虹霓国よりの遣使団の者らは
だが麟徳殿は五雲国の迎賓館。
虹霓国だけが使用している訳ではない。
時折、他国の使節と顔を合わせることもある。
と言っても既に五雲国に併合された国であるので、厳密には「他国」では無いのだが。
元
ソナムの叔父にあたる。
元光環国の王族はトゥンダの血縁の僅かの者を残し
トゥンダは五雲国と通じ、元光環国王バルジンを謀殺。
その
評判は端的に言って、悪い。
余談だが、光環国最後の王族であるソナムが生きていることを、虹霓国に居ることを、トゥンダら光環州の者たちには告げていない。
条件として、ソナムに五雲国への敵対の意思なし。以後も虹霓国の監視下に置く。ということを確認してある。
少なくとも今はまだ。
ソナム生存が漏れれば、光環州から虹霓国に暗殺者を送られかねない。
「まったく、虹霓国はどんな手段を用いたのやら」
麟徳殿の前殿、トゥンダを含め光環国人だろう数名が、聞こえよがしに会話をしている。
虹霓国、五雲国、光環国を含め周辺国は、使用している言語がほぼ同じだ。
それぞれに訛りはあるが、標準語であれば聞き取れないほどではない。
「我らとて大きな犠牲を払ってのことだというのに、
「余程良き
トゥンダは声を高くする。
「泥臭い辺境の小国、しかも
凍星に付き従う陰陽師、
「神威に見放された輩が何やら愚にもつかぬことを喋っているようですね。生憎
流暢な五雲国の標準語で、綺麗な発音で。
相手を見下げる都波岐の発言に、同じく凍星に付き従う
凍星は視線すら動かさなかった。
「くだらぬ」
すたすたと横を通り過ぎ、けれど目礼は欠かさない。
その辺りが却って嫌味だな、と雑色、
思ったが真菰は律儀に立ち止まって頭を下げて。慌てて凍星たちの後を追った。
「あの、思ってたんですけど、最近
都波岐は馬鹿にし切った視線を真菰に投げる。
「最近じゃないでしょう。最初からです」
「ええと、何故なんでしょう」
凍星が薄く笑った。
「簡単なことだ。光環国、
五雲国朝廷では、今も虹霓国を併合すべしとの声が高いと聞く。
虹霓国擁護の国王派と、併合或いは排斥すべしとの貴族派に分かれて紛糾しているらしい。
元々色々な点で対立することが多かった二つの派閥は、今や大いに揉めているという。
そういった情報は、虹霓国に何かと好意的な五雲国王弟、
無論すべて鵜呑みにするわけにはいかないが、派閥の対立が激しいのは事実である。
「虹霓国が虹霓州となっていないのは運が良いのだと思え。主上や関白どののご尽力があっても、今なお危うい」
「そこを盤石にするために私たちが派遣されたのですから、気を抜いている場合ではありませんよ、真菰どの」
「はあ、ですが私は皆さまにお仕えし、細々とした雑用くらいしかできませぬし……」
「いや、そなたらのお陰で助かっている。このまま励んでくれ」
「畏れ多いことにございます。誠心誠意務めます」
「そういえば、真菰どの。貴方確か嫌がらせを受けていますね」
唐突な都波岐の台詞に、真菰が目を
「嫌がらせという程のものでは」
「田舎者だとか得体が知れないだとか言われて、わざと取次をしてくれぬ時があるではありませんか」
「都波岐どのはなんでそのようなことご存じなのですか!」
「陰陽師ですから」
「陰陽師関係なくないですか?!」
凍星が眉間の皺を深くする。
「不都合が出るようなら報告するように」
「そ、そのように大層なことではございませんから!月白
凍星の官位は従二位、
遣使
五雲国において、六家の元当主として、虹霓国王族と変わらぬ待遇を受けている。
その役目は五雲国側の
第二は言うまでもなく情報収集を始めとした諜報活動だ。
「そなたら雑色の拾ってくる話は中々有用だからな。動き
「御意」
可能な限り息を潜め、目立たずに居た方が良い。
矮小で、取るに足りない国であると思われた方が、生き残れるには易い。
目立たぬことこそが、生存戦略に長けた生物の在り方のひとつである。
目立たぬためにこそ、生物が捕食者や被食者が関心を持たないものに、その姿を似せる。
「だが、既に目をつけられてしまっているのだから仕方がない」
擬態にも二種類ある。
目立つためのものだ。
捕食の対象にされやすい生物が、毒や不快な味とそれを知らせる警戒色をもつ生物に似せる。
手を出せばただでは済まさぬと全身で警告するのだ。
神秘の国。龍神の護りし虹霓国。
その特異性を誇示し、踏み入ってはならぬ一線を画す。
「その辺りは縹が上手いのだがな」
実態を掴ませず、踏み込ませず。
だが脅威にはなり得ぬとさりげなく主張する。
その辺りの
長きに渡り、常に一歩引いた所から全体を見渡し、のらりくらりと障害を
生き残って来た家だ。
付かず離れず。
だが、一度敵と見なしたものには容赦しない怖ろしさも持ち合わせている。
振る舞いのコツを聞いて置くべきだったかもしれない。
幼馴染の飄々とした顔を思い浮かべ、凍星は唇の端を持ち上げた。
「なんとかするさ。仕事だからな」
「そういえば」
都波岐が思い出したように口を開く。
「
かわいそうに、あの神祇官の青年は、頑なに固辞したにもかかわらず、再び五雲国の土を踏むこととなった。
なんでも、人ならざるものの気配を感じ取る力が、強過ぎもせず弱すぎもせず、丁度良いのだそうだ。
その感覚が久利よりも強ければ、五雲国の王宮に渦巻く怨念の濃さに耐えられず。また、弱ければ飲み込まれ、自我さえ消し去られるそうな。
「他者よりも優れた感覚の持ち主というのは大変なものなのだな。しかし濃くなったと。何かあったか」
都波岐は静かに頷いてみせた。
「恐らくは」
何が起こったかはわからない。だが善いことではあるまい。
凍星は軽く眉を寄せた。
「さて、