●第二十五夜 妲己(その四)
早朝の東京都新宿区は新宿駅。瓦礫の山となった新宿駅では、東京を守護する『千神屋』……あやかし向けの融資・保証『千紙屋』に所属する見習い陰陽師の
そして新田と結衣の二人は、大妖怪復活の阻止を彼女に向け宣言した。
「妲己、俺たちは大妖怪の復活を阻止する」
「間に合わなければ復活した大妖怪を倒す……東京を破壊させやしない」
東京を護る陰陽師である新田と結衣の二人がそう伝えると、妲己は手を払うような仕草をする。
「……そうか、ならはよ行き。間に合わなくなるで?」
「そう言って逃げるつもりだろ? ……止めを刺させて貰う」
新田はそう言ってスマートフォン、そのストラップに化けた式神の古籠火を構える。
「ふふ。そうそう上手くは行かないか」
「言い残すことはないか?」
「……そうやなー、見逃してくれ、ってのはあかんか?」
その遺言は受け入れられんなと新田は苦笑すると、古籠火を向ける。
「それじゃ、妲己……さよならだ。古籠火!」
石灯籠の灯りより炎が噴き出される。その炎は妲己を包み、焼き尽くすべく燃え盛る。
「妲己……良い奴だったのかな?」
「……わからん。人間が好きなことは確かだろうが」
そう二人の前で、妲己の姿が炎に消えていく。
段々と炎が小さくなり……そして焼け焦げた狐の尻尾が一本だけ残されていた。
それを見た新田は、しまったと声を上げる。
「どうしたの、新田?」
「九尾の狐は尻尾の一本一本に魂が宿っていると言われてる……それが一本だけ残ってると言うことは」
「逃げられた、ってこと!?」
驚く結衣の声に、恐らくそうだ……と新田は悔しそうに告げる。
「そんな……妲己の奴、しおらしいことは全部演技だったんだ!」
「……どこまで演技かは分からないけどな」
憤慨し地団駄を踏む結衣に、妲己と戦ってきた新田が呟く。
そんな二人に、避難していたはずの仲間たちの声が聞こえた。
時間は少し遡る、新宿駅付近では警察が展開した立ち入り禁止のテープにより新宿駅が囲まれ、近付けないようになっていた。
「で、どうするにゃ?」
メイド服を着た、空色の猫耳と尻尾が二つに分かれた猫又娘のあやかし、
「簡単ですよー。広範囲で心を操って、ボクたちを見えてないことにして貰うんです」
あっけらかんと告げる獏の姿に、蛇女の
「知らないうちに操られてるとかないですよね?」
「わからないですね……近づかない方が良いですよね?」
「友達にそんなことしないですよっ!」
ひそひそと話す白とユキに、獏が心外ですと声を上げる。そんな彼女を擁護したのが等活地獄の獄卒、鬼女の
「こいつは捻くれてるように見えるが、身内にはそう言ったことはしないよ。じゃなきゃ新田か将門辺りに今頃なんかされてるさ」
「確かに……納得にゃ」
鬼灯の言葉にそらを始めに全員が納得する。確かに獏が悪さをするのであれば、彼女たちのお目付け役でもある新田と、千紙屋社長であり、神田・秋葉原の氏神、
それがされていないと言うことは大丈夫……なのだと思う、多分。
「それじゃ獏、いっちょ頼むぞ!」
「頼まれました!」
鬼灯に肩を叩かれると、獏はそう言って目を閉じると警備の警察官たちの心に侵入する。
しばらくして彼女は目を開けると、用意が出来たと告げる。
「本当に……大丈夫なんですかね?」
恐る恐る警察官の前を通る白。だが警察官は彼女が見えていないかのように振る舞っていた。
「本当に大丈夫なんですね……」
「びっくりだにゃ!」
ユキもそらも驚きつつも、恐る恐る警察官の前を横切ると胸を撫でおろす。
「さあ。どんどん行こう!」
鬼灯に背中を押され、どんどん前に進むそらたち一行は、やがて瓦礫の山になった新宿駅へと辿り着いた。
新宿駅だった瓦礫の山を見て、親しんだ物がなくなり呆然とする白とそら。
「新宿駅……だったんですよね」
「駅だけじゃなく、バスタやルミネとかも無くなっちゃったにゃ……」
ユキはと言うと、結衣とショッピングしたことを思い出す。
「もう、結衣さんとショッピングも出来ないのですね」
「無くなったものよりも新田と結衣だ。二人を探さないと!」
地獄の住民と言うことで、こちらの世界にあまり思い入れがない鬼灯がそう言うと、獏も無くなったものは仕方ありませんと切り替える。
「結衣さん……新田さん……あ、あそこです!」
結衣と新田の居場所は直ぐに分かった。煙があがっていたのだ。
それが妲己に放った火だとは知らない獏たちは、二人の元へと駆け寄る
「大丈夫でしたか、結衣さん! 新田さん!!」
「みんな……うん、がしゃどくろも妲己もやっつけたよ」
駆け寄って来た獏たちに掛けられた結衣の言葉で、皆歓声をあげる。
「結衣にゃん! 火の鳥だったにゃ!」
「そらちゃん……もう、苦しいよ」
抱き着いたそらの胸の中に埋もれ、苦しそうに喜ぶ結衣。
そんな結衣とそして新田の肩を鬼灯が叩く。
「お疲れさん、新田、結衣」
「ありがとう鬼灯さん……みんなも無事でよかった」
「結衣さん……お帰りなさい、新田さん」
「ありがとうございます、白さん」
白にお帰りなさいを言われ、新田の堅かった表情が柔らかくなる。
「でも、そう喜んでばかりじゃいられないんです……皇居の地下の封印。あの正体がわかりました」
「何か分かったんですか……!」
「いったい何だったんですか?」
新田の言葉に、ユキと獏が声を上げると、頷いた新田はその正体を話す。
関東大震災を引き起こし、江戸城を破壊。そして東京を灰塵に化した大妖怪……土蜘蛛。
皇居……江戸城の地下には、それが封印されているのだと言う。
「妲己によると、皇居の地下では今も小名木の奴が封印を解除してるのだと言う。俺と結衣は、それを止めて来る」
新宿駅……山手線と中央線を使った仏の手結界が破壊された今、最後の封印が解かれるのは時間の問題。
だから結衣の朱雀の翼を使い、一気に東京を横断。皇居の地下へ突入すると告げる。
「車も壊れてしまったから、みんなには秋葉原まで帰るのに不便かけると思うが……」
「気にしないでにゃ! バスなら動いてると思うし、なんとか帰るにゃー」
「そうですね、なんとか帰ります。新田さんたちこそ相手は大妖怪……気を付けて下さい」
新田の言葉に、そらと白がなんとかするから心配しないでくれと告げる。
「バスか……狭くて嫌いなんだよな。アタシは歩いて帰るかな?」
「私、子ども料金?」
「便利ですよ、子ども料金!」
以前、バスで狭い思いをした鬼灯は、来た時と同じように秋葉原まで走ろうかと考え出す。
鬼の素早さで走ればバスを追い越すことも楽勝だ。
一方、妖力を使い果たした結果、子どもの姿になったユキはと言うと、本当は大人なのに子ども料金で運賃を支払うのに少し抵抗があった。
だがそんなユキに、常に子ども料金の獏は、色々安く利用出来て良いですよーと呑気に告げる。
「子ども料金か大人料金かはさておき、そんな訳で俺たちは行きます。みんな、無事戻ってくださいね……結衣、頼む」
「わかった……みんな、ありがとうね。じゃ、行ってきます!」
朱雀の翼を広げ、新田を抱えた結衣が朝焼けに染まる新宿の空へ飛び立つ。
そらたちは、その姿が見えなくなるまで大きく手を振るのだった。
同時刻……皇居直下、土蜘蛛封印の間。
漏れだす瘴気で淀んだ空気の封印の間では、天海僧正の配下、こなきじじいのあやかしである小名木が封印されし土蜘蛛の解放に挑んでいた。
東京の四方を護る四神結界を利用した第一の封印。
仏の手状に配置された山手線と中央線を使う仏の手結界を利用した第二の封印。
そして、土蜘蛛本体に霊的・物理的に施された第三の封印。
第一の封印は小名木により破られた。
第二の封印は妲己により仏の手結界の破壊により解除された。
そして、小名木は残る最後の封印の解除に取り掛かっていた。
「(この最後の封印さえ解ければ、土蜘蛛様は復活する……化身の時のような紛い物ではない。本物の大妖怪です)」
呪を唱えながら、小名木は内心ほくそ笑む。大妖怪、土蜘蛛が復活すれば、四神結界を破壊しなくても東京は火の海。
しかも再生の象徴である朱雀が弱った今、二度灰塵になりつつも復活した東京の街であったが、その再生力は存在しない。
二度あることは三度あるとも言うが、今の東京に三度目の復活はないのだ。
「(土蜘蛛様が復活すれば、東京は死の街になる……それを防ぐすべは、今の東京にはない)」
そうすれば、主である天海僧正……明智光秀の願いが叶うのだ。止まる訳にはいかない。
「(それにしても、妲己の帰りが遅いですね。まさかとは思いますが、千紙屋に……)」
だが、妲己は九尾の狐のあやかし……その九つの尻尾一つ一つに魂を持つ。そう簡単に死ぬはずがない。
殺すだけなら誰よりも苦労する、それが小名木による妲己の評価であった。
「(妲己が千紙屋に遅れを取ることはまずありませんね、杞憂でしょう。今は土蜘蛛様の封印の解除に全力を尽くしましょう)」
そう内心呟くと、小名木は呪に集中する。
そして、呪が進むにつれてドクン、ドクン、と封印されし土蜘蛛の身体が確かに震えたのであった。
小名木が土蜘蛛復活の呪に集中しだした頃、東京の上空を、新田を抱えた結衣が朱雀の翼を広げ飛ぶ。
大きく広げた朱色の翼が風を掴み、力強い羽撃たきが推進力となる。
「新田、大丈夫?」
「大丈夫だ、急いでくれ!」
速度をあげるごとに風の壁を感じながら、結衣は新田に尋ねる。
彼女は朱雀の力で護られているが、結衣の腕で脇を掴まれぶら下がる新田はそうではない。
風圧の直撃を受け、その身体は後方へと向けて傾き揺れている。
「結衣、例え一秒しか縮めれなくても、その一秒で土蜘蛛の復活を止められるかも知れない……限界まで飛ばして構わない!」
「……分かった。飛ばすからね、耐えて!」
新田の決意の強さに分かったと頷いた結衣は、朱雀の翼に霊力を注ぐ。
するとその翼は一回りも二回りも大きくなり、一度の羽撃たきで上昇する速度が跳ねあがる。
「ぐっ……ゆ、結衣、もっとだ! もっと飛ばせ!!」
風圧が上がるにつれ少なくなってくる空気を必死に吸いながら、新田は結衣に叫ぶ。
土蜘蛛復活まで時間がないのだ。今はまさに一分一秒が惜しい。
「あ……ら……た……!」
「ゆ……い……!!」
ぶら下がる新田の身体が完全に水平になった時、音の壁を突破した二人は同じことを思っていた。
『間に合え』と。