宴の松原に暫しの静寂が戻った。
動かぬ二人を案じてか、
「人目につく前に内裏に戻らないと」
「そう、だな」
榠樝は顔を上げ、微笑む。
「戻るか」
空は深く青い。
そこに真白な雲がもくもくと湧いていて。
じーわじーわと蝉が鳴いている。
夏だ。
つまり翌日から日が短くなる日。
虹霓国においては厄払い、邪気払いをすべき日であった。
よって、魔除けと疫病除けの祭祀が行われる。
「同じ季節に二度も同じような行事を行うのは何故なのでございましょうね?」
五月五日の
「夏場は疫病の流行る時期だから、魔除けも疫病除けも、何度あっても良いのだろう。おそらく古き方々もそう思われたのではないか?」
同じく粽も食べる。
端午節会は細長い
「
薬玉は端午の節会に贈り合った縁起物である。古代においては
芳香により邪気や不浄を祓うとされる。
節会の
「端午には騎射も
早瓜とは正式には
「わたくし
目を輝かせて堅香子が言い、榠樝は苦笑する。
よく熟れた瓜は
「甘いのは私も好きだが、食べ物ばかりだな」
「
「そうだな」
遣外館が置かれて後、献上される菓子などの種類も大いに増えた。
また、遣外館の
ふっと榠樝が遠くを見た。
秋霜、もとい
紫雲英を介してお守りを渡した。魔除け、海難除け。
以前紫雲英に渡した国宝級のものとは違い、ささやかな加護しか無いけれど、やはり榠樝が手ずから祈りを込めたものだ。
秋霜には無事に帰ってもらわねば困る。
何しろ大切な相棒だ。
その愛に応えることはできないけれど。
玄秋霜は、五雲国王の想いは、どうしても手放せないもののひとつである。
昨今流行りの教えでは、死後すべての人間は裁判を司る
最も罪の重いものは
いずれ、己が行くのも地獄だろうか。
多くの者の心を
それは果たして神仏から見て善だろうか、悪だろうか。
人たる身にはわからない。
ただ精一杯やり抜くだけだ。
「
独り言のように呟いて。榠樝は立ち上がり、御簾を押し上げる。
気持ちの良い風が袖を揺らしていった。
榠樝はすん、と鼻を鳴らす。
独特の香りと気配がした。
「雨が来るな」
堅香子が隣に来て、空を仰ぐ。
「こんなに晴れておりますのに。でも良い御湿りですわね」
目を細めた榠樝の横顔は透き通って美しい。
頬の丸い輪郭を陽光が縁取って、
まるで人ではないかのようにすら。
龍神の加護が関係あるのか無いのか。榠樝は特に雨の気配に敏感だ。
雨乞いに関しては歴代の王の中でも屈指の力を持つのではないだろうか。
逆に雨が降り過ぎた時に行われる
天に向かって祈れば、天は榠樝の声を聞き届ける。
瀧のように降り注ぐ雨が、布を払うように引いていくあの
丁度良く五雲国の者たちの目に触れたのは特に素晴らしかったと堅香子は思う。
これでまたひとつ、虹霓国の神威が五雲国に伝わるだろう。
王の祈りによって、
理想郷。
無論そのように単純なものでは無いのだけれど。
殊更にそう見せることが肝要だ。
迂闊に手を出せば、噛まれるだけでは済まぬのだと思って貰わねばならない。
ひとつひとつ。
小さな積み重ねでも。塵も積もれば山となる。
けれど、と堅香子は思う。
積み重ねれば積み重ねる程、榠樝の負う荷は重くなる。
分かち合う相手が居ればいいのに。
早く伴侶が決まればいいのに。
勿論、紫雲英も
王ではない榠樝を包み込んで癒せる相手が必要だと、堅香子は強く思った。