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 十二月。

 虹霓国こうげいこくでは大晦日まで祭祀や行事は目白押し。


 そんな中だが、婿がねの競べは宙に浮いたまま。


 蘇芳紅雨すおうのこううは相変わらず恋文を雨あられと送って来るし。

 菖蒲紫雲英あやめのげんげは相変わらず唐変木だし。

 藤黄茅花とうおうのつばなは相変わらずの軽佻浮薄けいちょうふはく


 変わったのは縹笹百合はなだのささゆりだ。

 あからさまに恋文を送って来るようになった。婿がね同士で牽制もしているらしい。


 黒鳶花時くろとびのはなどきは退き時を見誤ったらしい。

 相変わらず消極的で山桜桃を始め女房達からの風当たりは強い。


 さて、婿がねはそのままだが、その間も何度か、榠樝は五雲国ごうんこく玄秋霜げんしゅうそうと夢を通して会っている。

 お互いの国の議会の進捗を報告できるのは効率が良い。

 だが欲を言えば優れた立会人が欲しい。蘇芳深雪すおうのみゆきであるとか。

 榠樝はそう提案したのだが断られた。夢渡の対象となるのは一人が限度だという。


「私は王ではあるが、それほど異能が強い訳ではなくてな」


 少し悔しそうに秋霜は言った。


「私に神の加護があれば、もっと色々強く出られるのだが」


 ふと思い立った。


「私から貸すことはできないのだろうか」

「……龍神の加護を?」


 榠樝の台詞に秋霜は胡乱うろんな顔をして見せる。

 それはそうだろう。

 加護の貸し借りなど聞いたことも無い。


「夢を通じて護符を渡すとか……。いや、確実な手段を取ろう。次回の渡航で護符を送る。虹霓国女東宮にょとうぐうから五雲国王に。同盟に当たり信頼の証しとして」


「そ、れは願っても無いことだが、大丈夫なのか?そなたの生命力を消耗したりするものではないのか?」


 榠樝は苦笑して肩を竦める。


「それでは呪物だろう。人を呪わば穴二つ。命には命であがなう。護符は祈りだ。幸多かれと、災い無かれと願うものだ。想いを込める故、命までも注ぎ込む者が無いとは言わぬが、大抵は善き物だよ。五雲国で縁起が良いと言われているものは無いか?それに寄せよう」


 秋霜は少し考え、頷いた。


「翡翠は虹霓国で王の石だろう?緑の翡翠が良い。佩玉はいぎょくとして身に付けたい。だが、こちらからも何か贈らなければならないな。朝貢と取られても良くない」


「それは確かに。五雲国では王の石は何だ?そしてハイギョクとは何だ?」


「佩玉は身に付ける玉飾りだ。帯などに吊るす。王家の石は、強いて言うならば瑠璃かな。夜空の青に金の星が散る石。何を贈ろう。こちらでは女人に送るものはかんざしなどの髪飾りが一般的なのだが、虹霓国は髪を結わぬのだろう?」


「儀式の時くらいか?普段身に付けておく、という習慣はあまり無いな。袖に潜ませたり、胸の袷に挟んだり、そんな感じで持ち歩くか。ああ、玉ならば扇に付けても良いのか」


 檜扇を取り出し、榠樝は秋霜に見せた。


「ここの端に飾り紐を結んだり、造花を付けたりするのだ」

「なるほど。となると二つ一組が良いのか。瑠璃の花、となるとあまり見栄えはしないかもしれぬ。花飾りならば珊瑚や何かの方が良いか」


 真剣に悩みだす秋霜に榠樝は苦笑した。


「互いに差し出す護符の話だろう。そこまで凝ってどうする」

「贈るならば似合うものが良いに決まっている」


「……それはまあ。そなたには翡翠の勾玉まがたまにしようか。古式ゆかしい玉飾りだし、翡翠の勾玉となれば儀式にも丁度良いい」


 秋霜が小首を傾げる。


「マガタマ?」

「五雲国には無いか?勾玉。その名の通り曲がった玉だ。魂の形だとも、腹の中の子の姿だとも言われている。……出ないか?」


 集中して見せれば、コロンとちいさな勾玉が榠樝の掌に落ちた。


「ほら、これ」

「ほう」


 めつすがめつ。秋霜は勾玉を注視する。


「これの大きいものを贈ろう。掌に乗るくらいの大きさのがあったかな。いや、新たに作らせるか」


 うんうんと頷き、榠樝は続ける。


「これらに紐を通して、丸玉や管玉と合わせて御統みすまる……ええと、首飾りにするのだ。今では即位式にくらいしか使わぬがな。かんなぎたちは今も使っているのだろうか、その辺は詳しくない故わからんが……。ああ、そうだ。今回使節でそちらへ行った巫覡が持っているかもしれないな」


「なるほど、護符にはぴったりという訳か」

「うん」


「即位と言えば」


 秋霜が思い出したように口にした。


「そなたはまだ、女東宮なのだな」


 榠樝は思い切り苦笑する。


「誰の所為で即位が伸びていると思っているのだ」

「すまぬ」


「五雲国との同盟にあたって、遣ることが多過ぎなのだ。使節やら施設やら儀式に式典。歓迎の宴。更に通常業務だからな。皆てんてこ舞いだ。そう、そちらに送った大使らはよくやっているだろうか。中々心配でな。不都合など無いか?」


「そなたはまつりごとの話ばかりだな」


 榠樝は少し目を細めた。


「他に何を話せと言うのだ。時間は足りない。詰めたいことは山と有る」


 秋霜は熱っぽい視線を榠樝に向けた。


「……掻き口説きたい気持ちをわかってほしい」


 盛大な溜め息。榠樝は首を振る。


「生憎色恋は苦手だ。そう言っただろう。そして私を口説きたいのなら、王に相応しい男になれと」


 秋霜は苦笑すると榠樝の髪を一房掬い、口付ける。


「言われた。だから、頑張っているんだ私も。良き王であろうと尽力している。そなたに見せられないのが残念だが」


 榠樝は髪を引っ張り戻した。


「そう。そなたの尽力もあって、戦は避けられた。同盟も成る。これで一息つける」


 すべて滞りなく進んでいるように見える。

 まだ不確定なことは多く、火種がないとは言えないが。


 虹霓国の取るべき道は決まっている。


 後は榠樝が道を間違えないよう、糸を手繰るよう、慎重に選び進むだけ。

 榠樝はほう、と息を吐く。


ばくの糸があったらなあ」

「バクノイト?なんだそれは」


「神代の神器だ。可能性を紡ぐもの。運命、未来、時の流れをも繋ぐという」


 運命を紡ぎ、空間を繋ぎ、未来を示し、形作る。


「進むべき道を教えてくれる糸なのだそうだ。また、己の思う未来を形作る手伝いをしてくれるらしい。あとは糸を結び合わせると異なる場所や時代とを繋げるらしい」


「夢渡の法と似たようなこともできるのか」

「もっとすごいぞ。実際に行き来できるのだから」


「便利だな」

「うん。だが、とても恐ろしい神器でもある。糸を編み過ぎると、過去や未来、夢とうつつとが絡み合い、世界が歪むそうだ」


 この世の始まりを紡いだ糸の一部であるとも言われる、漠の糸。


「糸の可能性に溺れ、絡め取られると、自身が糸の一部となり、この世からは消えるらしい」


「神のモノは人には過ぎたる存在ということだな」

「うん。そんな所だ」


 榠樝は睫毛を伏せる。

 そう。

 人には過ぎたるモノ。


 だけど、今も欲している。


 正しい選択肢がどれなのかわからない今だからこそ。

 し示してほしい。

 導いてほしい。


 けれどそんな夢物語が叶う訳もなく。

 榠樝は現実を直視しなければならない訳で。


「次の春が来たら」


 すべての見通しが立ったなら。

 榠樝は既に馴染みとなった灰青色の天を仰いだ。


「私は虹霓国の女王となる」


 何が正解かわからない。

 それでも進まなくてはならないのが人なのだ。



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