目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第二十五夜 妲己(その三)

●第二十五夜 妲己(その三)

 東京、新宿。頭上の月が水平線に向かい沈んでいくなか、千紙屋の女子高生見習い陰陽師、芦屋結衣あしや・ゆいと、新宿駅を破壊した巨大な人骨、がしゃどくろ。

 そして江戸の街を造り東京を破壊しようとしている天海僧正の配下、九尾の狐のあやかし妲己と、もう一人の千紙屋の見習い陰陽師、新田周平あらた・しゅうへいの戦いが続いていた。

「唐傘っ! 朱雀っ! 行くよ、天裂剣舞てんれつけんぶ!!」

 魂に宿る朱雀の力で朱色の翼を広げた結衣は、回転する無数の炎の刃で斬り付ける。

 砕かれた骨の身体を再生させながら、がしゃどくろは空を飛ぶ結衣に手を伸ばす。

 がしゃどくろは生者を捕食するあやかし。結衣を捕まえて食べようとしているのだ。

「そんなんじゃ捕まらないよ!」

 翼で空中を叩き、舞うように飛ぶ結衣。がしゃどくろの手は空を切り、くぼんだ目でその姿を追う。

「でもこれじゃあ、いつまで経っても勝てない……何か方法を考えなくちゃ」

 どうすれば良いか結衣は考える。朱雀の力は制限され全力が出せない。そして今の火力では再生速度に勝てない。

 結衣が今使える攻撃技は、炎を纏わせた三日月のような斬撃、炎月斬えんげつざん

無数の炎の槍を空から雨のように降らせる炎槍嵐えんそうらん

風に乗せた回転する無数の炎で斬り付ける天裂剣舞てんれつけんぶ

 そして朱雀の、不死鳥の力で焼く浄化の炎の四つ。

 朱雀の炎で不死鳥を形作り放つ鳳凰剣舞ほうおうけんぶは朱雀の力が足りなくて放てない。

「そうだ……朱雀の力を放てないなら、剣に乗せれば? 前に新田が見せてくれたアニメみたいに!」

 ふと結衣は、新田が持っていたロボットアニメの必殺技を思い出す。

そのアニメでは、機体に炎を纏わせていたが、自分も似たようなこと出来るのではないか、そう思いついたのだ。

「……やってみる! 朱雀の炎よ、剣に……私に宿れ!!」

 浄化の剣を頭上に掲げた結衣。切っ先から燃え上がる炎が伸び全身を包む。

「(燃えてるのに熱くない……不思議な感覚。でもこれならいける!)」

 結衣はそう肌で感じると、肩口から伸びる朱雀の翼を広げる。

「名付けて、鳳凰閃光剣! いっけぇぇっ!!」

 その身を不死鳥と化した結衣は、がしゃどくろへ向かって羽撃たく。

 鳳凰の雄叫びと共に、結衣は閃光のように突進した。


 結衣ががしゃどくろに向け羽撃たいた時、新田と妲己の戦いも大詰めを迎えていた。

「炎の虎よ、飛べ! 炎爪撃!!」

 白虎の力で生み出された炎の虎のうち、二体の炎の虎が妲己に迎撃された。

 だがその影に隠れて居た残る二体の炎の虎が、鋭い炎の爪を煌めかせながら飛び掛かる。

「甘いで! 二体までなら許容範囲や!!」

 妲己は両手に光球を生み出すと、右、左と炎の虎へと投げつける。

 ここまでは何度も繰り返してきた。そして炎の虎は届かなかった。

 ならば……新田はもう一歩踏み込む。

「炎の虎よ、巨大化しろ! 古籠火!!」

 スマートフォンのストラップに姿を変えた石灯籠のあやかし、式神の古籠火を新田は掲げると、火炎を灯りの部分から吐きだす。

 それは先頭の炎の虎に降り注ぎ、その身体を巨大化させる。

「うちの光球が、吸われた……!? やけど、その程度で!!」

 妲己の放った光球は、二発とも先頭の炎の虎が受け止める。だが。彼女の告げた通り、その程度の炎では妲己の放った光の玉を掻き消すことは出来ない。

 逆に炎の虎は光の玉が弾けるのと同時に掻き消される。

 しかし、それも新田は分っていた。だから、最後の炎の虎の背を押すように、古籠火の炎を吹きかける。

「白虎の炎よ、燃え上がれ! 古籠火、押せぇぇっ!!」

「なんやと!?」

 最後の炎の虎が炎の道を駆ける。いや吹き飛ばされるように飛ぶ。

 それは先を行っていた巨大化した炎の虎の残滓を突き抜け、迎撃しようとした妲己より早く爪をその身に突き立て引き裂いた。

「ば、バカな……うちの光より速いやなんて……!?」

「どうだ、妲己。これが俺の炎だ!」

 驚愕の表情を浮かべる妲己に向かい、勝ち名乗りを上げる新田。

 妲己の素早さを上回る速度での攻撃……ここまでの繰り返しは、全てこの一瞬のため。

 しかし、新田はこの勝利を素直に喜べなかった。

 その理由を、彼は炎の虎の爪で引き裂かれた妲己の元へ向かい尋ねる。

「……妲己。お前、手加減していただろう」

「なんや、気付いていたんか」

「当たり前だ。この戦闘中、お前は何度も術者である俺を攻撃するチャンスがありながら、それをふいにしてきた。あからさま過ぎだ」

 そう告げる新田に、妲己は図星を突かれたのか無言になる。

「答えたくなければそれでも別に構わない。だが勝ちは勝ちだ。天海僧正の企み、話して貰うぞ」

「そうやな……何から話そうか」

 妲己は呟くように口を開くと、天海僧正の企みを話し出す。

 それは、驚くべきものであった。


 不死鳥となった結衣は、朝焼けで地平線が輝く新宿の空を飛ぶ。

 そして新宿駅の直上に達すると、巨大な骸骨……がしゃどくろへと向け閃光のように一気にダイブする。

「いっけぇっ! 鳳凰閃光剣!!」

 雄叫びを上げ、結衣はがしゃどくろに斬りかかる。

 悪い予感を感じたのか、両腕を突き出し防ごうとしたがしゃどくろの腕を砕き、そのまま粉砕しながら頭蓋骨へと向けて飛ぶ。

「(砕ける……! 再生するより早く、砕き続ける!!)」

 新たな技の手応えを感じた結衣は、そのままがしゃどくろの全身を砕いていく。

 がしゃどくろも砕かれた全身の骨を再生していくのだが……再生スピードが明らかに遅くなっていた。

 それは結衣にも分かったらしく、彼女は心の中で疑問符を浮かべる。

「あれ? なんだか砕けば砕くほど、再生する速度が遅くなっていってる気がする……浄化の炎で斬りかかっているおかげなのかな?」

 結衣が纏う炎は朱雀……破壊と再生を司る不死鳥の炎。

 その炎の効果により、がしゃどくろの身体は斬られ砕かれるたびに浄化されていき、段々と再生スピードが落ちて来ていたのだ。

「よし、このまま砕き続ける! 行くよっ!!」

 一度離脱し、がしゃどくろを観察した結衣はそう結論付けると、再び降下していく。

 がしゃどくろの手を、脚を、胴体を、そして頭蓋を砕き、再生され、再びそれを砕く……だが確かな手応えを感じた結衣は、羽撃たく力を強くする。

 再生スピードはみるみると落ちていき……やがて限界を迎えたのか、遂に再生が始まらなくなった。

「壊れろぉぉぉっ!!」

 叫ぶ結衣はがしゃどくろの全身を砕くと、最後に一番硬い頭蓋骨へと向け突入していく。

 朱雀の炎を纏った浄化の剣の先端が頭蓋骨に刺さる。

 壁のような硬い感触を感じながら、ズズっとそれを貫き通すとそこから頭蓋骨全体にひびが入り、ガシャーンと言う音と共に白い頭骨は砕けた。

「再生は……始まらない! やった、がしゃどくろを倒したよ!」

 朱色の翼で何度も羽撃たき、空中でホバリングした結衣は、バラバラと崩れ落ちるがしゃどくろの再生が始まらないことを確認し、纏っていた朱雀の炎をその身に収める。

「そうだ、新田は!?」

 炎の残り火を引き連れながら、新宿の空を流星のように降下していく結衣。

 その光景は、新宿駅から離れた場所で避難している猫野目そらねこのめ・そらたちも目撃していた。

「がしゃどくろが……崩れていくにゃ!」

「炎を纏った鳥……朱雀、と言うことは結衣さんです!」

 メイド服を着た猫又娘であるそらと共に崩れていくがしゃどくろの姿を見た、蛇女の白蛇朔夜しろへび・さくやと身体を共有する大学生、蛇迫白じゃさこ・しろは、そらと抱き合い結衣の勝利を喜ぶ。

「あとは妲己って奴だけか?」

「そ、そうです。で、ですが、こ、ここからじゃ見え、ませんね……!」

 二メートルを軽く超える背丈の地獄の獄卒、鬼女の鬼灯ほおずきと、その隣で背伸びをして人垣の向こうを見ようと頑張る小学五年生ぐらいの雪女のあやかし、雪芽ユキゆきめ・ゆきの二人の姿を眺めていた、夢を食べる獏のあやかしである夢見獏ゆめみ・ばくは、良いことを思いついたとポンと手を打つ。

「失礼しますよー!」

「こ、こら! 何を!?」

「良いから良いから、ボクは軽いですし!」

 ユキと背丈が変わらない獏は、鬼灯の背中を登ると強制的に肩車をさせる。

「これなら新宿駅が良く見えますね! どれどれー」

 そう言って額に手を添えながら視線を凝らす獏。だががしゃどくろの崩れた骨が新宿駅の瓦礫に落ち、巻き上がる土埃で妲己や新田の姿を確認することは出来ない。

「ダメですかー、いいアイデアだと思ったんですけど」

「こら、降りろ!」

 うわっ、と言う声を上げながら肩車を強引に降ろされた獏は非難の声を上げるが、鬼灯はその頭を抑え睨みつける。

 その光景にあははは……と乾いた笑いを上げたそらたち三人であったが、状況が気になるのは皆同じ。

 誰からともなく確認しに行かないかと言う声が上がる。

「……状況を見に行きませんか?」

「そらもそう思ってたところにゃ!」

「皆さん、同じことを考えていたんですね」

 だが問題は警察による立ち入り禁止の封鎖……警察官も居るし、どう突破しようか三人が悩んでいると、鬼灯に怒られていた獏が声を上げる。

「それくらいならボクの能力でなんとでもなりますよ! だから、鬼灯さんを止めて下さい!!」

「こら! まだ話しは終わってないぞ!!」

 助けを求める獏の姿に、どうしたもんかと悩むそらたちであった。


 落ちるように降下し、地面スレスレで肩口から伸びる朱雀の朱色の翼を何度も羽撃たかせて減速した結衣は、着陸すると同時に駆け出す。

「新田っ! 妲己は!?」

「結衣か……これから話しを聞くところだ」

 駆け寄って来た結衣に向け、新田が告げる。その視線の先には、胸元を大きく斬り裂かれた妲己の姿があった。

「……朱雀の小娘か。と言うことはがしゃどくろを倒したか……」

「うん、倒させて貰ったよ」

 がしゃどくろを倒した、そう告げる結衣の言葉を聞いて、何故か嬉しそうな顔を妲己は浮かべると、大きく高笑いを上げる。

「何が可笑しいのさ!?」

「いや。ちゃうで……幾ら朱雀の巫女とは言え、がしゃどくろを倒すとは人間はやはり素晴らしいなと思うてな。いや失礼失礼」

「人間が、素晴らしい……?」

 どう言うこと? と新田の方を向く結衣に、彼は色々思うところがあるみたいだと告げ、それ以上は深く追求しない。

「それじゃ、天海僧正の企みについて話して貰おうか?」

「そうやな……まず何から話そうか……」

 新田に促され、妲己は天海僧正の企みについて話し出す。

 それは、半ば予想通りであったが、改めて聞くと恐るべきものであった。

「大妖怪の復活による東京の破壊……!」

「せや、四神結界の破壊による百鬼夜行の招来が難しくなったからな。次善の策と言う訳や……だが結果として東京の物理的被害は増える。お主らの頑張り過ぎや」

 妲己の声にそんな……と絶句する結衣。新田は皇居の地下の封印が大妖怪かと確認する。

「なんや、気付いてたんか……そうや、関東大震災を引き起こし、江戸城を破壊し、その地下に封印された大妖怪……土蜘蛛。その復活と言う訳や」

 今の東京は、四神結界はあるとは言え、再生の象徴である朱雀の力が、朱雀が宿る南の平地に反属性である玄武、その山属性の高層ビルが建ったことでバランスが崩れ弱っている。

 この状態で関東大震災や東京大空襲クラスの東京が更地になるような災害が発生すれば、朱雀の力は発揮されず東京の再生はなされない。

「天海僧正は東京を更地にして、何をしようとしているんだ!?」

「それは……天海僧正の正体は知ってるのだろ、ならば予想出来ないか?」

「謀反人、明智光秀……あやかしによる天下統一か!」

 新田のその言葉に妲己はニヤリと笑みを浮かべると、そんなことはさせないと新田と結衣は息巻く。

「さて、ならばどうする? このままでは東京は更地になるぞ」

 妲己がそう問うと新田と結衣は声を揃えて宣言する。

「決まってる……」

「「大妖怪の復活を阻止する!」」

 二人の宣言に、妲己は重ねて問う。

「復活が阻止できなければどうする?」

「それも決まってるよ。ね、新田」

「あぁ……その時は」

「「大妖怪を退治する」」

 新田と結衣、二人の言葉に、妲己は満足そうな顔を浮かべるのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?