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第二十夜 半魚人(その四)

●第二十夜 半魚人(その四)

 海ほたる、展望デッキ。半魚人の集団に囲まれた千紙屋の陰陽師見習い、新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人は、それぞれの式神を手に動き出す時を待っていた。

「新田、空から行くね」

 肩口から朱雀の翼を生やしていた結衣が、その翼を大きく広げると一気に羽撃たき宙に舞う。

 そして手にした式神の唐傘お化けを炎の弓に変化させ、弦を引くと炎の矢が生み出された。

「炎の矢……五月雨撃ち!」

 天に向かって炎の矢を放つ結衣……それは限界高度で下を向くと、分裂し矢の雨となり展望デッキに降り注ぐ。

「おっと、動くと逆に危ない……と」

 結衣の炎の矢は、彼女の意思によって誘導が効く。流石に無数に降り注ぐ全てをコントロールすることは出来ないが、新田に当てないと言うことなら出来る。

 なので。新田は逆に動くと危ない、と言う訳だ。

 降り注いだ矢の雨は、半魚人たちの半数を脱落させる。

 妲己にも炎の矢は向かったのだが……残念ながら結界のようなモノで弾かれてしまった。

「ちぇ、そう簡単には行かないか……」

「残念だったなぁ。さあ、コイツらの相手をせぇ?」

 悔しそうな結衣に、妲己は薄く笑みを浮かべながらそう返す。

 妲己の号令に、先ずは新田へと半魚人たちは襲い掛かった。


 魚の胴体に人間の手足を持つ半魚人たち。その構造から、人間の作り出す道具は使いこなせた。

 残った半魚人たちは、バットやバールと言った鈍器や、中には警官から奪った物か、拳銃で武装している者も居た。

「くっ、打撃は勘弁だ!」

 式神の古籠火を携えた新田は、振り下ろされるバールを交わしながら、石灯籠の明かりから吐き出した炎で半魚人を焼く。

 新田は結衣と違い、近接戦の能力は持っていない……あくまでも炎の壁を張り、近距離にも対応出来る、と言うだけだ。

 先程までのように数が少なければ、先手を取って炎で焼ける。

 だが、こう数が多いと……後ろにも目を付けなくては交わしようがない。

「ぐふっ!」

「新田っ!!」

 後方から頭を殴られ、その場で蹲る新田に、結衣が翼をたたみ急降下する。

「このっ、よくも新田を!」

 炎の弓から炎の剣に姿を変えた唐傘を振るい、新田を追撃しようとしていたバールを持った半魚人を両断する結衣。

 そのまま右へ左へと刃を振るい、恐れおののいた半魚人たちは結衣から距離を取る。

 その隙に結衣は新田に駆け寄り、容態を確かめる。

「大丈夫、新田!?」

「あぁ……ちょっとクラッとしたが、大丈夫だ」

 頭から血を流しながらも新田は立ち上がると、再び古籠火を構える。

 だが、そんな二人に向け、頭上から妲己の声が響いた。

「お前たち! その羽根の生えた女が、お前たちの親の仇だ……存分に殺して犯せ!」

「なっ!?」

 妲己の言葉に、新田と結衣の脳裏に先程の光景が過る……そして、それは二人の怒りに火を点けた。

「結衣をそんな目には合わせん! 古籠火、遠慮はいらない……全力だ!」

 まずは新田が古籠火に霊力を注ぐ……巨大な火球が生まれ、飛び掛かろうとした半魚人たちを次々と飲み込んでいった。

「女の子たちにあんなことをしたあなたたちを……私は許さない!」

 新田の放った火球を逃れた半魚人たちは、怒りの炎で全身を燃え上がらせる結衣の炎の刃が斬り裂いていく。

「ふむ……半魚人たちでは相手にならぬか」

 その様子を観ていた妲己は、ふぅと妖しく吐息を漏らす。

 そしてポンポンと手を叩く。すると一斉に半魚人たちが海へと飛び込んだ。


 一斉に展望デッキより東京湾へと飛び込んだ半魚人たち。

 新田と結衣は柵まで追いかけて下を見るが、海の底に潜ったのか、半魚人たちの姿は見えない。

「逃げた……の?」

「妲己、何を考えて……!?」

 新田たちが振り返ると、そこには妲己の姿はない。

 終わったのか……そう思った矢先、巨大な物が海を突き破って現れた。

「巨大な……半魚人!?」

「融合したの……?」

 絶句する新田と結衣の前で、巨大化した半魚人は拳を振り上げる。

「結衣、空へ逃げろ!」

 新田はそう叫びつつ結衣の背を押すと、自分は展望デッキの反対側へと走る。

「新田!?」

 間一髪、空へと逃れた結衣の眼前で、巨大な腕が展望デッキに振り下ろされる。

 もくもくと上がる土煙が晴れると、巨大半魚人の手の先で新田が仰向けで倒れていた。

「危なかった……大丈夫だ、結衣!」

 空を飛ぶ結衣に手を振ると、新田はよっこいしょっと起き上がり、再び古籠火を構えると、その隣で揺れる象牙のような白虎の牙に目を走らせる。

「使うぞ、白虎の牙……吼えろ、古籠火っ!」

 新田の家に伝わる呪具、白虎の牙。霊力を注ぎ込めば東京を守護する四神、白虎の力が溢れ出して来る。

 その力は古籠火に注がれ、虎の形をした炎を生み出した。

「白虎の炎よ、奔れ!」

 命ずる新田に従い、炎の虎は空を駆ける。そして炎の爪を伸ばし、巨大半魚人に飛び掛かった。

「結衣、続け!」

「うん! 行くよー……天裂剣舞!!」

 腕の付け根から腹にかけて、炎の爪が巨大半魚人の身体を斬り裂く。

 グラっと身体を揺らす巨大半魚人の姿を見た新田は、結衣に続けと声を上げる。

そして放たれたのは、風に乗せた回転する無数の炎で斬り付ける結衣の必殺技、天裂剣舞。

 次々と放たれる炎の刃は、結衣の翼から発生する突風に乗り巨大半魚人の全身に襲い掛かる。

「いいぞ、このまま海に押し倒す!」

「了解、もっと行くよっ!!」

 炎の虎の爪が振るわれ、そして炎の刃が巨大半魚人の巨体を斬り裂く。

 巨大半魚人も反撃しようと腕を振るが、猛攻を受けていることもあり新田と結衣には余裕を持って交わされてしまった。


 巨大半魚人との戦いは、新田と結衣、二人の優位に進んでいた。

「やーい、どうしたどうした? その巨体は飾りかなー!?」

「おい、結衣……あまり煽るな!」

 朱雀の翼で巨大半魚人の周りを飛ぶ結衣は、新田の制止にも関わらず巨大半魚人を煽り倒す。

 人間の言葉を理解している巨大半魚人は、結衣に向かい手を伸ばすのだが、素早さと小回りが段違いのため彼女を捕えられない。

 ならばと新田へと向かい手を伸ばすが……こちらも建物の構造を上手く使い逃げられてしまう。

「この歳になって鬼ごっこをするとはな……」

 展望デッキを全力で走り回る新田は流石に息が切れてきたのを感じる。

 二十七歳の新田にとっては、もうそろそろ見えてきた三十の大台を恐れる時期。

 対する十六歳の結衣は、まだまだ元気一杯。その上、霊力で飛んでいることもあり、疲れ知らずであった。

「若いっていいな……って、またおじさんって言われるな」

 精神の若さが肉体に反映されると言われる。それは事実である。

 精神……つまり魂を鍛えることで、肉体もそれに引っ張られ若返るのだ。

 逆に歳を取ったと思い込めば、魂も、そして肉体も歳を取る……だから自分は若いと思い、魂を鍛える。それが若さの秘訣である。

 新田はぼやきそうになった自分を戒め、炎の白虎を操る。

「結衣、そろそろ止めを刺すぞ!」

「わかった! ならもう一度……天裂剣舞!!」

 海ほたるの上空に舞い上がった結衣が、無数の炎の刃を再び放つ。

 その攻撃は巨大な半魚人の胴体に次々と命中し、ボタボタと斬り裂かれた身体が海に落ちて行く。

「まるでアンコウの吊るし切りだな……こっちも行くぞ、白虎!」

 炎の虎は新田の言葉と共に前脚の爪を伸ばし、展望デッキを駆け抜けると大きくジャンプする。

 そしてその勢いそのままにぶつかりながら爪を振るい、身体の中に潜っていくと、心臓の位置にあるあやかしの核を斬り刻んだ。

「よし、やったぁ!」

 巨大半魚人の巨体が音を立て海中に倒れ込んでいく姿に、結衣が思わず声を上げる。

 新田も柵から身を乗り出しながら海中を見て、今度は巨体が沈んでいくのをその眼でしっかりと確認する。

 こうして、海ほたるを占拠した半魚人たちによる事件は、巨大半魚人の討伐と言うことで新田と結衣により幕を閉じたのであった。


 巨大半魚人が倒されたことで危機は去ったと見たのか、海ほたるパーキングエリアに警察とあやかし事件専門の特殊清掃業者が入る。

 手早く負傷者や遺体を運び出し、壊れた物を直し、元の日常に戻そうとする彼らの働きを眺めつつ、新田は結衣の方を向く。

「結衣……大丈夫か? その、見たくない物を見ただろう?」

 結衣はその言葉に、気遣ってくれる優しさには感謝を告げつつも、思い出させないで欲しかったとデリカシーの無さに釘を刺す。

「もう、折角忘れてたのに……大丈夫、あやかし事件に関わるなら、こういうこともあるんでしょ? 慣れることにするわ」

「無理に慣れなくても良いんだぞ? そう言う事件だったら、俺が代わりに……」

 そう新田が告げたところで、ストップと結衣が彼の口を指で止める。

「新田、それ以上言ったら相棒失格よ? どんな時でも二人で……そうでしょ?」

 その言葉に、新田は自分が結衣を勝手に幼く思っていたことを反省する。

「あーっ、お腹空いちゃった! 確か一階にコンビニの自販機があったよね? 何か食べて帰ろーっ!」

「そうだな……あっ、車……トンネルに置きっぱなしだ」

 お腹が空いたと言う結衣の言葉に、現実に返る新田。質草と言えども借りている車であるし、何より作業の邪魔になっていなければ良いが……と焦る。

「それじゃ、自販機で買い物したら直ぐに車に戻りましょ!」

「そうだな……そうしようか」

 新田と結衣はそう言うと、まずは一階にある自動販売機を目指しエスカレーターへと走る。


 一方、海の底では、倒された巨大半魚人が分解を始めていた。

 核が潰されたことで融合が解け、バラバラの死体が生み出される……だが、その中にまだ僅かに息の残っている半魚人が居た。

 生き残りの半魚人は、千紙屋への……新田と結衣への復讐心を強く刻み込むと、再び数を増やすべく深海に消える。

 まだ、事件は完全に終わった訳ではなかった。

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