突如として、ラズリの姿に変貌を遂げたピンク髪の少女……。
「どど、どうして……!? なんで魔法が……急に解けて……っっ」
いやその口ぶりから、こっちが本当の姿、ということか。
ラズリは、もはやこの状況は全裸を見られることより困惑しているのか、体を隠すこともせずガシっと俺の手を掴む。
「あんた、一体あたしに何して──って、人が来たらヤバイ、とにかく一緒に来て!」
そしてそう言うや否や、体にバスタオルを巻いて、リュックを背負うと……手を強く引かれるのだった。
そのまま猛ダッシュでどこかへと連れていかれるが……あまりにも俺の化身が痛すぎて、ただされるがままだった。とある一室の前で、ラズリは立ち止まると、俺の手を離す。
「着替えてくるから、ここで待つラピ」
「さっき聞いた語尾だ」
「……職業病。とにかく、着替えるから待ってて。あたしの、艶やかな女体に咲いた二輪の花、を見ただけでなく、あたしのプライベイトとまで妨害しようとしたんだから、罪は大きいラピ」
「だからなんなんだその官能小説みたいなボキャブラリーは」
「……カンノウショウセツ? とにかく、絶対、逃げるんじゃないラピ」
「あぁちょっと待て。お前、本当にラズリでいいんだよな? さっき街で配信……でいいのか分からないけど、空に映写されてた」
「しーっ! ボリューム抑えるラピ! そう、あたしは有名人なんだから……!」
「なるほど。……あぁそれなら、もう一人、客人を呼んでもいいか?」
「は、え、なんで……? まさか、あたしのファン……?」
「いや、そうじゃない。ちょうど、俺とそいつはお前に聞きたいことがあってな」
「訊きたいことがあるのはこっちラピ……! あーもうよく分からないけど呼んでいいから、逃げないでよ。ってか逃がさないけど!」
そう言い残して、ドアを開けて中に入ると、思いきり閉めた。
(なんかよく分からないが、ラッキーだな)
今でも股間が死ぬほど痛いから、全部が全部そういう訳ではないが……やはり、アンラッキースケベの力は伊達じゃない。
俺は股間を抑えながら、リコを呼びに行くために歩いていくのだった……。
そうして、リコを連れてきたときにはゴシックな服装に着替え終わっていたラズリが外で待っていた。事情を詳しく話す余裕はなかったから、リコは驚いていたが──きょろきょろと部屋の外を誰もいないか確認するように見渡したラズリに、二人で部屋に招かれた。
そこは、俺たちと同じで、普通の宿泊部屋だった。やはりアンティークな雰囲気は慣れないが、ベッドと四角いテーブルがある以外は質素な部屋だ。
「お前ラズリとかいう女だな。魔族四天王アリスについて聞かせろ」
部屋に入って開口一番、リコはそう言った。
「なんでそっちサイドから質問するラピ!? ぜっっったいおかしい!」
ラズリは怒りを顔に滲ませ、ツバを飛ばす勢いで言った。しかし、もっともだ。シンプルに被害者だからな。……俺のせいで。
「リコ、少し待て。まずはラズリ、悪かった」
俺は深く頭を下げた。
「……お前、またヘンタイなことしたか」
呆れたようなリコの声が聞こえる。正解だったので、言い返せなかった。
「い、いや謝罪というか! ってかあたしの妖艶な美貌を見たことはいい! いやよくないけど、なんであたしの偽装魔法を見破ったのか、そっちに全部持ってかれてるからっ!」
ラズリは、そう言うので……俺は、エーテルの鍵についてと、自分たちの境遇について順を追って話そうと思った。説明すると言うと、ソファに案内される。
そして、驚きながらも、静かに話を聞いてくれたラズリ。
「エーテルの鍵……勇者……聖霊……虚構を祓い、真意を導き出す力……」
彼女は一つ一つ噛み砕くように、目線を地面にやりながらそうつぶやく。
「……そういえばお前、なんで下腹部抑えてる? 発情してるのか?」
「それはあとで説明するな」
リコは退屈そうにしながら、何気なくそう聞いてきた。自己中心的なヤツだから、アリスのことを聞く以外興味がないのだろう。
それから少しして、ラズリが視線を戻す。
「──これは、数字になるか」
そして……よく分からないことを言った。
「もういいだろう女。早くアリスのこと教える」
一応は我慢していたようだが、痺れを切らしたのか、リコは直球に問いかけた。
「あんたさっきからすごっい偉そうなチビラピね……」
「誰がチビだ、この肉塊」
「あんたも肉塊でしょうが!」
「それならお前もチビだ! さっき映写で見たよりもずっと小さく見えるぞ!」
二人は言い合う。すげぇ口の悪い二人だった。
「俺のために争わないで!」
俺がそう言うと、二人に睨まれた。だから、真面目に取り合うことにする。
「……おいリコ、悪いのは俺なんだ。有名人である彼女の憩いの時間を、つぶそうとしたのだからな。悪いなラズリ」
ラズリに改めて謝罪すると、彼女は落ち着きを取り戻した。
「じゃあ全部お前のせい。べーっ」
リコはいつもの調子で俺の方を向いていわゆるあっかんべーをしてきた。こいつが魔族から見放されたのは、社交辞令すら備わってないからなんじゃないか?
そんな中、居住まいを正したラズリ。俺たちのことやエーテルの鍵については、納得してくれたと言った。
「あんたのこと、今度配信で話していい?」
「いや、勇者も身バレまずいだろ。知らんけど」
「ま、それもそうラピねぇ。あたしは魔族と戦うとか無縁の世界だけど、同じ人間だし……どうしても勇者応援サイドにはなるから、身バレはしてほしくないかも。魔族が配信見るかとかは知らないけどね」
「そういうラズリは、配信者──今日、街でしてたこと、みたいなのをずっとしてるのか?」
「ずっとってか、1年くらい前からだけど。それに、あんまりオーソドックスな職業じゃないけどね。映写魔法は、選ばれし者しかできないラピ!」
「そうなのか」
「え、勇者なのに魔法のこと知らないの? ……映写魔法は、魔力の消耗が激しいからね。本当は、配信のときも偽装魔法使って、身バレしないようにしたいんだけど……」
なるほど。だから日常の方を、あのピンク髪の姿で過ごしているのか。
「じゃあ本当に、悪いことしたな」
「本当にね。普通に死んでほしい」
「そこまで言う!?」
「いやだって、厄介なファンもクッソ多いからね。気の休まる時間なんて、ほぼ無いワケよ。折角のお風呂だったってのに──ってかあんた、あたしの双曲線描く魅惑の蕾凝視したよね」
「その官能小説みたいな表現もそこまでいくともう比喩が分からん」
「いやだからおっぱいの先端、いわゆる──」
「逆に直接的すぎるわ! 炎上するぞ!」
「え? プライベートくらい素でいさせてほしいラピ……」
「ちょいちょいラピ語尾出てるけどな」
「あぁ、これも直したいんだけど……。あんまりキャラは作ってないけど、でも設定の上に成り立っているし、マジムズイ」
「そういうセリフもファンは聞きたくなさそうなもんだが……」
「これくらい許しなさいよって感じ。美人ストリーマーだってうんちするものよ。なんなら配信でうんちしてやろうか」
「絶対やめた方がいいぞ」
「冗談ラピ。あぁ、美人ストリーマーがうんちするってのも冗談ね」
「なんかもうよく分からん」
とりあえず、ラズリがとんでもなく個性的な性格だということだけはわかったが。
そんなとき、またもや個性的な魔王であるリコが、口を開く。
「いつまで下らない与太話をしてる! 今度はラズリ、お前が話す番だ」
しかし、この時だけは存外真っ当なことを言った。
「っと、そうラピね。君達から結構興味深い話聞けたし、教えたげる」
ラズリは、ニヤリと口角をあげて、続ける。
「四天王アリスは──人間を夢の世界に閉じ込めて、失踪させている」