ラズリとかいうストリーマー?の意味深長な言葉に、モヤモヤしながらも……俺たちは寝泊まりする旅籠を探し歩いた。
旅籠自体は、結構見つかったのだが……。二部屋空いている所は見つからなかった。どうやらラズリの配信範囲というのは、俺らでいう、ネットの広大なプラットフォームではなく、限られた場所でしか配信されない。すなわち、ラズリのファンは、彼女の配信を見るためにこの街に来て一泊する人もいるのだとか。
と、いうわけで……。
「お前と一夜を明かすとは……わたしは終わったな」
すっかり夜の帳を下し、妥協して二人一部屋で泊まることになり、部屋に立ち入った瞬間、リコはそう言った。
「別に何もしないわ」
「お前はわたしの下着で発情する。信じられない」
「それは、お前に興奮しているんじゃない。お前のパンツに興奮しているんだ」
「何が違うというんだ……」
あの純白のパンツが、俺の琴線を刺激する。そこに”リコの”という枕詞がついたところで、何もない──はずだ。
「まあ、作戦会議のため同じ部屋のがやりやすい、と自分を洗脳するしかないな」
「……それは今後の動きってことか」
「当たり前。ラズリはアリスについて、何か掴んでいるようだ。是非詰問したい」
「普通に聞こうぜ。詰問するな」
「ふっ、このわたしがどうしてニンゲンに。ほうき星村のヤツら以外は──」
「あーそれはもう分かった。……というかさ、お前はアリスについて何も知らないのか? 魔王だったんだろ?」
「うん。アリスは変わってる──と言われていたからな。常に孤独でいることを好む──らしい。仲間も部下も必要とせずな──という言い訳を抜きにすると、わたしは魔王になろうかと思ってた瞬間に城を追い出されたから、四天王のことはあまり知らない」
「使えねぇ」
というか、”魔王になろうかと思ってた瞬間に追い出された”とか結局、こいつは魔王じゃないのか。もう、こいつの言うことがよく分からない。何者なんだこいつは。
「使えないとかお前に言われたくはない。実際、アリスが強大な力を持っているということは、周知の事実だったけど……どんな魔法を使えるかは、広まっていなかった」
「なるほどな。じゃあ、ラズリとやらに接触して話を聞くのは賛成だが、どうやって探し出すかだな」
「ファン──と言うんだったか? ラズリのことに詳しそうなヤツに聞くしかないだろ。あーあ、わたしに力があれば魔法で簡単なのになぁ。エーテルの鍵が壊れてなければなぁ」
「言っても仕方ないだろ。ってか、エーテルの鍵を壊したのはお前の身内のメイドだ。お前が尻ぬぐいすべきだろ。ちなみにそれはそれって言ったらぶん殴る」
「おい! わたしの必殺技を禁止するなッ!」
「クソみたいな必殺技だな……」
何はともあれ、ラズリのファンに話を聞く──というのが、現実的か。いわゆるガチ恋しているファンならば、犯罪すれすれになりそうな情報も知っているヤツもいるだろ。これは俺の世界の知識だが。
俺はリコに、明日街で聞き込みをすることを提案する。それにリコも納得した。
そして、今日のところは、大いに疲れているからと自己申告したリコの言葉に……明日に備えて、休むことにするのだった。
リコと入れ替わりで、俺は大浴場へと向かう。エーテルの鍵は何があっても盗まれてはいけないため、交互に入ることにしたのだ。
「……ここだな」
青の暖簾がかかり、周囲の温度が上がっている空間。子供でも、大浴場であることが分かるだろう。
リコに与えられたストレスも流そう……そんなことを思いながら、暖簾をくぐった。
すると……。
一人の女の子と、視線が重なった。メガネの奥の目はほとんど長い前髪に隠れているが……かっと瞳孔が開かれたのが分かる。そして、その目をぱちくりとさせる。
その理由は……なるほど。
彼女が、一糸まとわぬ姿であるからだろう。
「なっ、なっ──」
魚のように口をパクパクとさせる彼女。
そして……。
「護身術ッッ!」
そう叫びながら──その白くしなやかな脚で、俺に金的を食らわせた!
地面に倒れ身悶える俺。亀が甲羅にこもるように縮こまり、我が半身を両手で抑える。
「ま、待て……俺は確かに、青の暖簾をくぐった……だのに何故……っ」
「は、はぁ!? 青の暖簾なんだから、女湯に決まってるじゃないですか!」
「嘘だろ!?」
いや、しかしそうか! これもまた前世で刷り込まれた偏見……青い暖簾が男湯であるという常識は、異世界では通用しないということか……!
「あたしの豊潤に熟した禁断の果実、見ましたね……」
「官能小説みたいな表現……」
というかパッと見、結構な貧乳に見えたが……。
痛みに身悶えながら、確認すべき顔をあげる。すると、腰まで伸びるピンク色の髪を揺らしながら、頭を踏まれた! が、貧乳であることは確認できた!
「……っ、まさかあなた、あたしの秘密の花園を覗こうと……ッ!」
またもや官能小説みたいなことを言いながら、彼女はぎゅっと俺の頭を踏みつける。これに昂るヤツは居そうだが……俺はそうじゃない。素直にめちゃめちゃ痛かった。
(こんな古典的なスケベイベントにも、これほどの苦痛が……ッ!)
アンラッキースケベ──やはり代償が大きい。
地面に口づけさせられながら、俺はなんとか謝罪の意を述べようと口を開く。
そんな時だった。
「え……」
周囲を光が包み込む。
どうやらその光源は──俺の背中から降り注いでいるように見えた。
(俺のリュックから──何故──こ、これは……)
エーテルの鍵だ。盗まれないようにどっちかの手元に置いておこうと、交代で風呂に入るとリコと決めたが、俺はどうやら着替えを詰めるとき、外に出すのを忘れたのか……。いやそれより、どうして、壊れたはずのエーテルの鍵が──。
そう、俺の脳内が混沌とする中……。
「え……え、え、えぇ!? な、なんで!? ど、どうして!?」
慌てふためく彼女の声が脱衣所に充満し、俺の頭が解放される。
「い、一体何がどうなって──」
未だ強くジンジンとする下腹部の痛みを我慢して、俺は起き上がる。
すると──またもや謎が深まる光景が広がっていた。
全裸少女の姿が──まったく別の人間の容姿に変わっていた。
ピンク色の髪は、青に……メガネは外れ、髪のボリュームも全体的に少なくなっている。
変わってないのは……貧乳だけだった。
「え……君は……」
そう、彼女は……。
「ラズリ──?」
確かに、街で空に映し出されていた、ストリーマーラズリだった。