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第三十三話 百合子の櫛

「「……」」


 ウィルが彼女の前に差し出したのは、先日に落としてしまった大切なあの百合柄の入ったかんざし櫛。

 なるべく丁寧に渡そうと軽く包んでいたシルクのハンカチを解き、横目でサッと百合子の元へ。

 決心した後に起こした行動は、ウィルの方が早かった。

 彼にとってこの一手は指で数えられる中、人生で重要な行動の一つに入るに違いない。


「コレ……キミの……」


 ウィルから切り出す第一声は控えめに言ってシンプルだ。

 けれど、緊張のある震えた声をなんとか抑えながら耐えていた。

 その上、品を差し出した方の腕や手からも同様に震えに堪えるのも精一杯でもう限界に達してしまいそうになる。

 如何に彼のシャイな態度が出ているかが伝わるだろう。


「ウィル、様……」


(あっ、私の櫛を……。ちゃんと受け取らなきゃ!)


 驚きが大きかった影響で頭が真っ白になりそうな百合子だったが、拾ってくれた櫛を見て正気を取り戻す。

 真正面で渡すのが難しい彼は、まだ顔を伏せている。

 彼女が受け取るまでこの体勢のままずっと我慢している為、危険と感じた百合子は気を取り直して……。


「そ、そうです……。コレです! あぁ、無事で良かったぁ……。ありがとう、ございます」


 ぱぁっと明るく振る舞い、とりあえず百合子は笑顔でウィルの手から受け取る。

 探しても見つからず途方に暮れていた中、長い月日を経てようやく無事に彼女の元へ櫛が戻ってきた。

 傷をはじめ、落とした際に付着した後の細かな埃や残り砂もほとんど無く綺麗な状態だ。


「い、いや、大したことない、が。まぁ、どういたし……」

「……っく……」


 当然のことをしたまでと、ウィルは照れ臭そうな顔をして控えめにお礼後の返事する。

 しかし、なぜか彼女の目尻に雫が一筋伝っている。


(あれ? なんで私、泣いている?)


「え? えっと……俺が、キミを泣かしちゃった、のか?」

「あっ……」

「?」


 涙腺が緩み始め、だんだん溜まっていった涙が次第に溢れてポロポロと流れ落ちていく。

 ウィルの頭の上からはてながいくつも浮かび上がり、百合子が思っていることと勘違いをさせてしまった。


「そう、じゃ……っく、うっ……」

「あっ、えと……なんか済まない!」


(うぅ……まさか、俺要らんことをしたの、かな?)


 ウィルは泣き伏せている百合子の姿を見て何事かと驚き、思わず謝ってしまう。

 女性の慰め方なんてどうすればいいのか、オロオロと困惑していたら……。


「……うの」

「? 何か言ったか?」


 か細く伝えようとしている百合子の声に、ウィルは聞き逃してしまった。

 心配しながら彼女が何を言おうとしたのか、もう一度真剣に聞き耳を立てる。


「違うんです。うぅ、無事に戻ってきたことが、嬉しかったんです」

「あ、あぁ……。そう、なんだ。それなら良かった……」


 大事そうに受け取った百合子は首を横に振り、嬉しさと喜びから涙が流れたと嗚咽で言葉を詰まらせながら答えた。

 それを聞いて、ウィルの思い込みが単なる勘違いだと安堵し、気が抜けそうになる。

 しかし、百合子はまだ涙が収まらない。


(このまま放っておくわけには……けど……)


 レディへの配慮は最低限のことしかできないウィルに油断出来ない。

 だが、彼女のこの状態ではまだ見過ごすわけにいかないと感じた。


(せめて、俺に出来ることをやるしかないな)


「あの、さ」

「はひ……っ」


 再び、ウィルは百合子に声を掛けてみた。

 やはり百合子の声は泣きじゃくりが残るも、返事だけはかろうじて答えている。

 慰めになるかどうかわからないも、ウィルは勇気を奮い立てて彼女に……。


「……コレ、も」


 ひとまず、彼の胸ポケットからハンカチをサッと渡す。

 暫しの間、彼女と話すことはできなくなっても、何かしらの行動さえすれば一時凌ぎに繋げられると思った。

 そのハンカチには、濃いブルー色に帝国の騎士をモチーフとしたワンポイント柄を施した白の刺繍が入っている。


「……ここまで、していただいて、っ……」

「今は無理に……何も言わなくても、いい」

「……!」

「キミが落ち着いて、ちゃんと会話が出来るようになるまで、俺は逃げずに、待つ……から」


 彼女の台詞にまだ咽びが聞こえる。

 それでも遠慮するなとばかり、ウィルの腕は百合子の方へ近づきハンカチを差し出す。

 彼にとっては今、精一杯出来るレディへの寄り添いなのだろう。


(良かった……ウィル様が優しい方で)


 心の根から自然と出ているウィルの柔軟な対応で安心し、百合子は彼の言葉に甘えてハンカチを受け取った。

 彼女の顔を伏せながら、涙で流れ熱くなった瞼を抑える。

 ウィルは差し出したハンカチを受け取ってくれたことに、少し胸を撫で下ろす。

 先程よりかは冷静に判断できたのが、

 本来なら帝国内の男性からすると当たり前ではあるが、出来る範囲で対処することに成功した。

 それに踏まえて彼女の顔が伏せている間なら、真正面でチラッと誰もいない周りであれば彼女の様子は見れる。

 百合子とウィルの二人っきりでの中庭。

 その光景を、青空広がる天からそっと温かく見ているのかもしれない。


(これくらいしか、今は出来ないけど……)


 彼女が泣き止むまで静かに待ちながら、ウィルはそっと見守ることに徹して。


 ——ざわめきの風に、二人の逢瀬が始まったうぶな胸騒ぎ……。

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