深谷 遼の世界の言葉で言い表せば、夢の国──であろうか。至るところに──またや、深谷 遼の世界でいう、ピエロやウサギ、犬や猫といったぬいぐるみが、ピンク色の大きなベッドを囲っている。
そこは、ただの王城の一室であるが──まさしく、城全体も、そんな雰囲気で統一されている。
故に、夢の国のような光景だった。
「……相も変わらず、居心地の悪いシマでいやがりますね」
そんな世界に立ち入った魔族イヴは、眉を顰めながら、城主に言った。侵略すべき人間が空想するような世界を展開する城に不服な態度だが……奇しくも、彼女のメイド服姿も、マッチしている。
「んあー……、あー……イヴかぁ……どうだったん? リコ様の様子は……?」
ベッドから体を起こしながら──いわゆるゴシックな、黒いドレスを着ている城主は、寝ぼけ眼を擦りながら言った。
人間らしい動作、人間らしい顔貌をしている彼女だが……肌の色は病的に白く、生気を失ったような瞳をしている。
魔族ではあるものの、フランス人形のよう──そう、形容するのが適しているかもしれない。
「リコ様は、何やら勇者と思しき存在と盃を交わし、エーテルの鍵で力を多少、取り戻したようでやがりました」
「えー……勇者と……? なにそれ、イミわかんないねぇ……」
「しかし、リコ様の力は全て封印し、エーテルの鍵は破壊しました」
「そうなんだぁ。さっすがイヴだねぇ……」
枕元の近くにあった、ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら、ゴシックな服装の彼女は言った。言葉とは異なり、イヴへの称賛も尊敬も読み取れない、マイペースな口調で。
そんな独特な雰囲気に、飲まれそうになるイヴ。そして、こんな摩訶不思議な雰囲気を纏っているからこそ──彼女が”四天王”であると、再認識する。
「ですから──アリス様」
だからこそ、アリス・キャロライナがこの地位を築いたのだと。イヴはそう咀嚼しながら、視線をずらす。その先には、80立方センチメートルほどの、小さな格子のついた鉄製の檻があった。その中に捕らえられている、ピンク色の長髪で、人型には近しいものの体長40cm程しかない生物を見ながら、イヴは続ける。
「ですから──このラマレーンとかいう聖霊をヤっちまえば、リコ様に成す術はないかと」
イヴは穏やかな寝息を立てるラマレーンに冷徹な視線を浴びせるが、アリスの調子は変わらず……。
「んあー……、それはダメだよぉ……ラマレーンにも、解ってもらわないと……あたしの夢物語が、どれだけ素晴らしいものかって……」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、そう言った。
「アリス様……」
イヴは軽く唇をかみしめる。アリスの考えは理解できないものだから。
「もぉ、イヴは心配性だなぁ……リコ様のお付きしてたから……甘いとこ移ったんじゃない?」
「それはありません。絶対」
「そうかなぁ……? イヴもリコ様みたいに……最近は感情に動かされてる気がするけど……まあだから、あたしはイヴが好きなんだけどねぇ……」
「……ありがとうございます。私も、僭越ながら、アリス様が一番、接しやすく存じます」
「本当にそう思ってるのかは定かじゃないけど……嬉しいよ、イヴ……。まあ、何かたくらんでる──たとえば、あたしの座を奪おうと──もしくは魔王の座を狙ってるなら、あんたもあたしの夢に取り込むけどねぇ……」
アリスのその言葉に。毅然とした佇まいであったイヴの肩がピクリと震える。平坦とした声でありつつも、四天王である彼女の脅し文句に恐怖を覚えることは仕方のないことだった。
「あーでも、あたし以外の四天王の席ならいくらでも奪取しちゃいなぁ……別にあたしは、他の誰が四天王でも興味ないからさぁ……」
「……もちろん、上に立ちたいという志は、胸にあります」
「それはそぉだよねぇ……イヴも相当な実力者だからねぇ……」
そう言って、アリスはぬいぐるみを抱きしめながらベッドに倒れ込む。言葉とは裏腹に、他者におおよその興味がない──そんな態度に見えた。
「……また、お休みですか?」
「うん……二度寝は至高なのだぁ……」
「承知いたしました。それでは、失礼いたします」
リコとは違い、まったく食えない──改めてアリスにそう思いながら、イヴは踵を返した。
そして、一度振り返り、ラマレーンに視線をやってから……彼女は部屋を出て行くのだった。