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第二十五夜 妲己(その二)

●第二十五夜 妲己(その二)

 新宿駅、深夜……日に三百万人が利用する広大なターミナルは、天海僧正の配下である九尾の狐のあやかし、妲己により召喚された巨大な骸骨……がしゃどくろにより、無残にも崩壊していた。

 それにより、仏の手状に配置された山手線と中央線による結界は壊され、その効力を失う。

「新宿駅……壊れちゃったにゃ」

 そう口に出すのは、猫又娘のあやかし、猫野目そらねこのめ・そら……メイド服に空色の猫耳、二股に分れた猫尻尾と言う出で立ちの彼女は、蛇女の白蛇朔夜しろへび・さくやとその身を共用する大学生、蛇迫白じゃさこ・しろの身体を支えていた。

「すいません、そらさん……それにしても、新田さん、大丈夫でしょうか?」

「良いってことにゃ! さっきは朔夜にゃんにそらが助けて貰ったんにゃ、これでおあいこにゃ! ……それに、新田のご主人様ならきっと大丈夫にゃ」

 がしゃどくろが出現した時、新宿駅の二階に居た彼女たちは天井の崩落に巻き込まれ……朔夜が身を呈してそらを庇ったことにより、その身体に大きく傷を負うことになったが九死に一生を得ていた。

 二人の友人であり、救出に来てくれた『千紙屋』の見習い陰陽師、芦屋結衣あしや・ゆいの治療術により朔夜……白は傷を癒し、彼女たちは新宿駅の外へと避難することが出来たのだが、彼女たちの心配事、それは想い人であるもう一人の千紙屋の見習い陰陽師、新田周平あらた・しゅうへいの姿が見えないこと。

 結衣によると、天海僧正の配下である妲己と戦っていた……と言うことであるが、新宿駅の崩壊に巻き込まれたのではないかと白は心配でたまらない。

「そうだね、新田なら大丈夫。もし埋まっていても助けて来るから、二人は他のみんなと合流して」

 崩壊する新宿駅からそらと白の二人をここまで送った結衣は_その魂に宿す朱雀の力で肩口から朱色の翼を伸ばすと大きく羽撃たかす。

「結衣にゃん! 新田のご主人様をよろしくにゃ!!」

「気を付けてください! ご武運を!!」

 そらと白に見送られ、結衣はがしゃどくろを倒すために飛び立つ。

「……行きましたね」

「うん、行っちゃったにゃ」

 結衣の姿が小さくなるまで手を振ったそらと白は、仲間たちを探して周囲を歩く。

 周囲は新宿駅から逃げ出した大勢の避難民で溢れている。

どよめきと呻き声、そして救急車のサイレンが響くなか、そらと白の二人は、身の丈二メートルを超える巨体を見付け出した。

「居たにゃ、鬼灯にゃんにゃ!」

「やっぱり目立ちますね……」

 等活地獄の獄卒、鬼女の鬼灯ほおずきは非常に巨体だ。

 そして彼女と同行する獏のあやかし、夢見獏ゆめみ・ばくと雪女のあやかし、雪芽ユキゆきめ・ゆき……ユキは事情があってだが、共に小学五年生ぐらいの姿なので、デコボコな集団は目立っていた。

「そら! そっちは……白か!」

 背丈が高い分、そしてメイド服のそらが目立つ分、誰よりも早く二人の姿を見付ける鬼灯。

白とは初対面の彼女だが、先程会った朔夜と同じ服装、同じ髪型なので朔夜と同じ身体を共有する白だと気が付く。

「こちらの姿では初めまして、鬼灯さん……みなさんも無事で良かったです」

「あぁ、よろしくな。間一髪、ってところだったけどな」

鬼灯たちはがしゃどくろが現れた時、地下改札に居た。そして生き埋めになりそうにならながら一階のプラットホームへ脱出したと思ったら、がしゃどくろに新宿駅の駅舎が壊される直前だった。

「本当に危なかったですよね……鬼灯さんが抱えてくれなければ、巻き込まれていました」

「ボクたちの足じゃ、間違いなく逃げれませんでしたからねー」

 ユキの言葉に獏が頷く。彼女たちの小さな身体では、確かに逃げるのは難しいだろうと白は思う。

 一方のそらはと言うと、獏とユキに抱き着きながらその頭を撫でる。

「二人とも無事でよかったにゃー! 特にユキにゃん、ちっちゃくなった身体で頑張ったのにゃ!」

「そ、そらさん……私は子どもでは……もう」

 そらに頭をわしゃわしゃとされながら、ユキは満更でもない様子。

「さて、あとはここから戦況を眺めるしかないか……ちょっと悔しいなぁ」

 地獄の鬼である鬼灯は、亡者の集合体であるがしゃどくろと対峙出来ないことが悔しくて仕方ない。

 だが四神の力を宿す結衣ですら苦戦する相手。鬼女の鬼灯では敵わないだろう。

「見守るしかありません。結衣さんと新田さんを……そして終わった時、お帰りを言ってあげましょう」

 白がそう告げると、そらたちは頷く。

 そして、新宿駅では戦いが再開する。


 新宿駅上空に辿り着いた結衣は、眼下を眺める。

 そこはがしゃどくろによって破壊され、瓦礫となった駅舎と粉々に砕けた線路やプラットホームの残骸が埃を上げていた。

「酷い……これじゃ、仏の手結界は……そうだ、新田は!?」

 キョロキョロと結衣が左右を見回すと、埃を掻き分け炎の虎が飛ぶ。

「新田っ! 攻撃してるってことは、妲己も生きてる……!」

 その言葉と同時に、炎の虎が閃光に包まれ消滅する。

 ……この瓦礫の山にお互い飲まれずに、戦い続けていたと言うのか。

 結衣は無事を喜ぶと同時に呆れ果てる……だが無事は無事。妲己の相手は新田に任せ、自分はがしゃどくろに集中しようと考える。

「さて、がしゃどくろ……よくも新宿駅を壊してくれたね。許さないんだから!」

 背中の鞄に仕舞っていた折り畳み傘……式神の唐傘お化けを取り出す結衣。

 傘を伸ばし、朱雀の霊力が流され、その姿は炎を纏った浄化の剣へと姿を変えた。

「朱雀、もう一度鳳凰剣舞ほうほうけんぶを使うよ!」

 そう言って心の中の朱雀に呼びかける結衣。しかし、全身から炎は沸き上がるが先程までの火力は感じられない。

「どうしたの、朱雀……?」

 結衣は心の中の朱雀に問いかける。だが朱雀はと言うと、力が出ないと訴えていた。

「どうして……ひょっとして、仏の手結界が破壊されたから!?」

 朱雀の力が出ない原因、それは山手線と中央線を使った仏の手結界……その二つの路線の結節点である新宿駅が破壊されたからでは、と結衣は考える。

 実際のところ、それは要因の一つ。もう一つの要因は東京に流れ込む霊脈を断たれたことによるエネルギーの枯渇もあった。

「だとしたら、今までの力でなんとかするしかないか……行くよ唐傘、朱雀! 天裂剣舞てんれつけんぶ!!」

 朱雀の力で生み出した無数の回転する炎を、翼で巻き起こした突風に乗せ放つ結衣。

 それは巨大な骸骨であるがしゃどくろの身体に命中し、骨を砕いていく。

 しかし、砕かれた先から砕けた骨が再生し、元の骸骨の身体を取り戻す。

「やっぱり再生が早い……いや、火力が、朱雀の力が落ちているのもあるのかな……?」

 朱雀の力が弱まっている影響か、先程までの力が出せない。歯痒く思いながら結衣は炎の剣撃を再び放つ。


 結衣が苦戦している間も、新田と妲己の戦いは続いていた。

「いけぇ、炎の虎ッ!」

「ふっ、甘いわっ!」

 九尾の狐である妲己……その正体は、鳥羽上皇の寵愛を受け、憑りつき殺そうとし殺生石に封印された玉藻の前。

 玉藻の前としての能力を使い、光球を飛ばし新田の放つ白虎の力を宿らせた炎の虎を迎撃する彼女の姿に、新田は違和感を覚える。

「(あの光球、俺を殺せる力を持っているのに、その力で俺を狙わない……何故だ)」

 分身は瓦礫に飲まれた時に盾にしてしまい残っていない。

 妲己の迎撃速度は変わらない筈なのに、新田の手数が減った分増加した攻撃の機会を活かそうとしてこない。

 攻撃を止める訳にはいかないため、分身を張り直す暇がないのだが……ひょっとしてこのチャンス、活かせるのではないのか?

 そんなことを新田が考えていた時だ。妲己から声を掛けて来る。

「どうした、ほれ、分身を呼ばんか……おもろうないやないか」

「……ならば、ありがたく呼ばせて貰おう」

 そう言って懐から人型の紙を取り出し、呪を唱えると三体の分身を生み出す新田。

「準備はええか?」

「そうだな……一服したいところだな」

 そう言って新田は壊れた自動販売機を見る。

壊れ横倒しになった自動販売機からは、中に詰まっていた飲み物が周囲に散乱していた。

「……うち、緑茶なら飲んでもええで?」

 その言葉に新田は本気かと驚くが、ペットボトルのお茶を拾うと妲己に放り投げる。

「ん……んくんく、何見とるんや? お前さんは飲まへんのか」

 妲己にそう言われ、新田もペットボトルを拾うとキャップを捻る。

 その途端プシュっと言う音がし、吹き出た中身が新田の顔に掛かる。

「なにやっとるんや……余所見するからやで?」

 呆れる妲己の声に、ハンカチで顔を拭いた新田は半分ぐらいに減ったドリンクに口を付けた。

 炭酸の抜けたドリンクは甘く、疲れが抜けて行くようであった。

「そのまま聞け……新田、もしうちに勝つことが出来れば、天海僧正がこの東京で何をするのか教えてやる」

「いいのか? ……絶対に聞かせて貰う」

 新田の返答に、さて、聞けるかな? と妲己は楽しそうに呟く。

 お茶を飲み終えた妲己は、手にしたペットボトルを光球で消滅させると何か遺言はあるか? と訊ねて来た。

「もう一人の千紙屋……朱雀の小娘の方に、伝える言葉はあるか?」

「ない……あったとしても、それは直接言うさ。妲己、お前を祓ってな」

 ドリンクを飲み終えた新田も、彼の式神、古籠火の炎でペットボトルを焼却する。

 ふふふっと妲己は笑うと、祓えるものなら祓ってみぃと声を上げる。

「行くぞ、妲己……白虎の牙よ、炎の虎を形作れ!」

 掲げたスマートフォン、そのストラップに付けられた白虎の力が宿りし呪具、白虎の牙に霊力を注ぐと、溢れ出した力が同じくストラップに化けた石灯籠のあやかし、古籠火へ流れ込む。

 そして古籠火の灯りから放たれた炎が炎の虎を生み出した。

「分身よ、炎の虎を生み出せ! 虎たちよ、駆けろ!」

 新田の分身たちも、一斉に炎の虎を生み出す。四体の炎の虎が、妲己に向かい駆け出していく。

「ふっ、まだまだ温いのぅ……光よ、奔れ!」

 その手に光球を生み出した妲己は、光の玉を炎の虎へと投げつける。

「それそれ! そんな虎でうちに届くと思うとるんか!?」

 次々に光の玉で迫る虎を迎撃する妲己。新田は次の炎の虎を生み出すと、今度は崩れた壁を走らせ立体的に動かす。

「ほう、周囲から攻める気か?」

「さて、同時に攻めればどうかな?」

 妲己と新田は同時に呟く。同時に妲己の四方から新田の放った炎の虎が襲い掛かる。

 だが……妲己は両手から二つ光の玉を放つと、次の瞬間また光の玉を生み出し、残る炎の虎を迎撃する。

「なっ……!」

「やから温い、と言うとるんや……ほれ、次はどうする?」

 ほぼ同時に四体の炎の虎を迎撃され、驚愕の表情を浮かべる新田に、余裕の表情を浮かべる妲己。

 だが新田は諦めない……再び四体の炎の虎を生み出すと、今度は一列に並べ突進させる。

「これならどうだ!」

「ほう、少しは考えたな! なら、こうや!」

 先頭に立つ炎の虎に光の玉を放つ。そして二体目以降の炎の虎が起動を変えると、その先頭に残る光球を投げつける。

「虎よ、跳ねろ!」

 ここまでは予想通り……そう新田は叫ぶ。すると残る二体の炎の虎は飛び上がり、大きく前脚を振り上げた。

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