。

 二人はそのまま、残る展望デッキへと足を踏み入れた。

「遅かったなぁ……」

「その声は……妲己か」

 展望デッキの柵の上……脚を組み、狐面の仮面を付けた九尾の女性が新田たちの到着を待ち受けていた。

「大した歓迎だったな。だが、俺たちを止めるにはまだまだのようだ」

「今度はアナタが相手してくれるの、妲己?」

 新田と結衣の二人が妲己に構えると、彼女は薄く笑う。

「そうねぇ……戦っても良いけど、まずこいつらの相手をして貰いましょ」

 ザザッと言う音と共に、半魚人の群れが四方から二人を取り囲むかのように現れる。

「この子たちは、アナタたち千紙屋に怨みがあるのよ……」

「怨み?」

 半魚人の相手などしたことがない新田と結衣は、顔を見合わせて思わず呟く。

 覚えがないと言う態度に、半魚人たちは抗議の声を上げる。

「ふふっ、説明したる……前にアンタたちが退治した舟幽霊、覚えているか?」

「ああ……」

 頷く新田に、妲己は告げる。

 あの舟幽霊は妲己が生み出したあやかしであり、そしてその核を回収して再度生み直したのが半魚人たちだと。

「じゃあ……今回の事件の黒幕は、妲己、アンタなのね!」

 結衣が妲己に唐傘の先端を向ける。妲己はうふっと頷くと、そうやと答える。

「せや、ウチが全ての黒幕や……憎いか、憎いか!? なら、その剣を届かせることやね」

 妲己はそう言うと柵の上に立ち、五階部分の天井へと飛ぶ。

「新田、やるよ!」

「おう、任せろっ!」

 結衣の言葉に、新田も頷く。そして半魚人の集団が襲って来た。

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