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第二十六夜 小名木(その三)

●第二十六夜 小名木(その三)

 皇居の地下。大妖怪、土蜘蛛の封印の間では、土蜘蛛の復活を企む天海僧正の配下であるこなきじじいのあやかし、小名木と、それを喰い止めようとするあやかしトラブル解決の『千神屋』の見習い陰陽師、新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの戦いが続いていた。

「よし、左腕を砕いた……残る全身を砕いて、土蜘蛛の復活を阻止するんだ!」

 そう新田が結衣に向け呼びかける。結衣は頷くが、内心焦っていた。

「(……生み出せる炎の槍が確実に減ってきている。これ以上霊力を消耗すると、戦えなくなる!)」

 結衣の霊力の源は魂に宿る朱雀。東京を守護する聖獣の一柱。だが、東京に流れ込む霊脈を天海僧正たちの手により止められ、一部は回復したものの以前より受け取る霊力は減っていた。

 そのため、毎日霊力に余裕のある新田に補充して貰っていたのだが……新宿駅での戦いから連戦になった今、その霊力が底を尽きかけているのだ。

「新田、短期決戦で行くよっ!」

「積極的だな……分かった、どっちみち時間を掛けていられないしな」

 土蜘蛛復活まで時間はあまりない筈……新田はそう考えると、結衣の意見に賛成の意を告げる。

「ほう、短期決戦ですか……こちらとしても望むところではありますね」

 片腕になった小名木は、残る右手でブラックホールを生み出す黒いビー玉のような呪具を器用に弾いてみせる。

 そして、結衣に向かいそれを指弾の要領で撃ち出した。

「ブラックホールが来るっ!?」

「さあ、ブラックホールに飲まれなさい!」

 勝ち誇る小名木に、驚きの声を上げる結衣たち。だが驚いてばかりはいられない。

 負けないエネルギーをぶつけて、ブラックホール弾を迎撃せねばならない。

「炎の槍よ、集まり穿て! 大爆炎槍!!」

 無数の炎の槍を生み出した結衣は、それを空中でひとまとめにすると巨大な槍を作り出す。

「(結衣の槍が小名木に唯一通ずる技……なら、俺の役目はこうだな)」

 新田は分身と共に四体の炎の虎を生み出すと、ブラックホール目掛けて突撃させる。

「新田!? ……ナイスっ! いっけー!!」

 親指を立てる新田にウィンクで返す結衣。ブラックホール弾は炎の虎を飲み込み、その場で負のエネルギーの塊となる。

「くっ、そう来ましたか……! ならば、次のブラックホールを……!!」

「そうはさせない、いけっ! 大爆炎槍!!」

 ブラックホールを交わすように移動した結衣は、頭上で巨大化し螺旋を描く炎の槍を投擲する。

「届けーっ!」

 結衣が叫ぶ……小名木は一発目のブラックホール弾への干渉を解除することで、二発目を撃ち出そうとしている。

 その前に届け……そう雄叫びを上げる結衣の前で、小名木は床石を脚で踏み抜き破片を空中へと打ち上げる。

「こういうことも出来るのを、忘れて貰っては困ります!」

 超質量の塊が次々と炎の槍に命中する。その度に槍の勢いがみるみると落ちていき、小名木がブラックホール弾を撃ち出すまでの時間を稼いだ。

「くっ……良い連携だと思ったんだが」

「大丈夫、もう一歩だよ! もう一度行くよ!」

 悔しそうに呟く新田に、結衣は大丈夫だと声を上げる。

確かに良い連携だった。あと一歩が届かなかっただけで。

 だが、その一歩が遠いのも確か……だが、ラストワンマイルを届かせなくてはならない。

「結衣、ブラックホールは俺が対処する。お前は小名木に炎の槍をぶち込め!」

「了解だよっ! 護りは頼んだよ、新田!」

 そう告げた結衣は再び炎の槍を展開する……だが、このまま放っても先程の二の舞になることは明らか。

 何か手はないのか……結衣も新田も考えようとする。しかし、小名木はその考える時間を与えない。

「下手な考え、と言いますよ……大人しく飲み込まれて下さると助かりますね!」

 残る右手でブラックホール弾を放つ小名木。何もかも吸い込む黒い塊が結衣に迫る。

「行かせん! 炎の虎よ、ブラックホールを防げっ!」

 新田は生み出した炎の虎をブラックホールへとぶつけ、その場で喰い止める。

 そして先程と同じように、結衣はブラックホールを避けるように移動し、炎の槍を投げようとした。

「(ここまではさっきと同じ……だとさっきと同じように迎撃されちゃう。でも炎の槍をバラバラに投げても、小名木の身体を貫く威力はでない。どうしたら……)」

 結衣が躊躇した瞬間だ、小名木は一発目のブラックホール弾の操作を解除し、二発目を放つ。

「結衣っ!」

 投擲するタイミングを失った炎の槍を構える結衣に、新田は再び四体の炎の虎を向かわせようとするが、間に合わない。

 彼女は自らを護るために、頭上の槍を投げざるを得なかった。

「どうした、結衣?」

「ごめん……あのまま投げても迎撃されるって思ったら、投げられなくて」

 確かに……新田も悩む。悩むが、小名木がこちらに向けてブラックホール弾を放って来たことでその思考は中断せずを得ない。

「くそ、作戦タイムはくれないって訳か……っ!」

「新田……なんとか考えるから、時間を稼げる?」

 仕方ないなぁ、少しだけだぞ! そう言いながら、式神の古籠火を構えつつ新田は白虎の炎をブラックホール弾へと向け呼び出す。

 炎の虎との衝突で解放されたブラックホールが、周囲の空気を吸収しながら膨らみ、そして萎んでいく。

 ブラックホールが萎むと同時に、小名木は次のブラックホール弾を用意し、こちらに向けて放って来る……タイムラグは殆どない。新田が炎の虎を再召喚するのと同じくらい。

 つまり、このままだと小名木の呪具が切れるまで攻撃を通す隙がない……結衣は新田が作ってくれる貴重な時間で考える。

 結衣を狙うブラックホール弾は新田が止めてくれる。だから、二発目の発射までに小名木に攻撃を当てれば良い。

 しかし、小名木は範囲防御で攻撃速度を遅くし、その間に二発目を発射する時間を稼ぐ……恐らく、がしゃどくろを倒した、炎を纏い不死鳥となり攻撃する鳳凰閃光剣を使ったところで、ブラックホールの中に飛び込むことになるだろう。

 霊力さえ回復出来れば……そうだ、あの札はまだ残っているはず!

 あることに気付いた結衣は、新田の背中へと回るとその背負った鞄を漁る。

「どうした、結衣!?」

「新田! アレ、まだ使ってなかったよね!?」

 アレだけじゃ分からん、と言いながら為すが儘になる新田の鞄から、結衣は一枚の札を取り出す。

 ……それは、『千紙屋』の主、平将門たいらのまさかどの霊力を封じた札。

 以前の事件の際に、新田に霊力補給のため将門が授けた物であった。

「これを使えば……!」

 セーラー服の裾を捲り、僅かに起伏が育つ胸元を露わにした結衣は、その谷間……心臓の上に札を貼り付ける。

 その瞬間、札は光輝き、溢れるぐらいの霊力が結衣の体内に流れ込む。

 霊力に飢えていた朱雀が、魂の中で猛るのを結衣は感じながら、ふぅっと眼をを開けた。

「これで行ける……新田、もう一度フォーメーションを!」

 新宿駅での戦闘では結衣とは別行動だったため、彼女の霊力切れに気付いていなかった新田は、結衣の行動の意図が完全には理解出来ない。

 ただ霊力を回復させたと言うことは、その霊力を利用した大技を放とうとしていることは理解出来た。

「わかった……炎の虎よ、結衣を護れ!」

 白虎の牙に霊力を通し、古籠火から炎の虎を生み出す新田……四体の炎の虎は、結衣を護るようにぐるぐると囲む。

「ふむ……決着をつける、と言う訳ですね。いいでしょう、乗ってあげます!」

 その様子を見た小名木は、決着を付けようとブラックホール弾を親指で弾く。

「いけ、炎の虎っ!」

 四体の炎の虎が、横一列に広がり小名木の放ったブラックホール弾を迎撃するため駆ける。

 そしてその間、結衣は炎に包まれた浄化の剣を構えると、朱雀の力を高める。

「燃えろ……朱雀よ、もっと燃えろ!!」

 その炎は結衣の全身を包み、鳳凰の形を作り出すと無数に分裂する。

「いけ、朱雀……鳳凰剣舞!!」

 結衣が浄化の剣を小名木に向けると、分裂した鳳凰たちが一斉に飛び掛かる。

「技が変わったところで……同じこと!」

 小名木は床石を踏み砕くと、舞い上がった瓦礫を迫りくる鳳凰たちに向け放ち、質量を操作すると強固な壁にする。

 そして二発目のブラックホール弾を用意しようとするが……鳳凰たちは小名木の作った壁を諸共せず貫いた。


 鳳凰たちが次々と小名木に飛び掛かり、その身体を燃やしていく。その姿を見た新田は思わず声を上げる。

「やった……!」

「いや、まだっ!!」

 その声に、結衣は待ったをかける。その言葉通りに、炎は急速に収まる……いや吸われていくと、そこには残った右腕をも失い、ボロボロになった小名木の姿があった。

「右腕を犠牲に、ブラックホールを発動させたのか……!?」

 両腕を失えば、戦うことは出来ない……そんな自己犠牲をしてまで立ち向かおうとする小名木の姿に驚く新田に、彼は呟く。

「ここまで追い詰められるとは……なかなかやりますね、千紙屋のお二人さん」

「強がるのもいい加減にしなさい! 降参して……土蜘蛛の封印を解くのを諦めるのよ!!」

 まだ何か奥の手があるのか、不敵な笑みを絶やさない小名木に、朱雀の炎を身に纏わせながら結衣はそう告げる。

「そうですか、お二人が気にしているのは土蜘蛛の封印ですか……あれならばもう解いてありますよ?」

 そうことも無しに告げた小名木に、新田と結衣は一瞬言葉を無くす。

「土蜘蛛の封印が……」

「……解かれてるの!?」

 驚く二人に、小名木は何を今更……とばかりにため息を漏らす。

「朱雀の巫女……貴女は霊視の力があるんですよね? だったらその眼で視たらどうです」

 小名木にそう言われ、結衣は言われなくても……と掛けていたサングラスを片手で鼻先にズラし、裸眼で封印を視る。

 確かにそこには妖力の塊があったが、それは地中に伸びていき……。

「ひっ!? な、何っ、この妖力は……!?」

 思わず悲鳴を上げる結衣。それ程の妖力の塊が、封印の間の地中で鼓動を打っていた。

「実はですね、最後の結界は二つありまして……まずこの封印の間で封じていた魂の呪縛。そしてもう一つ……」

 ごくりと小名木の言葉に頷く結衣と新田。その姿を見ながら、楽しそう彼は告げる。

「この聖域……皇居自体が重しになり、物理的に封じているんですよ」

 良かった、そう二人が思った瞬間だ……何処かから爆発音が聞こえて来た。

「ようやくですか……流石平将門、首だけになっても手強い」

「……何をした?」

 新田が尋ねると、面白そうに小名木は笑う。

「皇居のねぇ、丑寅の方角には何があるか知っていますか?」

「丑寅の方向? ねぇ、新田、何か分かる?」

 結衣が新田を振り返る……彼のその顔は、まさかと青ざめていた。

「丑寅の方向……皇居の鬼門にあるのは、将門様の首塚だ」

「鬼門封じ!?」

 新田の言葉に、結衣が状況を理解する。皇居の丑寅……北東の方角には、平将門の首塚がある。

 国家に反逆を企てたが、霊格が高く、時の陰陽師が東京守護として祀り上げた平将門。

その首塚を鬼門に据えることで、皇居は鬼門封じの結界を張っていた。

 そしてその結界が破壊されたと言うことは……皇居に施された、土蜘蛛の封印が解かれることを意味していた。

「さぁ、大妖怪、土蜘蛛の復活です。本当にお二人がこちらに来てくれてよかった。万が一首塚の護りに回られていたらと思うと……まあそこまで頭は回りませんでしたか」

 そう笑い声を上げる小名木の声に響くかのように、大きく地面が揺れ動く。

「結衣、脱出するぞ! このままじゃ生き埋めになる!!」

「う、うん! 全速力で飛ぶから掴まって!!」

 焦る新田の言葉に、結衣は朱雀の翼を広げて応える。

 大きく揺れる地面は立っていることすらままならないが、空中を移動出来る結衣には影響はない。

 むしろガラガラと崩れ始めた天井が何時まで持つかの方が重要だろう。

 小名木の笑い声を背中に、新田を抱えた結衣は封印の間を後にする……次の瞬間、何か巨大な気配が地中から地上へ向けて突き抜けていくのを二人は感じるのであった。

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