●第二十二夜 電獣(その四)
秋葉原UDXビル……その四階にあるFMあきばの副調整室では、上半身の衣服を脱ぎ捨て薄いピンクのブラジャーだけの姿になった
「痛っ! あ、新田……起きて……?」
「ん、んっ……結衣?」
新田が気付いた時、既に結衣の全身は至る所が電獣の放ったマイクロ波で焼かれておりその白かった肌は真っ黒であった。
「結衣、結衣! 何をやってるんだ、自分を治せ!!」
慌てて置き上がった新田は、結衣を護ろうとその身体に覆いかぶさる。
しかし、マイクロ波は何処から照射されているのか、結衣の身体だけを的確に狙う。
「へへ、痛……くないや、もう」
「結衣、諦めるな! 俺が何とかしてやる……だから自分を癒せ!!」
そう言って結衣の翼を、結衣自身を覆うように被せる新田。
回復術の効果は続いていたのか、それにより結衣の呼吸が少し楽になる。
「よくも結衣を……電獣、許さん!」
新田は副調整室で辺りを見回す……電獣だと思ったあやかしの身体は、結衣が斬ったことで新田もぬいぐるみと分かった。
なら、電獣は何処に居るのか……なんてことはない、攻撃を仕掛けている以上、この空間内に必ず居るのだ。
ならば、と新田はスーツの内ポケットから。五枚の呪符を取り出す。
「結界符……この部屋を閉じ込めろ!」
新田が唱えた呪と共に、五枚の呪符が五芒星を描くように飛ぶ。
そして符は光り輝き、副調整室を異空間に切り取る。
「異空間の中で、異空間を作っちゃいけないって法律は無かったな……電獣、これでお前は逃げられない」
結界に閉じ込められたことに汗ったのか、マイクロ波の照射先が結衣から新田に変わる。
「痛っ……こんな痛みを、結衣は全身がボロボロになるまで受けてたんだな」
改めて電獣への怒りを露わにすると、新田は続いて陰陽術で使う太極盤を鞄から取り出す。
「電波のあやかしなら、電波になれなくすればいい……木よ風よ、雷となり放送機器を壊せ! 鳴神招来(なるかみしょうらい)!!」
雷は木属性……新田は五行の力で雷を呼び、室内にある放送機器を全て壊す。
すると、電波を発信する物が無くなったためか、空中から一体のあやかしが床に落ちてきた。
それは、先程見たぬいぐるみと瓜二つ……電獣であった。
「さて、話すことを全て話してから、祓わせて貰おうか……!」
見ているだけで凍り付くような笑みを浮かべた新田は、汗を浮かべる電獣に近付くのであった。
「んっ、んんっ……あれ? 私……」
「結衣、気が付いたか? ……電獣は祓ったぞ、よくやったな」
気が付くと、結衣は上半身に新田のワイシャツを着せられ、彼の背に背負われUDXビルを後にしていた。
「新田、勝ったの? あの後どうなった?」
「それはな……」
新田は話し始める。電獣から聞き出した情報と、その後どうなったかを。
電獣は、東京四神結界を張った陰陽師であり、今はそして壊そうとする天海僧正の配下、妲己の手の者であったと新田は告げる。
草として忍び込み、秋葉原に住まうあやかしとして将門たちの信頼を得て……そして重要な時に裏切る。
妲己の命でUDXビルに結界を張り、半魚人たちを招き入れ、千紙屋を……新田と結衣を呼び出し始末する。
それが電獣の、妲己の目的であった。
「それで、電獣を祓ったことでUDXビルの結界も解け、生き残りの半魚人たちは逃げ出した……ってとこかな」
電獣に行った拷問は結衣に聞かせない方がいい……それは知る必要のないことだ。そう新田は判断する。
だから、簡潔に、何が起こってどうなったかだけを彼は説明した。
「そっか……あかりさんたちは?」
「全員無事、電獣が電波で催眠することが分かったから、奥のアナウンスブースに避難していたんだって。ぬいぐるみだから電波を発生する場所から動けなかったらしく、追いかけては来れなかったみたいだ」
「そっかー……良かった。でもまたあかりさんに怖い思いさせちゃったね」
今回の事件に巻き込まれたFMあきばのパーソナリティーで、元影女……今は球体関節人形の身体を得た
「新田……今の声、何?」
「何でもない! 気にするな、以上!!」
その反応に、にやーっと笑みを浮かべた結衣は、彼を意識させようと、ワザと背中に胸を当ててみる。
「結衣……あまり擦るな、あばらが擦れて痛い」
「ちょっと、あばらって何よ、あばらって! 乙女のボディーをなんだと思ってるの!?」
思いがけない言葉にショックを受けた結衣は、新田の耳を噛む。
確かにカップ数はAより下だが、膨らみが無い訳ではないし、ましてやあばらだなんて……と訴える。
「結衣、悪戯するなら降ろすぞ?」
「やだ! お家まで背負って!!」
子どものように……実際、まだ子どもと言っても差し支えないのだが、駄々をこねる結衣に、新田もふぅとため息をつく。
「それじゃあ、家まで背負ってやるから、大人しくしてろよ?」
そう言われ、降ろされるとばっかり思っていた結衣は目を丸くする。
そして腕を彼の肩から胸へと回し、抱きしめるようにしてそっと囁く。
ありがとう、と。
新田と結衣がUDXビルを後にする……その光景を忌々し気に見ている者が居た。
そう、天海僧正の配下である妲己である。
「千紙屋の小僧ども……二度もわらわの策を破るとは!」
イライラと足を鳴らし、そして爪を噛む妲己に近付いてくる影……それは一反木綿に乗ったこなきじじいのあやかし、小名木であった。
「妲己、千紙屋を倒す策はどうでしたか?」
「アンタ、絶対分かってて言ってるわよね!?」
小名木の煽りに、妲己が怒りのあまり片方のヒールを脱ぐと彼に向かって投げつける。
そのヒールをひょいと交わした小名木は、千紙屋の様子を訪ねてきた。
「危ない危ない……で、千紙屋の小僧ども、特に新田の様子はどうだった?」
「正直、二人とも厄介ね。小娘……芦屋結衣は朱雀の巫女としての力を高めている。今回は回復術を使っていたわ」
ほう、と小名木が驚きの声を上げる。回復術師はなり手が希少……朱雀が破壊と共に再生を司るため素質はあったのだろうが、実際に使えるとは思ってもみなかったと妲己は告げる。
「小僧……新田周平は、五行を極めつつあるわね。木属性から雷を操るなんて応用も出来るぐらいに成長したわ。ただ……」
「ただ?」
小名木の追及に妲己は、新田周平は完全に後衛向きなのか接近戦に弱い。半魚人たちの集団でも、囲めば倒すまであと少しと言うところだったと言う。
「しかし、その分芦屋結衣が前衛を担当するので後衛だけを狙い難い……と言う感じか」
「そうね。分断するか、集団で囲むか……囲むにしても場所を選ばないとね」
広い場所だと炎の虎を呼ばれるし、狭すぎる場所だと包囲の効果が薄れる。分断する方が楽かしら? そう言う妲己の声に、小名木は考える。
「そう言えば小名木、アナタ京都に戻ってたのよね……何しに戻っていたの?」
妲己の問いかけに、小名木はああと我に返り、懐から一本の巻物を取り出した。
「そうですね、そうでした……これは、大妖怪様の使用許可です。東京に流れ込む霊脈の封鎖による四神の弱体化。機は熟したと天海様は判断なされました」
小名木ですら恐れていた大妖怪の復活。東京の破滅を意味するその巻物に、妲己は恐れおののく。
「ま、まさか、アンタが大妖怪様の復活を認めるだなんて……東京の破壊と破滅よ、本当に良いのね?」
「まあ、封印の解除に時間が掛かりますから、今すぐに……とは行きませんが、今日が東京の終わりの始まりです」
そう告げる小名木の声に、破壊と破滅の衝動からゾクゾクっとした興奮が湧いてきた妲己は歓喜の身震いをする。
「あぁ、東京の破滅が遂に来るのね……」
「問題は千紙屋……封印が解かれるまで、奴ら、特に将門の目を誤魔化さねば」
千紙屋の社長である
インターネットが繋がる場所は、彼の監視の下にあると思っても間違いない。
「そこは、絶え間なく事件を起こすしかないわね……わらわが時間を稼ぐ。小名木、封印の解除は任せたわよ」
そう告げると、一反木綿の背に妲己も飛び乗る。
「どうした、自慢の脚で帰らないのか?」
「ヒールが片方無いのよ、誰かさんの所為で……送っていきなさい。どうせ一旦お台場に返るんでしょ?」
そう言われ、それもそうかと納得すると、小名木は一反木綿を飛ばす。
余談。帰宅後、結衣は新田のワイシャツが大層気に入ったようで、勝手に何枚か拝借しては部屋着にしていた。
「結衣……その恰好は、その、色々と困るんだが」
「なにー? だって楽なんだもん……ちゃんと洗濯してるから良いでしょ?」
そうは言っても、もし誰かに見られでもしたら……そう新田が懸念してる時に限って、来客があるものである。
「新田さん、結衣さん、先日のお礼に……あら、まあ。お二人はそう言うご関係だったんですね……失礼しました。いえ、おめでとうございます?」
玄関の鍵が開いていたのか、リビングに入って来た影野あかりが見たのは、ワイシャツを奪い取ろうとする新田と抵抗する結衣の姿……まあ、誤解されるのも仕方ない。
「「違う、違うから(んだ)!!」」
見られた結衣と新田は同時に叫ぶ……そしてなんで同時なのとまた揉める。
「仲がよろしいことで……ご馳走様です。これ、お礼のチーズケーキ、置いておきますね」
あかりはおほほほと手を口に当て、ケーキが入ったボックスをテーブルに乗せると、そそくさと立ち去るのであった。