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第二十二夜 電獣(その二)

●第二十二夜 電獣(その二)

 秋葉原UDXビル……結界に覆われ、異界と化したこのビルに、千紙屋……いや、あやかし事件解決の『千神屋』に所属する新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人は、異変に対処するためやって来ていた。

「それじゃ、結界を破壊するよ……」

 背負った鞄から、折り畳み傘を取り出し伸ばした結衣。赤いセーラー服の肩口から朱色の翼が生える。

 東京結界を張る四体の神獣の内の一体、朱雀の翼……結衣は朱雀の巫女として、体内に宿した朱雀の力を振るうことが出来る。

 その力を振るう時は力の証として、朱雀の翼が彼女から生えるのだ。

「頼むぞ、結衣……結界の元を破壊しなくては、異界化は解除されない。気付かれたくないし、入り口を作るだけでいい」

 そう告げる新田の言葉に頷いた結衣は、手にした折り畳み傘……式神の唐傘お化けに霊力を流すと、炎の剣に姿を変えさせる。

「はぁぁぁっ!!」

 雄叫びを上げ、結界に炎の剣を振るう結衣。斬られたところが切断され。結界に穴を開ける。

「新田!」

「ああ、急ぐぞ!」

 結衣と新田は結界の中に入る……同時に背後では斬られた結界が復元し、二人を閉じ込める。

 だがこれで良い……どうせ異界化を解除し、結界を破壊するまで出る気はないのだ。

 二人は車で満車の駐車場を歩き、エレベーターホールへと向かった。


 UDX地下駐車場のエレベーターホール……上階に上がれる唯一の道。

 目的地であるFMあきばがある四階にそのまますんなりと行ければいいのだが……呼び出しボタンを押しながら、新田は考える。

「(自分が敵なら、どこに自軍を配置する……?)」

 上階からエレベーターが降りて来る。ドアが開いた瞬間、新田は携帯ストラップとして付けていた式神の古籠火を向け、最大火力で炎を噴射した。

「ギャァァァッ!!」

 次の瞬間、エレベーターの中から半魚人が強制的に焼き祓われる声が響く。

 驚く結衣に、行くぞと何事もなかったかのように新田はエレベーターに乗り込むと、四階のボタンを押す。

「ちっ、やっぱりロックがかけられている。行けるのは……六階か」

 四階のボタンを押しても反応しないことに、予想が当たったか……と渋い顔を見せる新田。

 彼は次々と行き先階のボタンを押していき、唯一反応があった六階を見てため息を漏らす。

「新田、どういう事か説明してよ!」

 そう言いながら結衣もエレベーターへと乗り込むと、ドアが閉まり上階に向け動き出したのを確認した新田は、彼女に説明を始める。

「なに、簡単なことだ……敵が将門社長の膝元である秋葉原で事件を起こすなんて普通はしない。するとすれば復讐とか何かかしらの目的がある場合」

 ふんふん、と結衣は頷く。彼女は陰陽師としての知識は足りないが、決して馬鹿ではない。

 言われたことをスポンジのように吸収する頭脳がある。

 ……そう新田は信じて、話しを続ける。

「敵に目的がある場合、目的地……今回だと結界の元だな。にはそう簡単に辿り着けないように遠回りをさせるし、要所要所に罠を仕掛ける」

「あ、だから必ず通るエレベーターに敵を配置して、そして次の罠がある六階以外には行かせないようにしたんだね!」

 そうだ、良く出来たな……新田は素直に結衣を褒めると頭を撫でる。褒められた結衣と言うと、嬉しかったのか、えへへと満足そうに微笑みながら顔を赤く染めた。

「と、言う訳で敵が待っている六階だ……気を引き締めていけよ!」

 エレベーターが六階に近付いたのを確認し、新田は結衣の頭を撫でていた手を止めると古籠火を構える。

 ちょっと残念そうな顔をした結衣だったが、彼女もまた炎の剣をエレベーターの扉へと向けた。


エレベーターが到着する音と共にドアが開くと、半魚人の群れが押し寄せて来る。

 だがそれを読んでいた二人は、炎の一撃をそれぞれに繰り出し道を切り開く。

「ほらほら、焼き魚になりたく無ければ道をあけるんだよ!」

 半魚人の群れに飛び込み、刃を振るう結衣。

その暴れっぷりを頼もしく思いながら、新田は古籠火で炎の壁を作り出しつつ、次のエレベーターへの道を開く。

「結衣、こっちだ!」

「了解! すぐ行くから、エレベーターを先に呼んで!!」

 四方八方に刃を振るう結衣は、新田の呼びかけにそう返す。

 エレベーターが到着するまで、半魚人たちを行かせはしない……その気迫溢れた剣技は、襲い掛かる半魚人たちを次々と切り身にしていく。

 一方の新田も、迫る半魚人たちに向かい炎の壁を作りながらエレベーターホールを確保する。

 だが、彼は忘れていた訳ではない。先程と同じように、エレベーターに敵の増援が乗っていることを。ただ、人手が足りなかっただけだった。

 チン、と言う音と共にエレベーターの扉が開く。

 その途端に雪崩れ込んで来る暴徒のような半魚人たち……手にはバールや鉄パイプを持ち、背中を向けていた新田を打ち据える。

「ぐふっ、がっ……!!」

「新田っ! よくも……!!」

 結衣の翼が大きく広がると、新田を覆う半魚人たちを吹き飛ばしながら覆い被す。

そのまま彼を抱えると開いたエレベーターの入り口へ飛び込み、五階へのボタンと閉じるボタンを殴るように押す。

「新田! しっかりして、新田っ!!」

「うっ……だ、大丈夫だ」

 朱雀の翼に包まれ、癒しの波動で回復していく新田は、エレベーターの壁を支えに起き上がる。

「それにしても……何時の間に回復術なんて使えるようになったんだ?」

 抱きしめられるように覆われた翼に包まれながら、そう新田に問われると、結衣は首を傾げる。

「分からない……夢中だったから」

「夢中だったからか……お前らしいな」

 笑えるほどに回復した新田は、大いに笑う。結衣はひどーいと抗議の声を上げるものの、何処か嬉しそう。

「さあ、次は五階だ……次はエスカレーターで降りることになるぞ」

「覚悟は出来てる! また殴られても癒してあげるからね!!」

 殴られるのはもう勘弁だ……そう新田が返したところで、エレベーターは五階に到着した。


 秋葉原UDXビル。その五階に着いた新田と結衣。

 予想通り、エレベーターホールには半魚人たちが待ち受けていた。

「こいつら、前に海ほたるで倒した奴らだよね? 死んでなかったんだ!」

 炎を纏わせた剣で大きく踏み込み薙ぎ払いつつ、背後の新田にそう告げる結衣。

「そうみたいだな! まあ、群体生物の群れを全滅させるのは難しいってことだな!!」

五階のエレベーターホールは袋小路になっている。新田と結衣はホール内の半魚人を全滅させると、少しの休憩が取れた。

「結衣、水飲むか?」

 背負った鞄の中から、スポーツドリンクを取り出した新田は結衣に差し出す。

 はぁ、はぁと肩で息をしていた結衣は新田の手に飛びつくと、スポーツドリンクを奪うように飲む。

 スポーツドリンクを半分ぐらい飲み干した時、結衣は新田がドリンクを飲んでいないことに気付いた。

「ふぅ……新田の分は? 飲まないの?」

「いや、急だったから鞄に入れていたその一本しかなくてな……全部飲んでいいぞ」

 そう言う新田であったが、結衣は彼の喉がゴクンと水を欲して動いたのを見逃さなかった。

「新田、残り飲んで? 私はもう充分だから」

 結衣は飲みかけのスポーツドリンクを新田の手に押し付けると、私は見張りをするねと袋小路の出口へ向かう。

 後ろから新田がゴクゴクゴクとドリンクを飲み干す音が聞こえ、彼女は間接キスさせちゃった……と顔を赤くする。

 結衣がそんなことを思っているとは知らず、スポーツドリンクを飲み干した新田はゴミ箱にペットボトルを捨てると、結衣に背後から声を掛ける。

「待たせたな、結衣……って顔が赤いが、何かあったか?」

「ううん、何でもないよ! それよりこのフロアには、もう敵は居ないみたい……行く?」

 手を振り焦りながらも、結衣は気配を探った結果を報告する。

 新田もそーっと袋小路から顔を出し、廊下に半魚人たちの姿がないことを確認した。

「よし、それじゃあ行くか……白虎の牙よ、炎の虎を生み出せ!」

 そう新田は告げると、スマートフォンにぶら下げた象牙のような白い牙……新田の家に代々受け継がれてきた呪具、白虎の牙へ霊力を注ぐ。

 すると莫大な力……東京を結界で守護する四聖獣の内一体、白虎の力が引き出され、それが古籠火を通し巨大な炎の虎を生み出した。

「ここからは狭いエレベーターは無い……こっちも全力で行かせて貰う!」

「そうだね。痛いのはもう嫌だもんね」

 結衣の言葉に、そうだなと新田は苦笑し同意する。

 治せるのは分っても、痛いものは痛いのだ……攻撃を受けない方が良い。

 二人は笑い合うと、お互い拳を突き合わせるのであった。

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