目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第二十一夜 影女(その三)

●第二十一夜 影女(その三)

 陽が落ちてきた秋葉原。ビルの屋上からは沈みゆく太陽がよく見える。

 そんな秋葉原の空の下では、秋葉原であやかし相手に融資や保証を貸し出す『千紙屋』の新田周平あらた・しゅうへいと、彼の相棒である女子高生……芦屋結衣あしや・ゆいの二人が、依頼人の影女、今はゴシックロリータのドレスを纏った球体関節人形に入り、あかりと名を改めた女性を人質に取った、あかりの入っている人形を作った人形遣いのあやかし、操り師マリオと向かい合っていた。

「くっ、唐傘を奪われるなんて……新田、奪い返せない!?」

 マリオは蜘蛛のあやかし……背中から伸びた触腕の先から放たれた蜘蛛の糸によって、結衣が手にしていた式神の唐傘お化けを奪われてしまった。

「古籠火の炎で糸を焼くしかないか……唐傘、我慢しろよ!」

 そう言うと新田は、式神の古籠火を構える。

 古籠火は石灯籠のあやかし、灯りの部分から炎を放つことが出来る。

 放った炎で蜘蛛の糸を焼き切り、唐傘を取り返そうとの算段であった。

「おや、取り返されるのは困りますね。ではこうしましょう……わたくしたちの愛を魅せてあげます」

 マリオはあかりの拘束を解くと、唐傘を捕獲した一本を除く残り七本の触腕から糸を伸ばしあかりの身体と結びつける。

「さぁ、エレクトラ……征きなさい!」

「か、身体が勝手に!?」

 あかりの悲鳴が上がるなか、素早い動きで結衣に迫ると見事な格闘術を見せ、両腕をクロスした結衣をその上から吹き飛ばす。

「きゃっ!? つ、強い……!!」

 咄嗟に両腕でガードした結衣であったが、屋上の端にある柵にぶつかることでその身体はやっと止まる。

「まだです。まだまだ征きますよ。我が宿敵、千紙屋の少女よ!」

「宿敵って……借金をする方が悪いじゃない!」

 追い打ちをすべく、美しい脚で蹴りを繰り出すエレクトラ……いやあかりの攻撃に慌てて転がるように避ける結衣。

「結衣さん、ごめんなさい! 身体が、止められないんです!!」

 両手でゴスロリスカートをふわっと摘まみ、次々と見事な蹴り技を放って来るあかりに、結衣は手を出せない。

 物理的にも素早過ぎて手が出せないのもあるが、心理的に手を出せないと言うのもある。

「あかりさん……! 新田、なんとかならない!?」

「なんとかって言っても……」

 結衣に呼びかけられた新田は、どうしようかと周囲を窺う。

 素早く攻撃を繰り出すあかりとそれを受ける結衣。そしてあかりの背後で彼女を操るマリオ……三者の動きが早すぎて、マリオネットの糸だけを焼き切ろうとしても捉えられないのだ。

「結衣、なんとか動きを止められないか!? 早すぎて何も出来ない!!」

「止めろって言われても……」

 紙一重で蹴りを交わしていた結衣は、新田の懇願にとりあえず蹴りだされた脚を掴もうと両腕を伸ばしてみる。

 しかし脚は素早く引き抜かれ、お返しとばかりに顔、胸、胴と三連脚を決められると、結衣はうがっと悲鳴を上げまた柵へと打ち付けられた。

「どうですか、千紙屋さん……エレクトラは諦めて、帰ってくれませんか?」

「……そう言う訳にもいかないんだよね!」

 柵から跳ね起きた結衣は、拳に霊力を纏わせてマリオへ向けて殴り掛かる。

 操られているあかりを攻撃出来ないなら、操っているマリオを狙う……正しい判断であった。

 だが、それを遮るかのようにあかりがマリオのガードに入る。

「痛っ!」

「ご、ごめん!!」

 繰り出された攻撃を代わりに受け、悲鳴を上げるあかり。

反射的に謝る結衣であったが、だがそこをチャンスと見たマリオはあかりを操り、ムーンサルトキックを放った。


 何時の間にか空には月が昇っていた。その月のように美しい蹴り技に、思わず受けた結衣も……見ていた新田も見惚れてしまう。

「キレイ……」

 蹴り上げられた結衣はそう呟きながら、身体は柵を越える……新田が叫びながら駆け寄ると、呆けている結衣に向かって飛べと叫ぶ。

「結衣、何をしてる! 落ちるぞ、飛べ!!」

 その声にハッとした結衣は、体内に宿る朱雀の力を発動させる。

 そしてその肩口から朱色の翼を伸ばすと、何度も強く羽撃たかせ落下の勢いを止めた。

「危ない危ない、見惚れてついボーっとしちゃった……さぁ、第二ラウンドと行こうか」

 バッサバサと広げた朱雀の翼で空を叩き、屋上へと舞い戻った結衣は拳に浄化の炎を宿らせる。

 朱雀の炎と組み合わせ剣や槍と言った武器になる式神の唐傘お化けをマリオに奪われている今、結衣の攻撃手段は己の肉体だけ。

 しかし、千紙屋に来るまでは素手の格闘で襲って来る悪霊を祓っていた結衣は、唐傘を使わない戦いでも自信があった。

「新田、白虎の炎で援護して」

「わかった……白虎の牙よ、炎の虎を生み出せ!!」

 そう結衣に言われ、新田は彼の家に伝わる呪具、白虎の牙に霊力を流し込む。

 溢れるぐらいに増幅された霊力を古籠火に伝え、吐き出すと、それは炎の虎へと姿を変える。

「虎よ、結衣を援護しろ! いけっ!!」

 雄叫びを上げ、マリオへと目掛け炎の虎が走り出す。地を掛け、爪を立て飛び掛かる虎に、あかりを操りガードしようとするマリオ。

だが、それを結衣が防ぐ。

「あかりの相手は私……これ以上操らせない!」

 浄化の炎を纏った打撃を繰り出す結衣。咄嗟に護りの姿勢を取らされたあかりは攻撃を両腕で受ける。

「痛っ……くない?」

 襲って来る痛みに身構えたあかりであったが、結衣の打撃を受けてもそれは来ず……むしろ暖かさを感じる。

 それと同時にプツンと言う糸が切れる音がしたかと思うと、あかりの両腕を操っていた力が無くなり、力が抜けたその腕が解放されだらりと垂れ下がる。

「なっ、わたくしとエレクトラの絆の糸が……!?」

 結衣の炎は朱雀、不死鳥の炎。それは破壊と再生、すなわち浄化の炎であり、あかりの身体を操っていた糸だけを焼き切ることも出来るのだ。

「何が絆だ……無理やり縛るのは束縛って言うんだ! このまま全身の糸を切らせて貰うよ!!」

 打撃を続けて放とうとする結衣に、マリオは自身とあかりの身体を後方へ糸を伸ばし、引き寄せることで一気に逃げようとする。

「虎よ、逃がすな!」

 疾走する炎の虎が、先回りするように駆け蜘蛛の糸を前脚の爪で焼き千切る。

 途端、勢いを失ったマリオとあかりはしりもちを付くように止まった。

「まだです、攻撃さえ当たらなければ良いだけ……征きますよ、エレクトラ!」

 マリオはまだ諦めていないのか、残った五本の糸であかりを操ると、追って来た結衣に向かい蹴りを放つ。

 両腕を操る糸は切られても、まだまだ戦えるとその動きは素早い……が、先程までと違うのは、重いゴシックロリータのドレス、そのスカートを摘まみ上げるための両手がないこと。

 言わば重りを付けた状態の蹴りは結衣を吹き飛ばした時ほど冴えも無く、今度の蹴りを結衣は余裕を持って交わすことが出来た。

「あかりさん、行くよ!」

 結衣はそう叫ぶと、あかりの蹴りで上がった脚を上に持ち上げるようにしながら距離を詰め、ガードの出来ない彼女の胴に一撃を加える。

 同時に手刀で脚や頭を打ち、束縛する糸を焼き切るのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?