●第二十四夜 餓者髑髏(その四)
がしゃどくろ、それは巨大な人骨のあやかし。
戦死者や野垂れ死にした者の怨念が大きな骸骨となり、生者を握りつぶし食べると言われている。
それが倒された半魚人たちの骨を利用し召喚され、新宿駅に現れた。
召喚したのは、九尾の狐のあやかし、妲己……東京、いや江戸の街を造り、朱雀、白虎、玄武、青龍による四神結界を生み出し、そして今はそれを破壊しようとしている天海僧正の使い。
「がしゃどくろよ……新宿駅を壊すんや、徹底的にな!」
妲己は叫ぶ。それに応えるかのように巨大な髑髏は暴れ出す。
「そんな、新宿駅にはそらちゃんが……みんながまだ居るのに!」
「結衣、今は考えるな! 目の前のがしゃどくろに集中するんだ!!」
東京、秋葉原にあるあやかし向けの融資・保証の『千紙屋』……今はあやかしトラブル解決の『千神屋』に所属する見習い陰陽師、
……正直、新田も新宿駅の中に残された、猫又のあやかしである
今すぐに助けに行きたいのが本音である。だが、それをしてしまうと、妲己とがしゃどくろに対処する人間が居なくなってしまう。
この新宿駅を破壊されると言うことは、仏の手状に配置されている山手線・中央線による結界を破壊されると言うこと。
仏の手結界を破壊されると、皇居の下にある謎の封印……新田たちは知らないが、同じく天海僧正の配下であるこなきじじいのあやかし、小名木が結界の効果で封印されし大妖怪を復活させようとしているのであるが、その封印が解かれることになる。
だから、今はがしゃどくろと妲己に集中しなくては……そう新田は自分を戒める。
「……でも、でもでも、だってみんなが!」
「大丈夫だ、何かあってもそらさんには防御力の高い朔夜様が、獏たちには
どうしても不安な表情を隠せない結衣に、新田は強く伝える……万が一に備え、攻防を考えた組み合わせにしていた自分の判断は間違っていなかった。そう信じたい新田は、結衣を説得する自分を信じる。
「わかった……新田を信じる。どうすればいい?」
気持ちを切り替えた結衣が新田にどう行動すれば良いのか尋ねて来る。
相手は巨大ながしゃどくろ……妲己が決着を挑むぐらいだ。以前の土蜘蛛の化身と同じかそれ以上の強さはあるだろう。
「……全開でぶつかるしかないかな。以前の土蜘蛛より上だと思って当たるぐらいで丁度いい」
「地獄で修行した成果、見せる時だね」
「そう言うことだ……行くぞ、結衣!」
新田を地面に降ろした結衣は、彼を吊り上げる為に仕舞っていた式神、唐傘お化けを取り出す。
朱雀の力が発動している結衣の手に収まった唐傘お化けは、炎に包まれ浄化の剣へと姿を変える。
そして肩口から伸びる翼を広げ、再び空へと舞い上がった結衣はがしゃどくろへと近付く。
「行くよ、唐傘っ! まずはこれから……
大きく剣を振り抜き、炎を纏わせた三日月のような斬撃を放つ結衣であったが、その斬撃はがしゃどくろの表面で弾かれる。
「骨なのに硬い!?」
「むしろ骨だけだから硬いのかもな……白虎の牙よ、炎に宿れ!!」
新田はスマートフォンにぶら下げた二つのストラップ……一つは石灯籠のあやかし、式神の古籠火。
もう一つは新田の家に伝わる呪具。東京を護る四聖獣の一体、白虎の力を宿した白虎の牙へ霊力を注ぐ。
すると白虎の牙を通し、白虎の力を宿した霊力が古籠火の灯りの部分より放出される。
それは炎で出来た白虎……炎の虎が大地を駆ける。
「炎の虎よ、その爪で斬り裂け、牙で砕け!」
その言葉と共に炎の虎ががしゃどくろの骨を砕くが……直ぐに再生が始まる。
「なんだと……再生するだと!?」
驚きの声を上げる新田。それは結衣も同じだったようで、その光景に驚愕の表情を浮かべた。
「再生するなんて聞いてないよ! どうしよう新田!?」
「方法は三つ……がしゃどくろの再生スピードを越える勢いで破壊するか、再生の限界まで壊し続けるか、術者……妲己を倒すか」
どちらにせよ、まずは駅舎や線路を壊そうとしているがしゃどくろを破壊しよう……そう新田は告げる。
「わかった。妲己は後回しだね」
浄化の剣を構えた結衣は再びがしゃどくろへと向けて飛ぶ。
「今度は最初から全力だよ!
回転する無数の炎を朱雀の翼で起こした風に乗せ斬り付ける結衣の必殺技。
降り注ぐ炎が命中するたびにがしゃどくろの骨は砕け、そして再生するを繰り返す。
「こうなったら、根競べだぁぁっ!」
「いいぞ、押してる! 動けなくさせればこちらの勝ちだ!!」
壊しては直し、壊しては直しを続けるがしゃどくろの姿に、新田も炎の虎を繰り出し援護しようとする。
だが、炎の虎は九本の尻尾を広げた妲己の放つ、まるで玉のような光球に掻き消された。
「妲己か!」
「そうやで、ウチや! 千紙屋……あんたらにこれ以上の邪魔はさせへんよ!」
これまで見に回っていた妲己。彼女はここで負ける訳にはいかないと光球を生み出し、次々と放って来た。
一方、瓦礫の中の新宿駅……崩壊した二階部分の改札内では、全身を鱗に変えた蛇女の白蛇朔夜が猫又娘の猫野目そらを庇い、崩れた天井をその身で受け止めていた。
「う、うぅっ……な、なんであんたが庇うんだにゃ……?」
「さ、さぁな……咄嗟に身体が動いてのぅ……いや、シューヘーが悲しむと思ったからかのう……」
蛇の身体で、まるで蜷局を巻くように身を包まれ護られたそらには傷一つない。
対照的に朔夜の身体には深い傷が刻まれ、赤い液体が零れ落ちていた。
「そ、そんなの、さ、朔夜にゃんが傷付いていい理由にならないのにゃ……そ、それに、新田のご主人様は、朔夜にゃんが傷付いても悲しむのにゃ」
そらが放ったその言葉に、血の気を失った顔で朔夜は嬉しそうに呟く。
「ふふ、やっと『朔夜にゃん』と呼んでくれたのぉ……わらわの勝ちや……」
そう言うと朦朧とした意識を混濁させる朔夜。その姿に、そらが思わず叫ぶ。
「そんなの! 何度でも呼んでやるにゃ! 朔夜にゃん! 朔夜にゃん! 朔夜にゃん!! だから死なないでにゃ! 誰か……誰か、朔夜にゃんを助けてにゃ!!」
助けて……だがその呼び声は瓦礫に阻まれ、そしてがしゃどくろがガチガチと鳴り響かす骨の音に掻き消され誰にも届かない。
急速に冷えていく体温に、そらは必死で鳴き叫ぶ。
同じ頃、地下階ではと言うと、同じく崩落してきた天井を鬼女である
幸いなことに、二階と違いがしゃどくろの足は一階のプラットホームで止まっており、地下階には突き抜けなかった。おかげで天井パネルや照明などが落下する程度で済んでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
小学五年生ぐらいに見える雪女のあやかし、
「鬼灯さん! そんな、ボクたちを庇って……」
「し、死んでないつーの……分かってて言ったろ? 痛ててて……」
身体を動かし、パラ、パラパラと身体に乗った瓦礫を掃う鬼灯は、こんな時でも揶揄って来た獏の頭を軽く小突く。
「痛いですよー、虐待良くない!」
「何が虐待だ。次やったら本気で小突くからな……で、何が起きたんだ?」
崩れた天井を見上げながら、鬼灯が疑問の声を上げる。
だがその問いかけに答えられる者は、この場には誰もいない。
「兎に角、ここに居ては生き埋めになる可能性があります。鬼灯さんの怪我が大丈夫でしたら、地上に向かいませんか?」
もう一度天井が崩れたら、耐えられるか分からない……ズシン、ズシンと言う謎の音が響いて聞こえる状況で、この場に留まるのは不味い。そう告げるユキに、獏も鬼灯も移動を了承する。
そして獏たちは見る。二階部分が崩落した新宿駅と、巨大な骸骨の姿を。
崩壊した新宿駅。避難の人たちの悲鳴が上がる中、新田と結衣は巨大な骸骨……がしゃどくろと、九尾の狐のあやかしである妲己と向かい合っていた。
「妲己、これ以上新宿駅は壊させやしない!」
新田はそう叫ぶと、着ていたスーツの内ポケットから人型の紙を取り出す。
それは新田の術を込められると、彼の分身に姿を変える。
「全員で一斉に攻撃だ! 炎の虎よ、走れ!!」
四人に分れた新田……それぞれが白虎の牙とリンクさせた古籠火から炎の虎を放ち、四体の炎の虎が妲己に迫る。
「それくらい! ウチに届くと思っとるのか!? ウチは九尾の狐、妲己やで!!」
妲己は光の玉を両手にそれぞれ生み出すと、迫る炎の虎に向けて放つ。
光球が直撃した炎の虎は、光で弾け消滅した。
「光の玉……そうか、玉藻の前か!」
「ほぅ、うちの正体に気付くとは……見習いとは言え流石陰陽師と言ったところか」
玉藻の前……鳥羽上皇に寵愛され、贅を尽くし、そして呪い殺そうとし、安倍泰親によって九尾の狐である正体を暴かれた伝説の存在。
そして玉藻の前は暗闇で玉のような光を放ったことが切っ掛けで鳥羽上皇と知りあい、愛されることになった。
妲己はその特性を受け継いでいるため、光の玉を放つことが出来るのだ。
「九尾の狐となった玉藻の前はその後、殺生石で封印されたと聞いたが……天海僧正の手で復活したのか」
「その通りや! だからうちは天海僧正のために働くんや……この東京を破壊しろと言われれば、従うしかないんや!!」
そう妲己は叫ぶと、再び光球を生み出し残る炎の虎へ投げつける。
「妲己……お前、本当は……」
「新田! それ以上言うな!! 言ってはあかん……うちとお前らは敵同士、それで良い、それが良いんや」
新田の言葉に、妲己は否定で返す。あくまでも敵同士……もう引き返せないのだ。
「ならば、東京を護る千神屋の陰陽師として……妲己、お前を掃わせて貰う!」
「よく言うた! それでこそ千紙屋、それでこそ陰陽師や! だが、安倍泰親とやりやったこの妲己、祓えるものなら祓ってみ!」
両手に光球を生み出した妲己に、再び新田は炎の虎で挑む。
当代一の陰陽師。安倍泰親……それと戦い、破れはしたものの祓われはしなかった。その実力は間違いない。
ならば、小手先の技術で戦うより、自身の最大火力で攻める。そう新田は決めていた。
千紙屋のもう片翼、芦屋結衣はと言うと、新田が妲己と語っていた間もがしゃどくろへ最大火力を叩き込んでいた。
「くっ、再生速度が早い……もっと早く、もっともっと火力を!」
結衣は魂に宿る朱雀に力を寄こせと呼びかける。朱雀は東京を護る聖獣……その呼びかけに応えるように、彼女の全身が炎で包まれる。
「燃えろ、もっともっと燃えろ!
浄化の剣を掲げた結衣の身体に、朱雀の力が不死鳥の姿を形作る。
そしてその不死鳥が放たれ、がしゃどくろへと向かい羽撃たこうとした時だ。
彼女のスマートフォンが鳴り響き、留守録にしていたスピーカーからそらの声が流れたのは。
『結衣にゃん! 結衣にゃん! 助けてにゃ……朔夜にゃんを助けてにゃ!!』
泣き喚きながら助けを求めるそらの声に、結衣は技を放つのを一瞬忘れる。
その瞬間、纏っていた炎が消え、放たれようとしていた不死鳥が掻き消える。
だがそんなことは些細なこと。それよりも泣いている友達だ。
朱雀の翼を羽撃たかせた結衣は、がしゃどくろの横を抜け崩壊した新宿駅の駅舎へと向け飛ぶのであった。