●第二十六夜 小名木(その二)
東京都心、皇居直下。大妖怪、土蜘蛛が封印されている間では、『
小名木はその身を重さの変わる石に変えられるその特性を活かし、重量を、質量を操る力を持つ。
その力を新田と結衣に放つことで、彼らの体重を二倍以上にして動けなくしてしまった。
だが、新田は辛うじて動く手を、その手に握られたスマートフォンに向け霊力を注ぐと、スマートフォンのストラップになっていた新田の家に受け継がれる呪具、白虎の牙と式神の古籠火が共鳴を起こす。
そして古籠火の石灯籠の灯りより生み出されるのは、炎で形作られた白虎の姿。新田の必殺技である。
「びゃ、びゃ……っこ……やぁ……れぇ……っ!!」
身体が鉛のように重くなり、息も絶え絶えな新田であったが、怒りの感情でなんとか絞り出すと炎の虎に命じる。
「くっ! 石よ、重くなれっ!!」
炎の白虎に飛び掛かられた小名木は、反射的に落ちていた小石を超質量にして飛ばす。
直撃した炎の虎は消滅するのだが……彼は同時に二つの質量を操作出来ないらしく、新田と結衣に圧し掛かっていた重さが消える。
「結衣、飛び道具だ! 手を休めるなよ!」
「わかった、そっちこそサボらないでよね! 天裂剣舞!!」
新田は人型の符を三枚取り出すと、三体の分身を作り出す。
妲己との戦いでも行った四人の新田による四体の炎の白虎による攻撃であった。
結衣も朱雀の炎を全身に行き渡らせると、朱雀の翼を広げ羽撃たくと、巻き起こした風に乗せ回転する無数の炎が小名木へと襲い掛かる。
「こしゃくな……だがすべて迎撃してしまえば良いだけです」
体重を重くし、足元の地面を踏み砕いた小名木は、舞い上がった石片を次々と飛ばす。
空中でぶつかり合った石片と炎は消滅し合い、両者の間に火花のような小さなエネルギーの塊を生み出す。
それは一見花火のように綺麗だが、凝縮されたエネルギーの塊……触れれば火傷で済まないことは確かだ。
新田と結衣、そして小名木の三人の勝負は、このエネルギーの塊をどちらかにぶつけるかになっていた。
「どうした小名木! 押されているけど、手加減が必要か!?」
挑発する新田の声に、小名木はむむぅと苦い顔を見せる。
「結衣、下からだ!」
「了解! 天裂剣舞!!」
そう呼びかける新田の意図を理解したのか、低空スレスレに回転する無数の炎を飛ばす結衣。
上空からは炎の虎が、下からは炎の塊がと二方向からの攻撃に対処せねばならなくなった小名木は、踏み抜き砕いた床石を蹴り飛ばすようにしてばら撒く。
「ちぇっ、防がれる……っ!」
「だが、効果はあるようだ。続けるぞ、今度は逆からだ!」
再び新田は炎の虎を、結衣は炎の渦を生み出す。そして今度は結衣が上から、新田が下から小名木を攻め立てる。
「順序が変わったところで、変わりませんよ」
床石を再び踏み抜き、小名木は石礫の蹴りを繰り出す。
しかし、上方向に石礫を飛ばす分、迎撃の速度が若干遅れる……それを見逃す新田たちでは無かった。
「新田っ!」
結衣が叫ぶ。同時に上空から無数の剣撃が炎を纏い振り下ろされる。
「任せろ、結衣っ!!」
彼女の声に応えるかのように、新田は炎の虎を一直線に並べる。
並列で迎撃されるなら縦列で、先頭が迎撃されても自由に動ける炎の虎であればエネルギーの塊になった炎の虎の残骸を交わすことも出来る。
そして、それは迎撃する小名木に向かい予測不能の動きを取ることになる。
「むむっ、迎撃を抜けたですと……!?」
石の弾幕を抜けて来た炎の虎に、小名木は驚きの声を上げる。
彼は反射的にポケットに手を入れると、取り出した小さな呪具を指弾で飛ばす。
それは先頭に立った炎の虎に命中すると、質量を増し周囲の空間を飲み込む。
「超質量の空間崩壊……ブラックホールか!?」
吸い込まれそうになる強風に耐えながら、新田が叫ぶ。
結衣も翼を何度も強く羽撃たかせ、ブラックホールの収束が収まるのを待つ。
「ブラックホールって、宇宙の穴だよね……こんな地上で生み出すなんて。なんて奴なの!」
そう言う結衣は攻撃を放ってみるが……炎の塊は小名木が生み出したブラックホールへと吸い込まれる。
それどころか、周囲にあったエネルギーの塊も全て吸い込み、そしてブラックホールは収束が収まると黒くなった呪具が地面に落ちる。
「それが切り札って訳ね……驚いたけど、でも切り札は切らせたわよ!」
そう言いながら炎の剣の切っ先を小名木に向ける結衣。ブラックホールを作り出す呪具なんてそうそうある筈がない。そう思い込み小名木に向けて斬りかかる。
「ふっ、切り札……ですか。ジョーカーが一枚だけと誰が言いましたか?」
「マズイ! 結衣、戻れっ!!」
えっ、と驚く結衣は、翼を羽撃たかせて急ブレーキをかける。だが空中に静止し無防備になった彼女へと向かい、小名木は二発目のブラックホールを放った。
「炎の虎よ、結衣を庇え!」
新田が叫ぶのと同時に、炎の虎が結衣を突き飛ばす。そして突き飛ばした炎の虎は、へし曲がるようにブラックホールに吸い込まれていく。
「痛たたたたっ……もう、新田っ!」
「すまん、結衣! だが、ブラックホールが二個あるだなんて……」
突き飛ばされ思わず声を上げる結衣に反射的に謝る新田。だが彼の言う通り、ブラックホールを生み出す呪具がまだあったとはと結衣も驚く。
しかし、その驚きは更に続く。ポケットから手を出した小名木は、更に呪具を手のひら一杯に持っていたのだ。
「ふふふふ、二発で終わりでなくて残念でしたね……まだまだ弾数は残っていますよ。さあ、どうしますか、千紙屋さん?」
「結衣! 動くぞ、ブラックホールの影響範囲から逃げながら攻撃するんだ!!」
超質量のブラックホールは、エネルギーを吸収しつつ新田に、そして結衣にと放たれる。
迎撃しようにも放つ攻撃は吸い込まれてしまう……どうすれば良い、新田は必死に頭を働かせるのであった。
質量を操るこなきじじいのあやかし、小名木……その質量操作を活かしたブラックホールを生み出す呪具を使うことで、新田と結衣の接近を防いでいた。
「新田、どうするの!?」
「どうするって言ったってな……」
小名木は一発ずつブラックホールを撃ち出して来る。
射程は十メートルほどか? そんなに遠くまでは撃てないようだ。
そして観察していて気づいたことがある。仮にブラックホール弾と呼ぶが……それを小名木は二発同時に撃つことはない。
気のせいかも知れないが、呪具と言うことか、妖力のコントロールの問題か、はたまたその両方か……兎に角、同時に二発以上ブラックホール弾を発射出来ないのかも知れない。
それが付け入る隙か……新田はそう考えると、結衣に指示を出す。
「結衣、奴の反対側へ回れるか?」
「反対側に? 何か考えがあるんだね……うん、やってみる!」
朱雀の翼を広げた結衣は、然程広くない空間だと言うのに器用に羽撃たくと、小名木の背後を取ろうと跳ねるように飛び回る。
「何っ、速い!?」
「後ろを取ったよ! これからどうするの!?」
驚く小名木は首を新田と結衣とを振り返りながら、どちらにブラックホール弾を放てばいいか思い悩む。
それ幸いにと新田は結衣に同時攻撃をするように声を掛ける。
「挟撃するぞ、結衣! こっちの利点は数が多いことだ! 独りの奴なんかに負ける訳にはいかない!!」
「了解……っ! なら、手数をもっと増やした方が良いね! 炎槍嵐!!」
その言葉と同時に、結衣を中心に無数の炎の槍が生み出され、そして強い羽撃たきに乗せ小名木へと投射される。
新田も分身と共に古籠火と白虎の牙を構えると、炎の虎を四体生み出し、小名木に向かい疾走させた。
迫る無数の炎の槍、飛ぶように駆ける炎の虎。小名木は悩んだ末、炎の虎……新田へと向かいブラックホール弾を放つ。
「一撃の威力はこちらが高いと見た!」
黒い小さな球が小名木の指先から放たれ、それが先頭の炎の虎に命中すると爆発するかのように大きくなる。
そして残る三体の虎ごと、虚数空間へと引きずり込んでいく。
「だが……これで結衣の攻撃は命中した!」
新田は勝利を確信する。しかし……着弾した無数の槍が立てた土埃が収まると、そこには服をボロボロにした小名木の姿があった。
「ふぅ……お気に入りの一着でしたのに」
何事も無かったかのように呟く小名木に、思わず新田も結衣も驚きの声を上げる。
「そんな、バカな……!?」
「直撃したのに……!!」
その声に、小名木は分からないのかと、おやぁ? っとした表情を新田と結衣に向ける。だが攻撃は出来た……ならばもう一度繰り返して確かめるまで。
「結衣っ!」
「うん、炎槍嵐!!」
再び無数の炎の槍が結衣の周囲に浮かび、小名木に向かい放たれる。
同時に新田の放つ四体の炎の虎は、先程と同じように小名木のブラックホール弾にて迎撃された。
問題はここからであった。新田も結衣も、何が起こったのか、一瞬たりとも見逃さないためその眼を見開く。
「そ、そうか……!」
「こなきじじいは、石の妖怪!」
それは瞬間の出来事であった。結衣の放った炎の槍が命中する瞬間、その部分が強固な石の身体に変化する。
極限まで硬く重くしたその石の身体は、結衣の槍を打ち砕き弾き返す。
「どうりで服がボロボロなのに、小名木本人は無事な訳だ」
「でも、トリックが分かったなら、それを打ち砕くだけだよ!」
しかしどうやって? そう問いかける新田に、結衣は任せてと声を上げる。
「分散してダメなら、一点集中だよっ! ……大爆炎槍!!」
そう言って結衣が呼び出したのは、無数に分かれていた炎の槍を束ねた巨大な槍……その熱量は、小名木を挟んで反対側に居る新田にまで伝わって来る。
「行くよ、新田っ!」
「わかった! 炎の虎よ、奔れっ!!」
新田も同時に炎の虎を呼び出す……明らかな脅威の出現に、小名木はどちらを迎撃していいものか一瞬悩む。
そして一秒を争うような戦場では、その一瞬が命取りになった。
「くっ!? しまった!!」
迎撃の判断が遅れた結果、両方の攻撃を受けると言う最悪な状況を迎える小名木。
炎の虎の牙は鋭く、巨大な炎の槍と共に彼の石の身体を貫き通すだろう。
だがそれでも、やらない訳にはいかない……少しでも質量を高めるためか身体のサイズを小型化し、石の身体の密度を上げた小名木に虎と槍が襲い掛かる。
「今度こそ……!」
「どうだ……!?」
結衣と新田が見守る中、煙が晴れて小名木の姿が露わになる……その姿は、左腕が無かった。
「危ないところでした……左腕を犠牲にしましたが、防ぎましたよ。そして……」
小名木は残る右手でブラックホール弾を弾くと結衣に目掛けて放つ。
「受けてみて分かりました。脅威は新田ではない……朱雀の巫女、あなたです!」
結衣に目掛けて撃ち出されるブラックホール弾。迎撃すべく結衣は炎の槍を生み出す。
だが……。
「(炎の槍の数が少ない……霊力が底を尽きかけてる? ううん、もしそうだとしても悟られる訳にはいかない!)」
大爆炎槍! そう叫び、結衣は無数の炎の槍を一つにまとめて投げつける。
片方はプラス、もう片方はマイナスの二つのエネルギーの塊が空中でぶつかり合い、対消滅していく。
「結衣ばっかりは狙わせないぞ!」
新田も置いて行かれるものかと、四体の炎の虎を生み出すと四方から小名木に飛び掛からせるのであった。