目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第二十四夜 餓者髑髏(その二)

●第二十四夜 餓者髑髏(その二)

 芦屋結衣あしや・ゆいの魂の中に広がる東京の街。

 精巧に再現された無人の東京の街を、一台のワンボックスカーが走る。

「日本橋か、白虎が居るかな?」

 東京駅横から山手線の内側に入るため、国道一号線に向けてハンドルを切った新田周平あらた・しゅうへいは、結衣の魂に宿る四神の一柱、白虎を思い浮かべる。

 東京を護る四神……南の朱雀、西の白虎、北の玄武、東の青龍が作り出す四神結界が、東京を災厄から護っている。

 その中の白虎は、日本橋から始まる国道一号線……東海道に宿り、魂の中に造られた東京の端まで往復しているのだ。

「白虎は新田さんの家から来ましたからね。懐かしいですね」

「えっ! 新田さんの実家に行ったんですか!?」

 新田と結衣、そして獏のあやかしである夢見獏ゆめみ・ばくの三人は、新田の家に伝わる白虎の力を受け取るため彼の実家へと赴いた。

 それを聞いた、新田にほのかな想いを寄せる大学生……蛇迫白じゃさこ・しろは、聞いてないと驚きの声を上げた。

「あれ? 言ってなかったっけ? ぴっぴぴのぷー」

「あらら、一歩リードされたな」

 とぼける結衣の姿に、白の半身である蛇女、白蛇朔夜しろへび・さくやが残念そうに白の肩を叩く。

「白にゃん、どんまいにゃ! そらも行ってないからイーブンにゃ!!」

「イーブンとかじゃないよ……」

 猫又のあやかしである猫野目そらねこのめ・そらも、朔夜と同様に白の反対側の肩を叩く。

 朔夜とそら、二人に慰められ、余計惨めな気持ちになる白なのであった。

「皆さん、仲が本当に良いですね」

 そんな若人の楽しそうな語らいを、クスッと笑みを浮かべて眺めるのは雪女のあやかし、雪芽ユキゆきめ・ゆき

 今回のメンバーのなかで最年長(年齢不詳は除く)な彼女は、まだ付き合いが短いのもあるが大人の対応を見せる。

 そんな楽しそうな車内であったが、東京駅前……二重橋の前で風向きが変わる。

「新田、止まって!」

「うわっ!?」

 突然飛びつくように肩を掴んでくる結衣に、新田は急ブレーキを踏む。

 車内に居た全員がつんのめるなか、停車した車から彼女は飛び出すように駆け降りた。

「……感じる。皇居の下?」

 先天性色素欠乏症……所謂アルビノである結衣は、紫外線から保護できない眼球を護るため、黄色いレンズの丸いサングラスを愛用している。そして、それはもう一つの意味がある。

 結衣の赤い瞳は、生まれつき見えないモノを視てしまう霊視の眼。

 視え過ぎるのを防ぐため、彼女はサングラスで視界に制限を掛けているのだ。

 だが、今回それを外す……一度閉じた瞳を開け、裸眼で皇居を視る結衣。

 すると彼女の視界には、清浄なる皇居の空気の中に、僅かな淀みを視る。

「結衣、どうしたんだ?」

 車を停止させた新田がワンボックスカーから降り、結衣に声を掛ける。

 彼女はサングラスを掛け直すと、視た景色を伝えるのであった。


 魂の中に造られた箱庭の東京。だがその箱庭は現実を反映させる。

 皇居から流れ出る僅かな淀みにを調べたい新田たちだが……問題が立ち塞がる。

「結界に包まれてるな……これだと正面からは入れないぞ」

 皇居の敷地、門の中は結界に包まれていると、大手門に手を掛けていた新田が困り果てたように呟く。

「上からも入れないわね、何処までも結界の柱が伸びていたわ」

 風雪を巻き起こし空中を飛んでいたユキが、残念そうに降りて来る。

「うーん、この下になにかあるのは間違いないんだけどな……」

 困り顔の結衣は、顎に手を当て考える。皇居は日本神道で最高格の聖なる場所。

 東京の街が皇居……江戸城の為に造られ、四神結界を筆頭に物理的にも霊的にも守護されているのだ。

 そんな皇居は、魂の中に造られた箱庭でも効力を発揮し、聖域として侵入者を防いでいる。

 だがどうにかして皇居の下へ行かなくては……そんな時だ、白があることを思い出す。

「そう言えば聞いたことがあるんですけど……皇居や国会議事堂の地下にはトンネルがあって、地下鉄に繋がっているとかなんとか。都市伝説かも知れませんけど、ひょっとしたら本当かも知れませんよ?」

「秘密の地下トンネルか……賭けてみる価値はありそうだな」

 新田の言葉で全員は地下鉄大手町駅へと移動する。

「秘密の通路……あるのかにゃ?」

「……こっち! 淀みが広がってる!!」

 ホームに立ち、トンネルの先を覗いていたそらの横を駆け抜け、ホームドアを乗り越えると線路に飛び降りる結衣。

 彼女に続き線路に沿って走っていくと、壁の中に消える分岐器があった。

「こんなところにポイントか? しかも壁の中に向けて? ……怪しいのう」

「だったら、その壁が怪しいな」

 分岐器の先を見た朔夜の呟きに、新田はそう言うと壁に手を掛ける。

 すると線路を塞いでいた壁は重い音を立て動き、皇居の下に続く新たな道を開く。

「ビンゴ……! むわっと汚れた気配が漏れて来た。この先に何かある」

 サングラスを下にズラし、裸眼で新たな通路を眺めた結衣の言葉と同時に、新田たちは流れ出る穢れに寒気を感じたのか身体を軽く振るわせる。

「結衣の魂の中だから大丈夫な筈だが……一応、注意しろ」

 新田が先頭に立ち、隠された線路を進む。歩測で江戸城跡の真下辺りだろうか? やがて彼らの前に、秘密のプラットホームが現れた。

 当たり前だが駅名標は無い。ホームは古く、埃が溜まり長く使われていないようだが、定期的な整備はされているのか線路にサビは浮いていなかった。

「尊い人たちの避難用……かにゃ?」

「そうでしょうね。この様子ですと、国会議事堂の下にも避難用の線路があると言う噂も本当かしら?」

 左右を見回しながらそらがそう告げると、ユキが正解でしょうねと答える。

 日本を左右する重要人物を、有事があった際に速やかに脱出させる。隠されているのは狙われるのを防ぐためだろう。

 だが、これで皇居に貼られた結界の下に入り込むことが出来た。

 あとはこの先に何が待っているか。一行は慎重に進む。

「まるで迷路だね……漏れ出た気配で辿れるけど」

 結衣は時折サングラスをズラしながら気配を辿る。まるで迷宮のような構造の通路を辿っていくと、やがて禍々しく重い空気が漂う場所に出る。

「寒い……ここは一体?」

「何かの儀式の間か……?」

 魂まで冷えるような気配に振るえる白。新田も寒気を感じつつ、終わりの間を確認する。

 そこは何かの儀式が行われたのか、厳重に封印が施された空間。

 だが、厳重過ぎて何が封印されているのかも分からない。分かるのは、三つ設けられている封印の内、一つが解除されていると言うこと。

「この気配……封印の一つは四神結界だね。だから分かったんだ」

 封印を確認した結衣が、新田たちを振り返りながら告げる。四神を宿す結衣の魂は四神結界とリンクしている。その繋がりを解除したのだから、彼女は気付くことが出来たのだ。

「結衣。結界を再度施すことは出来るか?」

「……難しい、いや無理かな。ゴメン」

 新田の問いかけに、術が高度過ぎて自分では無理だと謝る結衣。彼は気にするなと告げると、残る結界を調べる。

「一つは物理的に封じている……もう一つは、これは円?」

「丸いもの……ですか? 東京で円状の物と言えば……」

 結界を調べ、呟いた新田の言葉に、獏が東京の地図や景色のイメージを浮かべて見せる。

 丸いビルや公園と言った物が浮かぶなか、新田は上空から見た東京の地図に気が付く。

「これだ……! 見ろ、山手線と中央線で仏の手を作っている。これが円環状の結界だ!」

 それは鉄道の路線図。東京をぐるりと回る山手線とそれを横断するように繋ぐ中央線。

 上空から見れば手を重ねた仏の手となっており、その上に大量の乗客を乗せた列車が走ることでお百度参りと同じ……いや、それ以上の効果を発揮している。

「ならば、それを強化すれば……出来るのかえ?」

 厳重な結界を張られているぐらいだ、何か悪い物が封印されているのだろう。ならば封印を解かせないためにも強化出来ないか、そう告げる朔夜の言葉に、全員が結衣と獏を見る。

 だが、二人は残念そうに首を横に振る。

「私の魂に宿っているのは四神だけだから、他の結界は……」

「そうですね。あとこの仏の手結界は大量の人間を動かすことで出来ています。結衣さんの魂だけでは足りないです」

 そう答える結衣と獏の肩を叩いた新田は、ならば現実で手を打てばいいと告げる。

「封印が一つ解かれていることから、術者が現実のここに居ることは確かだ。であれば、現実の術者を対処すればいい……みんな、外に戻るぞ!」

 新田のその言葉に、全員が頷く。夢から覚める時が来たのだ。

 一方、現実の江戸城……皇居直下の封印の間では、こなきじじいのあやかしである小名木が仏の手結界を解除しようと呪言を唱えていた。

「ふむ……やはり物理的に結界が起動している状態では、封印の解除が追いつきませんね」

 小名木が封印を解こうとすると、その端から再生されてしまう。弱っていた四神結界とは違い、今も増え続ける山手線・中央線の利用客の所為で強化される結界。

 非常に厄介だと彼は思う。

「すべては妲己の手に賭かっていますね。山手線、中央線、どちらかを破壊し止めてくれれば……封印解除の方が再生より早く終わります」

 そう彼は仏の手結界の破壊を任せた九尾の狐のあやかし、妲己の手腕に期待する。

 期待するしか手がない、とも言う状況なのだが、それでも封印の再生速度に負けないよう、小名木は呪を唱え続けるのであった。


 東京都新宿区。ツインタワーの東京都庁の屋上から、妲己は夜景に埋まる新宿駅を眺めていた。

「派手に壊せ、ねぇ……やるしかないか」

 煌めくネオン、道を走る車のライト、線路を行く電車の明かり……道行く人たちが持つスマートフォンのディスプレイさえひっくり返した宝箱の宝石の一つ。

 それを壊せと言われ、妲己は少し考えるが……主である天海僧正の命は絶対。天海僧正が東京の破壊を望まれたのだから、それをこなすまでと覚悟を決める。

「半魚人たちよ、暴れるんや……全て、全て壊せ!」

 そう妲己が声を上げると、新宿駅の至る所から魚の身体に人間の手足が生えた半魚人たちが、各々に武器を持って現れる。

 現れた半魚人たちは、その手にした獲物で通行人や乗降客を殴り、打ち、撃つ。

 人々からは悲鳴が上がり、新宿駅はパニック状態になる。

「さぁ、千紙屋……決着の時や。早う来んと手遅れになるで?」

 混乱する新宿駅構内を妲己が行く。全ての決着をつけるために。

『新田君、結衣君、メッセージは見ましたね』

 スマートフォンのスピーカーの向こうから、あやかし相手の融資・保証を承る『千紙屋』、その社長である平将門たいらのまさかどの声が響く。

 千紙屋は新田たちと結衣が勤めている会社なのだが……先の顔とは別に、もう一つの顔を持つ。

 それがあやかしが起こすトラブルを解決する『千神屋』、二人はそこに所属する陰陽師見習いであった。

「社長、今新宿駅へ向かってます……敵の狙いは仏の手結界の破壊、ですね」

『ええ、間違いなくそうでしょう。ですので駅施設などが破壊されることは許されません。大至急向かってください』

 将門から届いたメッセージ……それは、新宿駅が襲撃されたと言うもの。

結衣の魂の中から現実に返って来た新田たちは、鬼のような不在着信とそのメッセージを確認して慌てて将門に連絡を取りつつ現地へと向かう……と言う流れだ。

『新宿には先に鬼灯ほおずき君に向かって貰っています。現地で合流して下さい』

 鬼灯……地獄で修行をした際に、誤って地上に出てしまった等活地獄の獄卒である鬼女。

 魂の中に居たため初動が遅れた新田たちの代わりに、彼女が先に向かっていると神田・秋葉原地区の氏神のため、秋葉原から離れることが出来ない将門は告げる。

「分かりました! 新田、安全運転でぶっ飛ばして!!」

 そう返事をした結衣は、運転席の新田に向かい声を飛ばす。

 靖国通りを制限速度一杯で飛ばすワンボックスカーの視線の先には、フロントガラスに明るく映る新宿の街並みが、まるで燃えているかのように明るく見えるのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?