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第二十五夜 妲己(その一)

●第二十五夜 妲己(その一)

 夜の東京は新宿駅。そこはあやかしと東京を護る陰陽師による戦場であった。

 東京を破壊するため大妖怪の復活を企む天海僧正の配下、こなきじじいのあやかしである小名木は、封印の楔である山手線・中央線を仏の手に見立てた結界……それを破壊するため、結節点である新宿駅を目標に定める。

 それに従い、もう一人の天海僧正の配下である九尾の狐のあやかし、妲己は、半魚人たちを従えて新宿駅を襲撃した。

 東京を護る陰陽師……『千紙屋せんがみや』に所属する新田 周平あらた・しゅうへいと見習い女子高生陰陽師、芦屋 結衣あしや・ゆいの二人は、あやかしの仲間と共に新宿駅奪還のため動き出す。

だが半魚人を生贄に召喚された巨大な骸骨のあやかし、がしゃどくろが新宿駅の駅舎を壊し、ガチガチと言う音を響かせながら暴れ回る。

 新田は妲己と、結衣はがしゃどくろと対峙していたのだが、必殺技を放とうとした結衣の元へ、猫又娘のあやかし、猫野目 そらねこのめ・そらから助けてとメッセージが届いていた……。


 新宿駅の上空を、芦屋結衣はその魂に宿した東京を守護する四聖獣の一体、朱雀の力を発動させ、朱色の翼を肩口から伸ばし飛んでいた。

 目標は、新宿駅の駅舎を倒壊させたがしゃどくろ……ではなく、がしゃどくろに破壊された駅舎であった。

「そらちゃん、待ってて!」

 結衣の仲間であり、新宿駅の駅舎、その二階部分の奪回を託していた猫又娘の猫野目そらと、蛇女の白蛇朔夜しろへび・さくやの魂を併せ持つ大学生、蛇迫白じゃさこ・しろ

 しかし、がしゃどくろが出現したことで駅舎は倒壊……それに巻き込まれた彼女たちは、朔夜が自らの身を呈しそらを生き延びらせると言う結末に終わる。

 薄れゆく朔夜の意識。そして白の命の灯を感じながら、そらは朱雀……不死鳥の再生能力で癒しの力を持つ結衣に助けを求めた。

 そして結衣は、がしゃどくろとの対峙を止め、そらたちの救出を選択した。

「そらちゃん! 朔夜さん! 何処にいるの!? 聞こえたら返事をして!!」

 倒壊した駅舎に飛び込んだ結衣は、朱雀の炎を灯りにしつつ周囲を捜索する。

 崩れて下敷きになった天井、倒壊した壁、その何処にそらと朔夜が居るか分からない。

 見落とさないよう慎重に、それでいて残された時間がないため大胆に結衣は動く。

「そらちゃーん! 朔夜さーん!!」

「……ぃ……ゃ……」

 何度か目の呼びかけ、その時微かにそらの声が結衣の耳に届く。

「そらちゃん! どこ、返事をして!!」

 僅かな声を頼りに近付いていく結衣の眼に、瓦礫から突き出た白蛇の尻尾の先が見えた。

「見つけた! 今助ける!!」

 瓦礫に埋もれたそらたちを見つけた結衣は、朱雀の力を宿した浄化の剣……式神の唐傘お化けが変化したもの……を振り下ろし、その剣圧で瓦礫を跳ね除ける。

「そらちゃん!」

「結衣にゃん! 朔夜にゃんが、朔夜にゃんが! そらを護って……朔夜にゃんを助けて!!」

 そこに居たのは、白蛇の胴体に巻かれるように抱きしめられたそらと、血の気を失い動かない朔夜の姿。

 その姿に、結衣は掛けていた黄色いレンズのサングラスを少しズラすと、先天性色素欠乏症……所謂アルビノの特有の赤い瞳で朔夜を見る。

 結衣の赤い瞳は、見えないものも視る霊視の眼。視るのは魂の炎。

 朔夜の体内には朔夜と白、二つの魂が宿っている。その炎は、か細いながらもまだ灯っていた。

「大丈夫、まだ助かる!」

 そう告げた結衣は、治療術を唱え始める。朱雀の、不死鳥の力で外傷を癒し、消えかけそうな魂の炎に熱を再び与えていく。

「暖かいのにゃ……」

 両手を翳した結衣が発する輝き。それはとても暖かく、思わずそらはそう呟く。

「んっ……ゆいかぇ?」

 血色が戻り、白かった肌がピンクに染まった頃、薄目を開けた朔夜が小さく声を出す。

「うん、結衣だよ。もう大丈夫。そらちゃんも無事だから、安心していいよ」

「そうか……ちょっと疲れたな。白に変わるわ……」

 結衣が安心するように告げると、ホッとしたのか再び目を閉じる朔夜。同時に蛇の鱗が消えていき、尻尾であった下半身が割れると人間の脚になる。

 最後に胸のサイズが小さくなり、もう一つの人格……主人格である蛇迫白が目を覚ました。

「ありがとうございます、結衣さん。そらさんは無事で良かった……」

「白にゃん! 朔夜にゃんに伝えてにゃ、ありがとうだにゃって!!」

 目覚めた白にそらが飛びつく。白と朔夜は意識を共有している。

 故に朔夜の行動は白も知っている……白への感謝は、朔夜への感謝。だからそらは、白に目一杯のありがとうを伝えた。

「それじゃあ二人とも、一旦避難するよ」

 治療術を終え、白が動けることを確認した結衣は、そらたち二人に向け告げる。

 治療に集中して気が付かなかったが、駅舎の外へと誘導していたがしゃどくろがまた戻ってきているのだ。

 がしゃどくろは朱雀の力を宿した結衣でようやく相手になる強さ。

 人間の白は論外だが、猫又娘のそらでも歯が立たないのは間違いない。

 そんな二人を戦わせる訳にはいかないと、一旦危険な駅舎を離れることにした三人は、瓦礫の山を越え走り出した。


 一方、崩れた駅舎の屋上だった部分では、『千紙屋』の陰陽師見習い、新田周平と、東京崩壊を企む天海僧正の配下、九尾の狐である妲己の戦いが繰り広げられていた。

「白虎の牙よ、炎の虎を生み出せ!」

「また同じ手か……そろそろ通じへんのを学習しぃ?」

 人型の呪符で分身を三体生み出した新田は、彼の家に伝わる呪具『白虎の牙』を使い、式神である石灯籠のあやかし、古籠火から白虎の力を宿す炎の虎を生み出す。

 対する妲己は、玉藻の前であった時の能力……光の玉を生み出す力を使い、光球を飛ばしぶつけることで炎の虎を迎撃していた。

「ぬるいで、千紙屋! 安倍泰親と比べると可哀想になる程や!」

「当代一の陰陽師と比べないで貰おうか! あと俺は千紙屋の新田周平だ!!」

「知っとるよ! 名前で呼んで欲しくば実力で呼ばせてみぃ!!」

 妲己と新田は激しく会話を交わしながら、炎の虎と光球をぶつけ合う。

 それは何度となく続き、幾度となく繰り返され、徐々に一進一退の攻防となる。

「どうした妲己、疲れて来てるんじゃないのか? さっきより一メートル近付いたぞ!」

「なに、それならば二メートル早く迎撃してやろうぞ!」

 二本の腕による光球と四人による炎の虎……手数では新田が有利であったが、妲己は狐の素早さでカバーしていた。

 白虎の炎と伝説の光。互いが互いを殺しえる一撃の威力を持ち、あとはどちらが先に当てるかの勝負。

 その最中、新田は妲己に気になっていたことを問う。

「伝説の生き証人として聞いておきたい……お前は寵愛を受けていた鳥羽上皇を愛していたのではないのか?」

 突然の問いかけに、そしてその問いの内容に、思わず妲己は目を丸くする。

 そして一頻り笑うと、なんだそんなことかと口を開く。

「人の色恋ごとが気になるの年頃か? それとも歴史の考察がしたいのか……まあええ、勿論うちは愛していたで? だからこそ呪いを掛けた」

「何故か聞いても良いか?」

 新田は白虎の炎を放ちながら、妲己は光の玉でそれを迎撃しながら、伝説に伝わる恋愛劇について話し聞く。

「どうせ答えたくないと言っても聞くのだろう? 冥途の土産に教えたる!」

「ならば教えて貰おうか! と言っても冥途は勘弁だけどな!」

 冥途へは一度修行で行かされている新田は、土産だけ貰おうと告げると、強欲もんやなと妲己に笑われる。

「まあええ、新田周平! お前は心の底から他人を愛したことがあるか!?」

「……わからない。この感情がなんなのか、まだ俺にはわからない」

 新田の中に芽生え始めた感情……それは何なのか。そして誰に向いているのか。まだ新田自身わかっていない。

 だから素直にそう答えると、妲己はため息を一つ漏らして言葉を続ける。

「……そうか。ならあくまでうちの場合や、参考にせい! 人を愛するとな、独占したくなるんや! その人のすべてを……そう、命までな! だから呪うた!!」

「随分物騒な愛情表現だな!」

「うちはあやかし、人とは違う……だから人とは違う愛し方かも知れへんな!」

 そう、あやかしと人間は違う生き物。見た目だけではない。寿命も違えば考え方が違っていても何らおかしくはない。

 妲己の答えに満足した新田は、感謝の言葉を告げる。

「ありがとう、妲己。お前が人間を愛せるあやかしだと知って嬉しいよ」

「なんや、気色悪いな……おだてても手加減はせえへんよ? さぁ、殺し合おうか!」

 そう言った直後、新田の放った炎の虎が妲己の光球で撃墜される。

「なんだ、サービスはしてくれないのか!?」

「サービスして欲しくば、あの方よりもイイ男ってところを見せるんやな! そうすれば呪い殺してやるで?」

 笑う妲己は、迎撃の手を休めない。新田はそれに応じるべく炎の虎を生み出し放つ。

 そして、このあやかしは人間を愛しているんだな、そう新田は思うのであった。


 新宿駅の地下改札階から一階のホームへ脱出した、千紙屋預かりのあやかし、夢を食べ、夢を渡る獏である夢見獏ゆめみ・ばくは。生き埋めになる恐怖から解放されホッと盛大なため息を漏らす。

「ふぅ、これで一安心ですね……何時生き埋めになるか、気が気でありませんでした」

「そうだな……そう言えば、人間たちには一難去ってまた一難、って言葉があったよな」

 一緒に地下階から脱出した、同じく千紙屋預かりの地獄の獄卒、鬼女の鬼灯ほおずきが、呆然とした顔で駅舎の方を指差し示す。

「……地下に響いていた振動の正体は、これでしたのね」

その指先へ視線を向けた雪女のあやかし、雪芽ユキゆきめ・ゆきはその光景に言葉を無くす。

 次の瞬間、ユキは叫ぶ。

「二人とも、線路の先に向かって走って!」

 そう言って走り出したユキであったが、前の事件で妖力を使い果たし、成人した大人の身体から小学五年生ぐらいの姿に変わってしまった彼女の脚では、新宿駅の駅舎を破壊しようと身体を起こしたがしゃどくろからは逃げられない。

 同じく子どもの身体をした獏も、振り下ろされるがしゃどくろの腕が、駅舎を、そして彼女たちが居るプラットホームまで破壊するのに巻き込まれるのを避けられないと悟る。

「しっかり掴まってろ!」

 そんな二人を、身の丈二メートルを超える大柄な身体を持つ鬼灯が両手で抱えると、その巨体にそぐわぬスピードで駆け出した。

「きゃっ!?」

「わっわっわ!!」

 全速力で駆ける鬼灯の腕の中、揺らされ声が漏れだすユキと獏。

 その甲斐があり、崩落する駅舎に巻き込まれることなくプラットホームから離れることが出来た。

 だが三人の目の前で、暴れ回るがしゃどくろにより新宿駅は脆くも崩れていく。

「そんな、新宿駅が……」

「……まるで怪獣映画ですね」

「怪獣映画とやらは見たことないが……やられたな」

呆然としながらその光景を眺めるユキ、獏、そして鬼灯の三人。

そしてそれは、山手線・中央線による仏の手結界の消失と言う形で、皇居の地下に封印されている大妖怪の封印解除に挑んでいた小名木にも伝わる。

「これで大妖怪封印の楔、第二の封印、仏の手結界が解除されました! 妲己よ、よくやってくれました……後は最後の封印のみ。大妖怪復活の時はもう直ぐです!!」

 小名木の高笑いが、漏れだした濃い瘴気で充満する封印の間に広がる。

 このままでは止められない大妖怪の復活。

だが、がしゃどくろを、そして妲己をこのままにしておく訳にはいかない。

 新田と結衣は、新宿での争いを終わらせるために、負けられない戦いに挑む。

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