十二月。
そんな中だが、婿がねの競べは宙に浮いたまま。
変わったのは
あからさまに恋文を送って来るようになった。婿がね同士で牽制もしているらしい。
相変わらず消極的で山桜桃を始め女房達からの風当たりは強い。
さて、婿がねはそのままだが、その間も何度か、榠樝は
お互いの国の議会の進捗を報告できるのは効率が良い。
だが欲を言えば優れた立会人が欲しい。
榠樝はそう提案したのだが断られた。夢渡の対象となるのは一人が限度だという。
「私は王ではあるが、それほど異能が強い訳ではなくてな」
少し悔しそうに秋霜は言った。
「私に神の加護があれば、もっと色々強く出られるのだが」
ふと思い立った。
「私から貸すことはできないのだろうか」
「……龍神の加護を?」
榠樝の台詞に秋霜は
それはそうだろう。
加護の貸し借りなど聞いたことも無い。
「夢を通じて護符を渡すとか……。いや、確実な手段を取ろう。次回の渡航で護符を送る。虹霓国
「そ、れは願っても無いことだが、大丈夫なのか?そなたの生命力を消耗したりするものではないのか?」
榠樝は苦笑して肩を竦める。
「それでは呪物だろう。人を呪わば穴二つ。命には命で
秋霜は少し考え、頷いた。
「翡翠は虹霓国で王の石だろう?緑の翡翠が良い。
「それは確かに。五雲国では王の石は何だ?そしてハイギョクとは何だ?」
「佩玉は身に付ける玉飾りだ。帯などに吊るす。王家の石は、強いて言うならば瑠璃かな。夜空の青に金の星が散る石。何を贈ろう。こちらでは女人に送るものは
「儀式の時くらいか?普段身に付けておく、という習慣はあまり無いな。袖に潜ませたり、胸の袷に挟んだり、そんな感じで持ち歩くか。ああ、玉ならば扇に付けても良いのか」
檜扇を取り出し、榠樝は秋霜に見せた。
「ここの端に飾り紐を結んだり、造花を付けたりするのだ」
「なるほど。となると二つ一組が良いのか。瑠璃の花、となるとあまり見栄えはしないかもしれぬ。花飾りならば珊瑚や何かの方が良いか」
真剣に悩みだす秋霜に榠樝は苦笑した。
「互いに差し出す護符の話だろう。そこまで凝ってどうする」
「贈るならば似合うものが良いに決まっている」
「……それはまあ。そなたには翡翠の
秋霜が小首を傾げる。
「マガタマ?」
「五雲国には無いか?勾玉。その名の通り曲がった玉だ。魂の形だとも、腹の中の子の姿だとも言われている。……出ないか?」
集中して見せれば、コロンとちいさな勾玉が榠樝の掌に落ちた。
「ほら、これ」
「ほう」
「これの大きいものを贈ろう。掌に乗るくらいの大きさのがあったかな。いや、新たに作らせるか」
うんうんと頷き、榠樝は続ける。
「これらに紐を通して、丸玉や管玉と合わせて
「なるほど、護符にはぴったりという訳か」
「うん」
「即位と言えば」
秋霜が思い出したように口にした。
「そなたはまだ、女東宮なのだな」
榠樝は思い切り苦笑する。
「誰の所為で即位が伸びていると思っているのだ」
「すまぬ」
「五雲国との同盟にあたって、遣ることが多過ぎなのだ。使節やら施設やら儀式に式典。歓迎の宴。更に通常業務だからな。皆てんてこ舞いだ。そう、そちらに送った大使らはよくやっているだろうか。中々心配でな。不都合など無いか?」
「そなたは
榠樝は少し目を細めた。
「他に何を話せと言うのだ。時間は足りない。詰めたいことは山と有る」
秋霜は熱っぽい視線を榠樝に向けた。
「……掻き口説きたい気持ちをわかってほしい」
盛大な溜め息。榠樝は首を振る。
「生憎色恋は苦手だ。そう言っただろう。そして私を口説きたいのなら、王に相応しい男になれと」
秋霜は苦笑すると榠樝の髪を一房掬い、口付ける。
「言われた。だから、頑張っているんだ私も。良き王であろうと尽力している。そなたに見せられないのが残念だが」
榠樝は髪を引っ張り戻した。
「そう。そなたの尽力もあって、戦は避けられた。同盟も成る。これで一息つける」
すべて滞りなく進んでいるように見える。
まだ不確定なことは多く、火種がないとは言えないが。
虹霓国の取るべき道は決まっている。
後は榠樝が道を間違えないよう、糸を手繰るよう、慎重に選び進むだけ。
榠樝はほう、と息を吐く。
「
「バクノイト?なんだそれは」
「神代の神器だ。可能性を紡ぐもの。運命、未来、時の流れをも繋ぐという」
運命を紡ぎ、空間を繋ぎ、未来を示し、形作る。
「進むべき道を教えてくれる糸なのだそうだ。また、己の思う未来を形作る手伝いをしてくれるらしい。あとは糸を結び合わせると異なる場所や時代とを繋げるらしい」
「夢渡の法と似たようなこともできるのか」
「もっとすごいぞ。実際に行き来できるのだから」
「便利だな」
「うん。だが、とても恐ろしい神器でもある。糸を編み過ぎると、過去や未来、夢と
この世の始まりを紡いだ糸の一部であるとも言われる、漠の糸。
「糸の可能性に溺れ、絡め取られると、自身が糸の一部となり、この世からは消えるらしい」
「神のモノは人には過ぎたる存在ということだな」
「うん。そんな所だ」
榠樝は睫毛を伏せる。
そう。
人には過ぎたるモノ。
だけど、今も欲している。
正しい選択肢がどれなのかわからない今だからこそ。
導いてほしい。
けれどそんな夢物語が叶う訳もなく。
榠樝は現実を直視しなければならない訳で。
「次の春が来たら」
すべての見通しが立ったなら。
榠樝は既に馴染みとなった灰青色の天を仰いだ。
「私は虹霓国の女王となる」
何が正解かわからない。
それでも進まなくてはならないのが人なのだ。