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◆第25話

 俺とリコが村を旅立ってから、数時間。俺たちは人間が住む中流域へ向けて、人気のないあぜ道をただひたすらに、歩いていた。

 空気は澄んで心地いいが、そこはもはや、田舎だ。ほうき星村は森に囲まれていたが……木々も無い、周りは田んぼだらけだった。


「疲れた。おいお前、おんぶしろ」


 特に話すことも無いので、しばらく無言で歩いていたが、ふと隣のリコがそう言ってきやがった。確かに顔には疲労が広がっている。


「さっき休憩したばっかだろ」


「それはそれだ」


「どれはどれだよ」


「どうやらこの身体は疲れやすいようだ。というか、魔力を失ってこの身体になってるんだから当たり前だろうがっ!」


 リコは高くジャンプして、俺の頭を叩く。何も言ってないのに相変わらず理不尽なやつだ。


「いてぇな。ってかお前って実際のところ何歳なんだ?」


「デリカシーがないな。メスに年齢を聞くな」


「メスて」


 魔族だからそれが普通なのかもしれないが、やっぱり慣れないな。


「本当に失礼なヤツだ。妙齢のメスに対して」


「妙齢のメス……」


 こいつらの寿命は知らないが、とりあえず妙齢──若くはあるらしい。


「で、おぶるのか、おぶるのか、どっち」


「その感じはめっちゃガキっぽいけどな。自分で歩け」


「はぁ……おさなげな女の子に対して、悪逆非道なオスだな、お前は」


「妙齢なのか幼げなのかどっちだよ」


 リコはわざとらしくスピードを落として、トボトボと歩く。まるで亀かのように歩みが遅い……言葉じゃなくて行動で示してきやがった。


「分かった分かった」


 俺はため息をつきながら、その場にしゃがむ。


「なんだ突然座って。お前も疲れたのか?」


「こいつ……おぶってやるんだよ」


「そうか。最終的にするなら最初からそうしろバカタレ」


 コツっと杖で叩かれる。腹立たしいが仕方ない……俺もこいつを利用しているわけだし……。

 そしてすぐに、リコの体重が背中に乗る。見た目通り、軽い。40kgもなさそうだ。


「そもそも、わたしが背負うリュックにはエーテルの鍵が入ってる。これが重いんだ。お前の所有物なのに」


「いやそれはなんか、俺が持つとよくない気がしてな」


「どういう意味だ?」


「……なんとなく、そう思っただけだ」


「別に、おぶって貰えればどうでもいいが」


 リコの生暖かい吐息が耳に触れる。リコの体温が広がる。


(ちゃんと、そういうのはドキドキはするし大丈夫だとは思うが)


 別にそれは、変な意味ではなく。あの時芽生えた強い殺意は、今は無い。ただそれでも──壊れているし、問題は感じないが、エーテルの鍵はリコに持ってもらっている。


「ヘンな気は起こさない。必要以上に密着しない」


「今のお前の姿にそんな気は起きないな」


「ホントか? 発情したのを感じたら耳を食いちぎるからな」


「こわっ!」


 冗談でも変なことを言ったらマジでやられそうだ。


「あと、ちょっと眠たいから寝る。起こさないように気を付けてな」


「はい、わかりました。どうぞごゆっくり、お休みなさってください」


「な、なんだ急に……」


 俺は急に恐怖を感じ始め、リコ様に逆らうことをやめた。

 リコ様が、俺の肩に小さな頭をのせる。


 そして、数分も歩けば、小さな寝息を立てはじめ……それでも彼女の言ったように起こさないよう気を遣いながら、あぜ道を歩いていくのだった。



 それから、空模様に夕焼けが滲み始めたころ……ついに、田舎っぽいところを抜け、街に入った。

 地面は石畳、左右を見渡せば、いわゆるアンティークな建物が立ち並んでいる。人通りも多く、甲冑姿、ローブを纏った人もおり、それもまた思い描いていたようなファンタジー世界と重なる。


「ふわぁ……、おぉ、モンティーク街まで到着したか」


 そんな喧噪に、リコ様も目を覚ます。彼女は軽々しく俺の背中から飛び降りたあと、天に向かって大きく伸びをした。


「よく眠れましたか、お嬢様?」


「なんなんだその気色悪い口調は……寝る前のあれは夢じゃなかったか」


「……あぁそうか、もう耳を食いちぎられる心配はないのか。さっさと行くぞ」


「その中間くらいのいい塩梅の喋り方できないのかお前は……」


 と、やっと心の平穏を取り戻したところで。


「モンティーク街といったか。ここはどんな街なんだ?」


 俺はリコにそう訊いた。


「別にわたしも詳しいワケじゃないけど、よくも悪くも不自由の無い、普通の街。ただ、ラマレーンの捜索範囲からは少し離れてる。ラマレーンを罠にかけたのは、ここから半日ほどおぶわれて歩いたくらいにある、王都アウストラの近くだ」


「おぶられる前提なのな」


「当然」


「まあ今はいい。それでどうする? それくらい遠いなら、今日はここで夜を明かすか?」


「それがいい。わたしも疲れてもう歩けない……」


「ほぼ寝てただけな、お前」


「体積が小さいと、カロリーを多く消費する。体温調整のために、たくさん心臓を動かさなければならないからな。そしてその分、命も短いんだ……」


「それもっと小動物に当てはまるヤツな」


「いちいち否定してくるな。そんなでは、さぞかし友達の少ない半生を歩んできたのだろうな」


「…………」


 俺は何も言えなくなった。何故なら、こればっかしはリコの言う通りだったからだ。前世を思い返すと……あぁ本当に、つたない人生だった……。


「……わたしは今、お前に初めて、ごめんという感情がわいた」


 どれだけ酷い顔をしていたのだろう。あのリコが俺に謝罪をした……!


「ヒトは、なれ合う──い、いや、手を取り合う文化らしいからな。ほうき星村で、わたしもそれは学んだ。だから……まぁ…………いや、お前なんてそんなもんだろ。性格悪いしな、お前」


「フォロー諦めるなら最初から気遣おうとするな!」


「さて、旅籠でも探すか。もちろん、二部屋空いてるとこな」


「都合悪くなったときのスルースキル半端ないよなお前……」


 そして、俺のその言葉も無視。ふひゅ~、ずるひゅ~と、下品な音で口笛を立てながら、周囲を見渡した。ってか、花の蕾みたいな端正な唇からどうやってその音出してるんだ。


「まぁ、先に泊まるとこ確保するのは大事か」


「そういえばお前、お金持ってるのか?」


「あぁ、クルトさんに貰った。価値がイマイチまだ掴めないが、銀貨を10枚ほど」


「ぶっちゃけはした金」


「ぶっちゃけすぎだろ……貰ったものだからな」


「いやそれはそうだけど。でも、銀貨10枚じゃ5泊くらいしかできない。ごはんもたらふく食べる事考えたら3泊」


「それはたらふく食べるからだろうな」


 しかし、どうにかして金策はしないといけないだろうな。こういう世界観だと、どうしてもモンスターを倒したりするクエストで稼ぐイメージはついてるが。

 そんなとき……時間が止まったかのように、喧噪が止む。まるで壮観な景色に目を奪われるように、周囲の人々が上を向く。俺もつられて、上を向くと──。


「おはラピこんラピ、ラピばんはッ! 愛和と真実の原石、ラズリだよぉー!」


 空に浮かびあがった人影が──そう、透き通るような声音を発していた。俺の世界でいう、萌え声、アニメ声のように可愛かった……!

 そして、その容姿も秀麗! ガラス細工のような青い瞳はくりっとしており、整った目鼻。リボンでツインテールにまとめられた青い髪も宝石のように輝いて見える。


「お前ら、ラズリの配信が無くて、寂しかったラピか~? ラズリも、お前らと会えなくてマジしょげしょげだったラピ……」


 まるで空に、プロジェクターで映写されたような彼女は悲しげな顔でいう。

 なんというか、これを見て思ったのは……。


(ユーチューバー──いや、ストリーマーみたいだな)


 異世界には似合わないように思える……しかし、魔法があるからこそ、不思議でもないのかもしれない。


「じゃあまずは、ラピスニューース! え~、王都アウストラの三等兵士である、クリストファーさんが、なんとなんとなんと! 皇太子ルイスさん専属メイドと不倫、しているそうですよ~! 証拠もきっちり、クリストファーの奥様から提供してもらってます!」


 しかもいわゆる暴露系っぽかった! 人間が歩む文化は……どこも同じような感じになるのか? それは俺もアメノのような視点で、少し興味深いが。


「ヒトは、ホントに生産性のないことをするな。まあ、ほうき星村のヤツらの影響で、その偏見も少しは薄れたけど」


 呆れる様子ではあったが、リコの声音は穏やかだった。俺は、ほうき星村の住民がどこまでリコに影響を与えたのかは分からないが……やはり、リコにとっては大切な存在なんだろうな。


「あぁ、そうだね、みんな、ごめラピごめラピ。そんなことより──ラズリがどうして、配信をお休みしてたか、だよラピねぇ。それはねぇ……」


 まるで爆発力を誘うように、ラズリとかいうストリーマーは勿体ぶる。確かにそこまで言われたら、俺も気になる。隣のリコは、呑気にあくびをしていたが……。

 しかし──。


「最近の、謎めいた失踪事件──それは、王都の西域一帯を巣食う魔族──四天王アリスによるもの、こんなうわさが舞い込んできて、調べていたんだラピ」


 ラズリのその言葉に、リコは肩を震わせながら顔をあげた。

 四天王アリス──それは、ラマレーン捜索の鍵となりそうな話題だ。


「魔族四天王アリスの魔法は、完全に未知だと言われてるラピだけど──ラズリは、その秘密を入手したのです!」


 そしてさらに、俺らを引き付ける言葉を、次々とラズリは紡いでいく……。


「なんでも彼女は──人間の心を──おっとこれ以上は、次回の配信で明らかになるラピ。ふっふっふ、実はラズリ、アリスが住んでいるという王城を突撃生配信する予定ラピ!」


 しかし、高等な営業テクニックにより、焦らされてしまった……!


「おい! そこまで言ったなら言え! 四天王がなんだ、わたしは魔王だぞ!」


 リコも激昂していた。それは彼女の配信スタイルに飲み込まれたとも言える……なるほど。俺は父親にユーチューブなど見せてもらえなかったが、人はこうして配信者にハマっていくのか。


「そのときはゼッタイ、見るラピよ~? ラズリのアリス城突撃は──5日後ラピ!」


 そして、明らかに俺たちにとって知りたい情報を覆い隠したまま……空に映し出された彼女は消えた。


「おい、お前──今のラズリとかいうニンゲンを探し出し、問い詰めるぞ」


 リコが言ったそれが──俺たちの、旅の最初の目標となりそうだった。

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