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第二十二夜 電獣

第二十二夜 電獣(その一)

●第二十二夜 電獣(その一)

 秋葉原の街。街頭に設けられたスピーカーから、コミュニティラジオ『FMあきば』の放送が聞こえる。

『パーソナリティーは影野あかりでした、それではまた!』

 その放送は同じ秋葉原にあるあやかし融資・保証の『千紙屋せんがみや』の店内にも流されていた。

「あかりさん、ラジオの仕事にも慣れてきたみたいだね」

「でもあやかしがラジオ局をやっているなんて、一般の人は知らないだろうなぁー……」

 店内の掃除をしていた千紙屋の女子高生陰陽師(見習い)、芦屋 結衣あしや・ゆいは、モップを掛けていた年上の同僚で相棒の新田 周平あらた・しゅうへいに話しかける。

 日本には古来よりあやかしが人間に隠れ住んでいる。だが東京は江戸時代、当代最強の陰陽師であり徳川家康公を死後神に祀り上げると言う偉業を達成した天海僧正によって、四神相応と言う南の朱雀、西の白虎、東の青龍、北の玄武と神獣を宿らせることにより霊的な結界が施されていた。

 しかし、南の朱雀……平地の属性に、北の玄武、山の属性である高層ビルが立ち並んだことで結界が緩み、今の東京はあやかしの侵入を許していた。

 東京に来たあやかしは悪戯する者も居たが、現代の東京で暮らすことを夢見た者も多かった……それだけこの街と人間世界は魅力的だったのだ。

 だが、あやかしには身分も保証もない。そこで東京の守護者の一柱であり、神田・秋葉原の氏神でもある平将門たいらのまさかどが一肌脱ぎ、あやかしからその能力や権能を担保に金や保証、身分と言った人間社会で生きるために必要な物を貸し付ける会社を作った。

 それがこの『千紙屋』であった。

 例えば今ラジオで喋っていた影野あかりと言うアナウンサーは、元は影女……今は球体関節人形に入り、人間社会で働いている。

 そして働いているラジオ局も平将門の出資で設立され、あやかしたちによりあやかしたちの働き場として運営されているのであった。


「新田は見学しに行ったことがあるんだっけ?」

「あぁ、仕事でな。まさか電波を操るあやかしが働いているとは思わなかったよ」

 結衣の言葉に、モップの柄に手を乗せ新田は思い出す……電波のあやかし、電獣が放送機器に取り付いているとは思わなかったと。

 秋葉原駅前にあるとある商業ビルの一角、そこにFMあきばのスタジオがあった。

 コミュニティFMと言うことでスタジオは然程大きくない。

 パーソナリティーが喋るアナウンスブース、そしてガラス越しに繋がるオーディオコンソールが置かれている副調整室。

 それに打ち合わせコーナーと放送機器が設置されている機械室が設けられ、それとは別にラジオ局で働く社員のフロアがあった。

 新田がそこで見たのは、機械室に巣食うあやかし。電波を操り、食べることで生きる電獣……それが将門の躾か契約か、放送機器に取り付き、電波を増幅したり機器が壊れないように管理したりと働いていたのだ。

 もちろん、電波を食べる特性上おこぼれは頂いている。だがそれも常識的な範囲で、給与代わりにと言った程度であった。

 電獣が味方だからラジオは安心、その筈だった。

『さて、次のコーナーは……ザザッ……コーナーは……ザザザッ……コココココーナーハハハハハ』

 ノイズ? バグ? と、新田と結衣が顔を見合わせるなか、プツン、そう音を立てスピーカーから流れていたラジオが突然切れる。

 それと同時に、社長室から将門が飛び出して来た。

「新田君、結衣君! FMあきばが……アクセス出来なくなりました!」

 秋葉原の氏神であり、その地域的特性から電脳神である平将門は、ネットワーク繋がっている場所なら世界中どこでもネットワークカメラで視たり、パソコンやサーバ、データベースに侵入することが出来る。

 それが、突然FMあきばのネットワークに侵入出来なくなったのだ、

 ……電脳神である平将門がアクセス出来なくなったと言うことは、考えられることはただ一つ。物理的にネットワークから遮断されたと言うこと。

 犯人は将門の特性を知り尽くしていると言うことだ。

「二人とも、至急調査に向かって貰えますか?」

「「了解です!!」」

 将門に依頼され、新田と結衣の二人は掃除道具をバタバタと仕舞うと鞄を背負い、千紙屋から駆け出す。

 千紙屋が入っている雑居ビルを出て、喧騒で賑わう秋葉原の街を走る。

「社長がアクセス出来ない……ネットワークの切断程度であれば良いんだが」

 前職はブラック企業のエンジニアであった新田は、その頃を思い出してか身震いをする。

 サーバやネットワークが正常に動いている時はごくつぶしと呼ばれ、いざトラブルが起きると役立たずと呼ばれ……今思い出しても、本当によく心が壊れなかった物だ。

「新田……千紙屋に転職出来て良かったね」

「まあ、転職した先もある意味ブラックだけどな……命に係わる的な意味で」

 確かに、結衣は新田へ苦笑気味にそう告げる。

千紙屋のもう一つの姿、それはあやかし事件を解決する『千神屋』としての顔。

 あやかしが関わる事件は一般の警察などの手には負えない。そこで東京を護る神の一柱である平将門の千神屋が表に立つ。

 だが、将門は神田・秋葉原から基本動けない……そのため将門の手足となり事件を解決するのが、陰陽師見習いの新田周平と芦屋結衣の二人であった。


 FMあきばの入る秋葉原UDXビル。新田と結衣が辿り着いたそこは、結界に包まれ、日常と遮断されていた。

 通りがかる人は無意識のうちに避け、ランドマークであるのにも関わらずまるで見えない物のように振る舞う。

 そんななか、赤いセーラー服姿の結衣は、黄色のレンズが嵌め込まれたサングラスをズラし、赤い瞳でUDXビルを視る。

「凄い……ビルの全体が、別の空間にあるみたい」

 結衣は白髪で肌も白く、そして赤い目……先天的色素欠乏症候群、所謂アルビノであるのだが、そのおかげか彼女は生まれつき霊力が高かった。

 特に顕著であったのは、その赤い両の瞳。擬態したあやかしの正体を始めに、霊的に視えざるモノを全て視通す霊視の眼。

 普段は視え過ぎて困ることと、アルビノのため紫外線に弱いこともあり、丸いレンズのサングラスで瞳を隠している。

 だがそれを外した今の彼女には、UDXビルが異界に飲まれているのがハッキリと分かるのだ。

「……どうやら、覚悟が必要なようだな」

 驚く結衣の姿に、結界に包まれていることしか分からない新田は覚悟を決める。

 この世から切り離された場所であれば、何が起こるか分からない……まさに鬼が出るか蛇が出るか、であった。

「スタジオはUDXビルの四階にある……二階のアキバブリッジから一気に上がるぞ」

 そう告げる新田に連れられ、結衣はUDXビルのオフィスエントランス側へと向かった。

 そこには四階まで直通のエスカレーターがあるのだが……結界が厚く張られ、そう簡単には入れそうもない。

「……朱雀の力を使えば入れそうだけど、ここで力を使うのは」

 周囲を見た結衣が呟く。彼女に宿るのは朱雀……東京を結界で護る四神である聖獣だ。

 朱雀は不死鳥とも呼ばれ、破壊と再生を司る。普段は浄化の力を結衣は使っているが、破壊の力を使えば壊せない霊的結界は無いだろう。

 しかし、こんな人の眼であるところで使えば大騒ぎになってしまう。

「仕方ない……入れそうなところを探すか」

 新田の言葉に、結衣はうんと頷く。

 UDXビルの外周を周り、成果が無かったことから、次に新田と結衣は二階から一階へと降りる。そして地下駐車場への入り口を見つけた。

「ここなら……結界の範囲外かも知れない」

 期待する新田の声に、結衣の顔も引き締まる。

 ビルの中に入ったら、何が起きるか分からない……即戦闘が始まるかも知れないのだ。

 二人は地下駐車場へのスロープを降りていくと、途中で壁のような物にぶつかる。

「ちっ、ここにも結界が張られている……」

「でも、ここだったら、誰にも見られない!」

 残念そうに呟いた新田に、結衣が元気を出してと声を掛ける。

 そう、誰にも見られないのであれば……結衣の力、朱雀の力を使えるのだ。

「そうか……頼んだぞ、結衣!」

 新田の言葉に任せて! そう結衣は返すと、背負った鞄から折り畳み傘を取り出すのであった。

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