目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第二十四夜 餓者髑髏(その三)

●第二十四夜 餓者髑髏(その三)

 新宿駅に向けて靖国通りを走る『千紙屋』のワンボックスカー。

 運転席でハンドルを握る千紙屋の陰陽師見習い、新田周平あらた・しゅうへいは、まるで炎で燃えているように見える新宿の明かりに一抹の不安を抱く。

「(新宿駅への襲撃……明らかに皇居の下にあった封印を解くため、山手線と中央線による仏の手結界を破壊するもの……出遅れたのが痛いな。間に合うか?)」

 アクセルを踏み込みながら、先程までのことを彼は思い返す。

 それはもう一人の見習い陰陽師、芦屋結衣あしや・ゆいの魂の中に入っていた時のこと。

 彼女の魂の中には、東京を護るもう一つの結界……朱雀、白虎、玄武、青龍の四聖獣による四神結界が張られている。

 だが、その結界は南の平地に宿る朱雀の属性に、北の山に宿る玄武の属性である高層ビルが建築されたことにより均衡を失い、綻びが生じていた。

 その綻びに生じて東京へと侵入したあやかしたちであったが、金や身分と言った後ろ盾がない。そこで東京の守護者の一柱であり、神田・秋葉原地区の氏神である平将門たいらのまさかどが千紙屋を創設、あやかしの能力や権能を担保に融資や保証を行っていた。

 だが、その四神結界を生み出した天海僧正が、その四神結界を破壊しようと動き出す。

 天海僧正の配下であるこなきじじいのあやかしである小名木と、九尾の狐のあやかしである妲己の二人は、東京を破壊するため千紙屋に戦いを挑む。

 そして、千紙屋の新田と結衣が選んだのが、朱雀の巫女としてその力を宿していた結衣の魂の中に東京の箱庭を造り、現実の東京に見立てて四神結界の強化を行う見立ての儀式。

 結界の破壊を諦めた小名木たちは、東京は皇居の下に封印されていた大妖怪の復活……新田たちも皇居の地下で何か儀式が行われていることには気が付くも、三重に掛けられていた封印の一つである山手線と中央線を使った仏の手結界を破壊しようとする彼らに一手遅れてしまった。

「大丈夫、間に合うから……今はちゃんとしっかり前を向いて運転して!」

 助手席に座り、しっかりと締めたシートベルトを握る結衣は、焦る新田にしっかりしてと声を掛ける。

「そうだにゃ、しっかりするにゃ!」

「そうです、しっかりしてください!」

 一斉に声を上げ、あっと言う顔をしたのは猫又のあやかしである猫野目そらねこのめ・そらと、蛇女との二重人格の大学生、蛇迫白じゃさこ・しろの二人。

 二人は共に新田にほのかな気持ちを抱いている……それゆえ同時に動いたのだろう。

「可愛いわね、凍らせて持ち帰りたいぐらいです」

「本当に……おかげさまで夢が美味しい……げふんげふん」

 同時に動いたことで顔を真っ赤にするセンターシートのそらと白の様子を、リアシートで斜に構えながら見る雪女のあやかし、雪芽ユキゆきめ・ゆき

言葉がだいぶ砕けて来たのは、それだけ馴染んで来たのだろう。

彼女の言葉に同意したのが夢を食べる獏のあやかし、夢見獏ゆめみ・ばく

……何やら獏が怪しい言動をした気がするが、運転中の新田は深く突っ込まないことにする。

「それより、そろそろ新宿駅に着くんじゃない?」

 窓から外を見ていたユキが告げる。確かにナビは到着まであと五分と示していた。

 パトカーが周囲を走り回る中、新田たちを乗せたワンボックスカーは新宿駅前に停車する。

 そこは、構内から避難した人でごった返していた。


 新宿駅前に停車したワンボックスカーから飛び降りるように新田たちが飛び出すと、周囲の状況を確認する。

「酷いな……」

「みんなケガしてる。私たちじゃ楽勝の相手でも、普通の人には脅威だもんね」

 血まみれの人たちが群れて駅舎から避難する中を、新田と結衣を先頭に一同は人波を掻き分けるように進む。

 進んだ先で出会った相手は、魚の身体に人間の手足を生やした半魚人……妲己の手下であることは間違いない。

 新田はスマートフォンのストラップに化けた石灯籠の式神の古籠火を、結衣は同じく折り畳み傘に姿を変えた式神の唐傘お化けを取り出すと、霊力を注ぎその真の姿を解放する。

「これ以上の無法は許さん! 古籠火!!」

 石灯籠の灯りの部分から炎を吐きだし、半魚人のその身を焼く新田。

 だが、残った骨が動き出す。

「骨っ!? きっしょい!!」

 結衣がそう叫びながら、カタカタと音を鳴らす骨に向けて手にした唐傘お化けを振るう。

「骨だけになっても動くだにゃんて……」

「酷い扱いやのぅ……白から変わってて良かったわ」

 粉々に砕かれた四肢がある魚の骨の姿にそらが哀れみの声を上げると、白から主人格を交代し蛇女に姿を変えていた朔夜が同意する。

「ただ、普通に倒しちゃだけでは復活するってことですね……なら凍りなさい!」

 吐き出した凍える吐息で半魚人を凍結させながら、ユキがそう告げる。

 そう、倒しても骨になって復活するのであれば、復活しないように倒せばいいのだ。

「……この先に鬼灯さんの気配を感じます。ボクが道案内します!」

 心を読める獏が、先に着いていた鬼灯の気配を察知すると彼女の元へと誘導する。

 そこでは、激しい戦いが繰り広げられていた。


 新宿駅構内……改札を飛び越え、コンコースを走る新田たち一行は、そこで屍の山を目にする。

「おう、お前たちか、遅かったね? ちょっと待っててくれよ」

 そこにいたのは鬼女の鬼灯。彼女は手にしたへしまがった金属バットで、群れで襲い掛かってくる半魚人……一度死んだ者も含む……を吹き飛ばす。

「さっすが鬼灯さん。鬼のパワーは凄いね!」

「あぁ……地獄の亡者への責め苦で慣れているんだろうな」

 結衣と新田がその光景に思わず声を出す。鬼灯が居たのは等活地獄。罪の終わりまで永遠に復活し獄卒に殺される地獄であり、その責め苦を行う鬼の一人が彼女なのだ。

 半魚人たちは復活する先に鬼灯に殺され、そして骨をも砕かれるまで殴られ、やがて動かなくなる……その結果が屍の山であった。

「魚の叩きの大セールやのう……そら、食べてもええんやで?」

「冷やせばルイベも作れますよ、食べますか?」

「絶対ノーにゃ! こいつら絶対不味いのにゃ!!」

 朔夜とユキの問いかけに、腕で大きくバツの字を作りながら断るそら。

 そんな光景に苦笑する獏は、鬼灯に向かい問いかける。

「鬼灯さん、妲己の姿はありませんでしたか?」

「まだ見てないねぇ、相手は小名木じゃないのかい?」

 獏と鬼灯は妲己と同じく天海僧正の配下の小名木とは過去に相対したことがあるが、妲己とは顔を合わせたことはない。

 しかし、妲己と言えば伝説で語られるほどのあやかし……顔を知らなくてもその姿を見れば一目でわかるだろう。

「よし……今回は人数が多い。危険だが、分散して探そう」

 新宿駅は広い。妲己を探すためには、手分けして探すのが良いと新田は提案する。

「分散するのは良いけど、どう分かれるの?」

「俺と結衣で上空から探そう。朔夜様とそらさんで二階を、ユキさんと獏、それと鬼灯が地下階をお願い出来るか?」

 新田の組み合わせに、一同は頷くとそれぞれに動き出す。

「それそれ、猫式百連爪にゃー!」

 二階コンコースへ上がったそらは、鋭い爪を伸ばし斬撃を放ちながら道を切り開く。

「こいつらは一度戦ってるから、戦い方も分かるにゃ! そらが無双するのを見てるのにゃ!!」

「うむ、ではじっくりと見させて貰おうか」

 爪の輝せながら、そらが結衣の魂の中で語った通りに、半魚人相手の活躍を再現するから見ろと朔夜に告げると、彼女は腕を組んで見守る姿勢に入る。

「……本当に見てるだけかにゃ?」

「見てて欲しいのじゃろ? それとも口だけか……そうか、ならば仕方ないな」

 ため息と共に、組んでた手を解いた朔夜は、蛇の胴体を伸ばしそらの元に並びかける。

「やっぱ待つにゃ! そらの活躍、嘘じゃないって見せてやるにゃ!!」

 口車に乗せられ、ムキになったそらは、腕を横に伸ばし朔夜の動きを止めると半魚人に向かって駆け出す。

「見てろにゃーっ! 猫式百連爪にゃ、にゃーっ!!」

 健気に頑張るそらの姿に、ふふっと笑みを浮かべた朔夜は、それとなく反対側から迫る半魚人を、彼女に気付かれぬように尻尾を伸ばし吹き飛ばすのであった。


 一方、地下階を探す獏たちはと言うと、鬼灯が先頭に立ち、立ち塞がる半魚人たちを蹴散らしていた。

「あの、私も戦わなくて良いんですか……!?」

「その姿になって妖力が落ちてるんだろ? 将門から聞いてるよ」

 自分も戦えるのにと心苦しそうにユキが申し出るのだが、そう鬼灯は笑いながら告げながら手にした金属バットを振るう。

「ボクたちは将門様の元に居ますからね。ユキさんの事情は聞いています。あとボクは結衣さんの魂の中で見ていますから」

 子どもに見えるユキの実年齢は二十八歳。ただ前の事件で妖力を使い果たし、小学生五年生の身体になってしまっていた。

 そのため妖力もその身体に沿ったものになっており、大規模な術などは難しい状況であった。

「確かに、妖力は衰えてしまいましたが、この程度の相手であれば後れを取りません」

 そう告げるとふぅーっと凍える息を吐き出し、迫って来る半魚人をダース単位で氷漬けにするユキ。

 妖力が衰えてもなお、ユキの範囲殲滅力は強い。その実力は鬼灯も認めざるを得ない。

「……アタシより前に出るんじゃないぞ?」

 ハァッとため息を一つ漏らし、鬼灯はユキの参戦を認める。

「では鬼灯さんは前を、ユキさんは後ろの相手をお願いします。ここは反時計回りに回りましょう」

 獏が言う通り、地下フロアの改札口内は中央に構造物があるためロの字状になっているため、探索するには時計回り・反時計回りどちらかで回らなくてはならない。

 しかし、改札内の南西側には連絡通路しかないが、北から北東側には改札が三つもある。

 改札が多いと言うことは、敵と民間人が多いと言うこと。なので先にそこを解放してしまおうとの提案であった。

「分かりました、それで行きましょう」

「アタシは駅の構造とかよくわかんないから……作戦は任せるから、言われた通り暴れるだけさ!」

 ユキと鬼灯は獏の提案に素直に頷くと、半魚人たちへと立ち向かう。

 そしてホームから駅舎の外へと出た新田たちはと言うと、朱雀の力で翼を生やすことが出来る結衣の能力を使い、空中に飛び立っていた。

「結衣、重くないか?」

「……今更!? 重いに決まってるでしょ! 霊力で飛んでないと落としてるわよ!!」

 バッサバサと朱雀の朱い翼を羽撃たかせながら、今更ぁ!? と結衣は不満顔を見せる。

「か弱い女の子が健気に頑張ってるんだから、少しは感謝して欲しいわね」

「か弱いかどうかは置いておいて、感謝はしてるよ」

 ちょっと棘はあるが新田に素直に感謝され、今度は拍子抜けな表情をする結衣。

「……どうした?」

「いや、なんでもない……そっか、感謝してるのか」

 想い人に感謝されていると分かっただけで、感じていた重さがなくなった気がする。

 結衣がそんなことを考えながら新宿駅駅舎の上空に達した時、二人は禍々しい気配を感じ周囲を見回す。

「この気配……妲己か! 何処に居る!?」

「新田、あそこ!」

 新田の声に結衣が指差したのは屋上の一角。ホームを見下ろすように立つ妲己の姿があった。

「やっと来たんか、千紙屋……! 今日で決着を付けるで!!」

 妲己は屋上で新田たちに向かい声を上げると、呪を唱える。それは今まで聞いたことのないようなとてもおどろおどろしいもの。

「新田、術を止めさせないと!」

「わかってる! 俺を妲己へ向けて落とせ!!」

 よく分からないが、妲己の術は悪い予感がする……そう告げる結衣に、新田は自身を妲己に向けて投げろと告げる。

「わかった! 新田、死なないでね!!」

 そう告げると、新田の身体を勢いつけて妲己に向け放る結衣。

 まるで対地攻撃機の爆撃のように勢いをつけ、新田は爆弾のように投下される。

「その術、これ以上は唱えさせん! 古籠火!!」

 スマートフォン……そのストラップに姿を変えている式神、古籠火に霊力を注ぎ、巨大な火炎を吹き出しながら妲己へと新田は迫る。

 だが……一足遅かった。

「これで終わりや……召喚、餓者髑髏がしゃどくろ!」

 新田が辿り着くより一歩早く、妲己の術が完成する。


 ……倒した半魚人たちの身体から白い欠片が集まり新宿駅の上空で組み立てられていく。

 白い欠片……そう、骨は、だんだんと小さな塊から大きな骨になり、四肢となり頭蓋となり、やがて一体の巨大な人骨となり新宿駅を踏み潰すように下りる。

「新田っ!」

「くっ……間に合わなかった!」

 瓦礫と共に吹き飛ばされる新田を、結衣が救い上げる。

 そして、現れた巨大な人骨は新宿駅のホームを、線路を踏み壊した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?