●第二十一夜 影女(その二)
秋葉原、千紙屋。その店内で一通り動きが出来るようになった影女……今はゴシックロリータのドレスを纏った球体関節人形に入った彼女、その動きを覚えるリハビリが行われていた。
「いいよ、いいよー! 今度はお店の中を一周してみようか!」
千紙屋の陰陽師見習いである
一歩一歩踏み出しながら、恐る恐る店内を歩く影女。その姿をもう一人の陰陽師見習いであり、彼女に術を施した
「そろそろ外へ出てみようか」
新田のその言葉に、ビクっと影女が驚く。まだ新しい身体にも慣れていないのに、外に出て羞恥を晒したら……そう不安になるのも分かるが、何時までも室内で練習してる訳にも行くまい。
そう新田は告げると、奥から帽子やハンドバッグと言った小物を持って来る。
「この人形のオプションらしい。一緒に仕舞ってあった……自分で着けられるか?」
コクン、と頷く影女はゆっくりとした動作で帽子を被り、ハンドバックを肩に掛ける。
「できま……した」
まだ発声することに慣れてないのか、弱弱しい声で発音する影女、
「うん、とっても可愛い! ほら、鏡見て!!」
何処からか姿見を持って来た結衣が、影女の前にそれを置く。
鏡に映ったのは、どう見ても美少女のそれであった。
「これが、私……影じゃない、私の姿」
「そう。もう影女さんは影じゃないよ! いっそ名前も変えちゃおうよ? そうだなー……光を放つから、あかりさんとか!?」
そう言われ、影女は結衣と、新田の顔を見る。今まで影として暮らしていた自分がそんな光栄な名前を名乗って良いのか? そう問いかけているようだ。
「あかりか……良い名前じゃないか、結衣にしてはまともだしな」
「結衣にしては、って何よ! もう……あかりさん、行こうっ!」
揶揄う新田に頬を膨らませると、結衣は影女……いや、あかりの手を取る。
「……はいっ!」
人形の冷たい手。だが繋いだ結衣の手には、あかりの興奮が伝わって来るかのようであった。
夕方の秋葉原。喧騒とネオンが輝きだす頃……影女改め、あかりは新田周平と芦屋結衣と共に街の中へと歩き出す。
奇抜な恰好をしている者が多い秋葉原だ。ゴシックロリータのあかりの服装は目立たない。
むしろ、見事なまでに街へ溶け込んでいるかのようだ。
「あかりさん、まずは街を歩いて見ましょう」
新田の呼びかけに頷くあかりは、街並みを見ると驚きの表情を浮かべる。
「そうですね……夕方以降は影が少なくなるので動けなかったので、まるで知らない街を歩いているようです」
そう夕日が伸びる街を行くあかりは、何もかも楽しそう。
その姿に、新田も結衣も今日はいい仕事が出来た……そう思っていた時だ。
「おぉ……エレクトラ、再び出逢えるだなんて! これは運命!!」
「誰だっ!?」
それは突然であった。背後から掛けられた声……そしてあかりの姿が消える。
いや、消えたのではない。ビルの屋上へ一瞬で連れ去られたのだ。
「あかりさん!!」
「結衣、行くぞ!」
声を上げる結衣に、新田がビルの屋上に向かうぞと声を掛ける。
走り出した彼を慌てて追いかける結衣。飛び乗ったエレベーターが最上階に着くのももどかしく感じる。
「何処、あかりさん!」
屋上に飛び出した結衣たちの前では、あかりが糸で巻かれていた。
そして彼女を捕まえ、全身を探るように手を這わす、背中から触腕を生やしたスーツにハットを被った男の姿。
「あぁ、エレクトラ……まさかもう一度君に逢えるなんて。それどころか魂を持つだなんて、なんて素晴らしい!」
口を糸で塞がれたあかりは、首を横に振ることで抵抗を示すが、男は気にしないのか……それともあかりの意思を無視しているのか、彼女の身体を弄るのを止めない。
「この、変態! あかりさんを放しなさい!」
結衣が背負った鞄から取り出した折り畳み傘を伸ばすと、式神の唐傘お化けを実体化させ、あかりを捕まえた男を殴ろうとするのだが……男は触腕から蜘蛛の糸のような物を伸ばすと、あかりを連れひょんと移動する。
「くっ、このっ!」
「夫婦の愛の語らいです、邪魔をしないで貰いましょうか……」
男は結衣に向かい蜘蛛の糸を飛ばすと、結衣はグルグル巻きにされてしまう。
「……酷い、まるでハムではなく骨を縛ったようですね」
「骨って!? ちょっと、新田、笑ってないで助けてよ!!」
笑いを堪えている新田に結衣が文句を言うと、慌てて新田は結衣の元へ駆け寄り糸を解こうとする。
「……くっ、焼き切るか。結衣、動くなよ?」
蜘蛛の糸は、解くのが難しい……新田はそう言うとスマートフォンを取り出す。
そしてストラップとしてぶら下がっている石灯籠の式神、古籠火に小さく炎を吐かせて、結衣を拘束する糸を焼き切る。
「よし。結衣、動けるな? 蜘蛛男……お前、将門社長が言っていた人形遣いのあやかしだな」
「ふふ、ご存じでしたか……ではあなたたちはわたくしたちを引き裂いた千紙屋さんですね? わたくしはマリオ。操り師マリオと申します。このエレクトラの主……いや、夫です」
そう告げた人形遣い、マリオと名乗った男は、蜘蛛の脚をあやしく動かしながらあかりを抱き寄せる。
嫌々と抵抗するあかりの意思を無視し抱きしめると、長い金髪に口付けをする。
「うげぇ、気持ち悪い……新田、早くあかりさんを取り戻さないと!」
結衣の言葉に同感だったのか、新田も頷く。そして二人は式神の唐傘お化けと古籠火を構えた。
秋葉原のビルの屋上。風が吹き晒すその場所で、式神を構えた新田と結衣、そしてあかりを人質に取った人形遣いのあやかし、操り師マリオが向き合う。
「結衣、何時も通り俺が援護する……あの変態を思いっきり殴ってやれ」
新田が結衣に向かいそう言うと、古籠火……石灯籠の灯りから炎を次々と吐き出す。
「マリオとか言ったね、行くよっ!」
唐傘を斜めに構え、放たれた炎に紛れて結衣が駆けだす。霊力を通した唐傘お化けは、その霊波の波長を変えることでバットから刀まで切れ味を変えられる。
今は蜘蛛の糸を斬るために、結衣は切れ味を重視していた。
「ほう……わたくしの糸を斬ろうと言うのですね! わたくしの愛を試そうと言うのですね! いいでしょう、来なさい!!」
両手を広げ、背中の触腕から蜘蛛の糸を飛ばすマリオ。結衣は飛んできた糸を唐傘で弾く。
「ふん、そんな糸……大蜘蛛の糸に比べれば、どうってことない!」
「おや、ではこれでどうでしょうか?」
糸をくるくると回転させたマリオは、唐傘の幹に糸を巻き付ける。
そしてぐいっと釣り上げるように引っ張ると、結衣の手から唐傘お化けを奪い取る。
「あっ! 唐傘がっ!?」
「ふふっ、式神を奪われては戦えないでしょう? さあどうしますか、千紙屋さん?」
唐傘お化けを取り上げたマリオは高笑いをする……結衣は悔しそうな顔で地団駄を踏むのであった。