王都、
活気溢れるさまは好ましいし、友好的な交流は望ましい。
が、当然国が変われば常識も違う。両国の者同士の揉め事も多くなったと聞く。
両
「今日はまた五雲国の使節が来るのだろう?」
「何やら特別の贈り物を用意したとのことで、是非とも直々に
質問の形を取ってはいるが、可能ならば出て来ないでほしいという気持ちが透けて見えている。
榠樝はふむ、と思案した。
「
「御意」
最悪の事態を想定し、三重の防備を敷くこととした。
ひとつ。
通常の警備を常よりも厚くする。すなわち
ひとつ。
使者が刺客だった場合の備えを敷く。簡単に言えば
ひとつ。
使者、或いは贈り物が呪詛だった場合の備えを敷く。
榠樝は右手を開いて閉じて、頷く。
その身に宿る龍神の加護の力を感じる。
段々と馴染んできたのだろうか、軽い呪詛や穢れ程度ならば自身で打ち払うことが可能になった。
更に賢木の結界が、常に榠樝の周囲に張られている。
盤石である。
そして大極殿。
中央に
大使玄石斛の後ろを静々と歩いて来たその男は、
大使の口上が終わり、男が口を開く。
「
聞き覚えのある声に、榠樝は少し身を乗り出した。
その目が限界まで見開かれ。
危うく扇を取り落としそうになる。
髪の色は真珠色ではなく亜麻色だが、見覚えのある顔。
「……
呻くように呟いて。
それ以降の挨拶は、まったく榠樝の耳には届かなかった。
「そんなに似ているのですか」
護衛の
「とてもよく似ておる。髪の色を除いては、そっくりだな」
銀河がふむ、と顎を撫でた。
「他人の空似っていうか、血縁だし似ててもおかしくはないんじゃ?」
南天は他人事だ。
「そうだな。似た顔が世の中に三人は居るという話だからな」
特徴的な真珠色の髪ではない。
だからあの男は秋霜ではない筈だ。
だが似過ぎていた。声も表情も、仕草も。
いや、夢の中でしか会ったことがないのだから、判別できるのかと言えば疑問は残る。
「術の類いは感じ取れませんでした」
庭先に控えた賢木も注釈を入れる。
榠樝は考えるのを止めた。
「他人の空似。気の
銀河はそれでも念の為、探りを入れることを提案する。
「構わぬが、相手は王族。それも相応の地位らしいからな。気を付けてくれ」
「御意」
そんなやりとりの最中、
ぱらりと開けば「内密に話したい」と一言のみ。
怪訝な様子で榠樝は
相変わらず、内密な話をするのに飛香舎ほどうってつけの場所は内裏には無い。
飛香舎で落ち合った紫雲英は、どうにも落ち着かない様子で辺りを窺っている。
「どうした。何があった?」
手招いて見せれば、紫雲英は難しい表情のままばらりと扇を開いた。
「お耳を」
耳に口を寄せると、紫雲英はそうっと何事かを囁く。
榠樝の手から扇が落ちた。
勢いよく振り返れば、口付け出来そうなほど近くに紫雲英の顔があって。
だがお互い色気の欠片も無く。
真剣な眼差しで、睨み合うように見詰め合う。
「どうする」
紫雲英が低く問い、榠樝は頷く。
「行く」
宴の松原。
玄薄雪が松に寄り掛かり佇んでいた。
足音に気付いたのだろう。振り返ってその眸が榠樝を捕え、柔らかく
亜麻色の髪。
榠樝は息を弾ませて近付いて。
その勢いのまま扇を振るった。
「痛い」
結構いい音がしたな、と紫雲英は思う。
女王一人きりで出歩かせる訳にはいかない。
当然紫雲英は供をするし、南天も気付かれないように追ってきている。
その上賢木は式神を放っている。
だが、玄薄雪の目には榠樝しか映っていないようだ。
「この、この
震える声で榠樝は何とか文句を口にした。
言いたいことがあり過ぎて、却って言葉に詰まる。
「やっと逢えたのに、ひどいぞ」
「本当にやって来るヤツがあるか!
殴られた腕を
「薄雪叔父上には本国で私の身代わりをしてもらっているから、誰も気付いてないぞ。髪も染めたし」
並べて見ないと区別がつかないくらいには似ているという。
「そういう、問題では!無かろうが!」
ぷりぷりと怒る榠樝を愛し気に見詰め、秋霜は手を伸ばした。
と同時に抜き身の太刀が突き付けられ、両手を上げる。
榠樝が深々と溜息を吐いた。
「南天。太刀を下ろせ。秋霜、軽々しく触れようとするな。
南天が渋々太刀を下ろし、秋霜は両手を上げたまま一歩下がった。
「私の首級が飛んだら国際問題だぞ」
「わかっているなら自重しろ」
「折角こうして逢えたのに、触れることも叶わないとは生殺しにも程があるだろう」
榠樝は眉間を抑え、首を振る。
「まったく、何を考えてやって来たんだ」
秋霜の声音が重さを帯びる。
「逢いたかったと言っただろう」
甘さと熱とを
「
紫雲英が榠樝を庇うように前に出て。
南天が秋霜の背後を取る。
「私の前でよくも口にしたな、五雲国の王よ」
紫雲英が断じる。
秋霜は唇を尖らせて紫雲英を睨んだ。
「報告が来ている。そなたは
紫雲英は眉を吊り上げて一喝する。
「婿がねで無くとも主上の一の臣であることに変わりはない。私の前で無体を働くことは許さん。そもそも主上の
南天が口笛を吹いた。
「茶化さないでくれ、南天どの」
「これは失礼」
榠樝は頭を抱える。
「まったく、なんだってこんな無茶を」
秋霜は少し得意げに笑った。