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第二十二夜 電獣(その三)

●第二十二夜 電獣(その三)

 秋葉原UDXビル。五階から四階へ止まったエスカレーターを駆け降りた『千神屋』の陰陽師見習い、新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人は、新田が生み出した炎の虎を先頭に前を塞ぐ半魚人の群れを薙ぎ払っていく。

「目的地はエスカレーターから通路を回った先にある! 駆け抜けるぞ!!」

 炎の虎に続きながら、結衣に向かいそう告げる新田。

 以前海ほたるで戦ったことで分っていたが、半魚人は群体生物……群れで襲うことにより強さを発揮するが、個々の力は弱い。

 だが今回はエレベーターホールの時とは違い、前後は挟まれているものの、然程広いと言う訳でもない通路は、左右から襲われることを気にしなくてもよい……前だけ集中すれば良いと言う利点を生んでいた。

「エレベーターホール! 突き当りは!?」

「右だ! 直ぐにスタジオの入り口がある!!」

 結衣が声を上げ、エレベーターホールがある広い突き当りに差し掛かる。

左右に通路が伸び、待ち伏せには好都合なポジション。

「炎の虎よ、左の敵を防げ!」

「私は右の通路を斬り開く!!」

 術者の命により、炎の虎は目的地であるFMあきばのスタジオがあるのとは逆側、左の通路へと走り壁になる。

 阿吽の呼吸で今度は結衣が前に出て、炎の剣で右の通路で待ち構えていた半魚人たちを斬り裂き、道を開く。

「新田、もう少しでスタジオだよ!」

 結衣の言葉通り、新田の眼にもFMあきばのスタジオが見えてきた。

「結衣、前の敵を抑えてくれ! 虎よ、入り口を塞ぐ門番になれ!!」

 新田は行きがけに千紙屋の社長である平将門たいらのまさかどから預かった、FMあきば社員用のカードキーを取り出すと、リーダーにタッチする。

 ピーガシャと電子キーが外される音がし、新田は厚い防音扉を開けた。

「結衣、早く! あかりさん、FMあきばの皆さん、無事ですか!?」

 打ち合わせコーナーがある受付に入った新田は、結衣を呼び寄せるとガラス越しにアナウンスブースと繋がる副調整室を見る。

 常に人が居る筈の副調整室には誰も居らず、新田が室内を確認すると皆ガラス向こうのアナウンスブースの奥で固まっていた。

「新田、お待たせ! って、どうしたの?」

 敵をある程度片付け、残りを炎の虎に任せた結衣もスタジオの中に入って来る。

 だが動きを止めた新田を見て。何があったのか問いかける。

「……結衣、スマン」

 そう呟くように告げた新田は、結衣のセーラー服を縦に引き裂いた。


 FMあきばのスタジオまで辿り着いた新田と結衣……だが、新田の態度が豹変する。

 素手で結衣の赤いセーラー服を引き千切った新田は、そのまま結衣に迫ろうとした。

「きゃっ!? 新田、何するのよ!!」

「スマン、結衣、身体が、勝手に……!?」

 開けた胸元を背中から前に朱雀の翼で覆い隠しつつ、後ろに下がる結衣……だが、あっという間に扉に追い詰められる。

 新田はと言うと首から下が言うことを聞かないのか、必死の形相で何とか身体の主導権を奪い返そうと努力していた。

「結衣、逃げろ!」

 そう叫びながら結衣に襲い掛かる新田。流石の結衣も、こんなのは嫌だと片翼で新田を弾くと、入り口よりは広い副調整室へと逃げ込む。

「なんで、敵なんて居ないのに!?」

 胸元を抑えながら、結衣は左右を見回す。するとアナウンスブースから、影女……今は球体関節人形の身体を得た影野あかりかげの・あかりがコンコンとガラスをノックする。

「結衣さん、後ろ! 機械室です!!」

 遮音ガラス越しに叫ぶあかりの姿に、結衣は背後にある機械室を見る。

 そこには、雷のような物を纏った狐に似ている一体のあやかしが、放送機器の上に座ってこちらの様子を楽し気に眺めていた。

「電獣です! 電波で人を操っているんです!!」

「あれが電獣……でも人を操るって、そんな力あったの!?」

 結衣がそうあかりに問いかけるが、彼女は分からないと首を横に振る。

「兎に角、アイツを倒せばいいんだね!」

「お願いします……!」

 同じ放送局の仲間を倒せと言うのは心苦しいのか、ツラそうに告げるあかりに、結衣は無言で頷く。

 しかし、その前に、彼女には迫る危機があった。

「結衣さん、左っ!!」

「結衣、逃げろって、頼むっ!」

 あかりと新田の声が同時に響く。結衣は反射的に飛び退くと、そこに新田が倒れ込むようにぶつかって来た。


 然程広くもないFMあきばの副調整室。そこで電獣に操られ、結衣を襲おうと追いかける新田。

 追いかけられる結衣は、破かれたセーラー服の胸元を抑えながら必死に逃げる。

「新田! いい加減にしなさい! 唐傘で殴るわよっ!!」

「むしろ、そうしてくれ……身体が、言うことを、きかない!」

 そこまで言われては仕方ない……結衣は炎を纏い剣となった式神の唐傘お化けから霊力を抜き、元の折り畳み傘の姿に戻す。

 それでもその正体はあやかしが姿を変えた物。強度は折り紙付きだ。

「新田、痛いのは覚悟してよっ!」

「痛いのは勘弁なんだが……来いっ!!」

 両の翼を広げ、開ける胸元を左手で抑えながら右手で持った折り畳み傘で新田の頭を打ち据える結衣。

「うがっ!?」

 その一撃で悲鳴を上げながら、新田は壁まで吹き飛ぶ。

「だ、大丈夫……?」

 流石にやり過ぎたか……結衣が駆け寄ろうとするが、だが様子がおかしい。

 首をガクンと傾けたまま、意識を失った筈の新田が立ち上がって来たのだ。

 それはまさに、ホラーと言ってよい光景であった。

「あ、新田? 起きてるんだよね……揶揄っているんだよね?」

 どっきりだよね、そうだよね? と結衣が問いかけるが、新田は答えない。

「もう、新田のバカっ! どうにでもなれ!!」

 幽鬼のようにゆっくりと迫って来る新田の胴体に向け、結衣は胸元が開けるのも構わず、折り畳み傘を今度は両手で持つと、再びフルスイングする。

「……!?」

 結衣は手に嫌な感触を感じながら、新田が再び壁に打ち据えられるのを見る……今度こそ、その身体は動かなかった。

「はぁー、はぁー……電獣、よくも新田を殴らせたわね! 許さないんだから!!」

 怒れる結衣は折り畳み傘に霊力を注ぎ、唐傘お化けに……そして炎を纏わせ、炎の剣に姿を変えさせる。

 そしてその切っ先を、先程から動かない電獣に向ける。

「朱雀の炎で浄化されよ……斬っ!!」

 機械室に飛び込んだ結衣は、放送機器の上に座る電獣を一刀両断にする。

「なに、この手応えの無さ……って、ぬいぐるみ!?」

 袈裟懸けに斬り捨てた結衣であったが、その感触は肉を斬った感触では無かった。

 改めて切り口をよく見ると、それは綿……電獣の身体はぬいぐるみであった。

「えっ……痛っ!?」

 驚く結衣の身体に衝撃が走る。それは何も無かった空間から受けた、体内が弾けるような痛み。

「きゃっ、痛い、ちょっと! 待って!?」

 四方八方から見えない攻撃を受け、結衣の身体は次々と弾けるような衝撃を受ける。

「な、何? 何なの!?」

 結衣が破かれたセーラー服とキャミソールを脱ぎ捨て、ブラジャーだけの姿になると、自らの身体を確かめる。

 腕や腹などが黒く焦げ、まるで電子レンジで焼かれたお肉みたいに……電子レンジ? そこで結衣はハッと気が付く。

 電獣は、電波を操るあやかし。電波とは文字通り電磁波、電子レンジに使われるマイクロ波も波長が違うだけで同じ電磁波であると言うこと。

 つまり……この部屋の何処かに電獣が居て、電磁波を操り結衣を電子レンジの中に閉じ込めたように攻撃しているのだ。

「電磁波だなんて、見えないに決まってるじゃない! 痛っ!!」

 悲鳴をあげ床を転がる結衣……その先には新田の姿があった。

「せ、せめて新田だけでも……」

 背中から突き出した翼で新田を覆い、回復術を掛ける結衣……その間も電獣の見えないマイクロ波は結衣を焼いていくのであった。

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