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第9話 元悪女と、思い出(1)


 参加者たちは直前の混乱を引きずっってか、どこか浮ついた雰囲気を漂わせていた。


「真琴は均たちに任せよう。今はパーティーを乗り切るのが先決だ。白川もいることだしな」


 紗希は身が引き締まる思いだった。


(真琴さんも完全に想定外だったけど、そうよね。篤お兄さんもこの会場にいるはず……)


 混乱が少しずつ収まる会場内で、パーティーの開始を告げるアナウンスが流れる。


 昇吾が登壇し、会場を見回した。


「皆さま、本日はお忙しい中、私たちの新しいCMの発表を共に祝っていただき、誠にありがとうございます。先ほどは少々予想外の展開でしたが、このようなハプニングもまた、我々の挑戦の一部だと考えています」


 会場内に笑いが漏れる。空気が少しだけ和らぐのが、紗希にも感じ取られた。


「私たちが本日発表するCMは「人と人との絆」や「関係の修復・調和」という我々が掲げようとする理念を象徴するものです。突然の変化や予期せぬ出来事に直面しても、それを乗り越え、前進する力。しかし、たった一人ではすべてに対応できるわけではありません。私たちは皆さまの、そして、お互いの力をもって、乗り越えていく未来を目指しております」


 柔らかく微笑む昇吾が、紗希に手を差し出した。登壇の予定は、紗希にはなかったはずだ。


 しかし彼の目が『大丈夫』と伝えてくる。


 紗希は思い切って立ち上がると、舞台に上がった。


 スポットライトに目を細めると同時、フラッシュが焚かれた。並びあう二人の姿をカメラに収めようと、フロントに集まる報道陣が位置を調整しあう。


「彼女は私の婚約者である蘇我紗希です。本来ならば、こうしたCM発表の場に婚約者を伴うのは、通例というわけではありません。不思議に思った方、それを質問したいと考えた記者の方もいらっしゃることでしょう。私が彼女を伴ったのは、時に個人の力を超えた支え合いや連携が、何よりも大切だと彼女を通じて私自身が学んだからです」


 昇吾の言葉が会場に響く。先ほどの真琴の声とは異なり、血の通った言葉に聞こえて、紗希は不思議でたまらなかった。


(真琴さんの言葉は、何を意味していたの? ……)


 会場内の熱気が紗希の顔を包み込む。彼らが昇吾の言葉に感動しているのだと、紗希は思った。


「それでは、新CMの発表です」


 昇吾に支えられながら、紗希は降壇する。


 会場内に設置された巨大なスクリーンに、映像が映し出された。


 美しい田園風景の中を、軽トラックが走っている。運転席にいるのは白川篤が演じる、このCMの主役だ。


 不安や失敗、挫折を印象付ける光景が続く。


 それでも彼が前を向いて走り続けるのは、同じくらい輝かしい思い出だった。学生時代や子供のころ、これまでの経験が結び付いていく。


『大丈夫。きっと、これからも』


 青木産業のロゴが表示される。篤の一言には、彼の経験したすべてが込められているように紗希は感じられた。


(言葉の力を感じる日ね……)


 明音や真琴の自分への敵意。昇吾のやさしさや温かさを感じさせる言葉。


 そして今の篤が放った、演技を通じてあらわされる人と人の絆。


 運命は変わらないと絶望した日も、昇吾の言葉があったからこそ、立ち直れた。


 莉々果が応援してくれたから、頼るということを紗希は実践できたように思う。


 篤との関係も、もしかしたら改善できるのかもしれない。そんな考えが、紗希の中に浮かんだ。


(でも、もし、篤お兄さんが私を手に入れるためにあんな記事を出すような事態に、かかわっていたとしたら……)


 不安を完全に消し去ることはできない。


 莉々果も辻褄があうと言っただけで、本当にそうとは限らない。


 いつしか紗希は、今日のパーティーが無事に終わることを、ひたすらに祈っていた。


『それでは、続いては本CMの主演を務められました。白川篤さまの登場です!』


 司会の声とともに、篤が登場する。彼はCMの中と同じ服装で、親し気に手を振っていた。


 彼の目が紗希を見つめる。そして、実に思わせぶりに優しく微笑んだ。


 真琴たちの出来事があったばかりなのに。次に対処すべき問題が眼前にきたことを、紗希は感じずにはいられなかった


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