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第十一章 五雲国動乱


 五雲国ごうんこく南部に位置する成州の鳴珂めいか県。

 この地もやはり旱魃の影響は大きい。


 五月の今時分なら、本来雨季の真っ只中のはず。

 冬に植えた小麦の収穫、水稲の田植えの始まる季節でもある。


 だというのに、雨はほとんど降る様子も無く。

 湿潤な筈の空気は乾き、小麦の穂は風にはかなく揺らぐばかりの貧相な有り様で。

 水稲の苗も萎れて元気が無い。


 これでは税どころか、自分たちが食べていく分さえ危ういというのに。


「せめて今年は見逃してください!収める麦も無いのです。米を作るにも、若い男たちを連れて行かれては……!」

「決められたことだ。逆らえば捕えるぞ」


 苔星河たいせいがの住む少艾しょうがい村にも国境警備の防人を徴兵する兵らが訪れ、片っ端から召し取っていく。


「お願い、父ちゃんを連れて行かないで!母ちゃん病気なんだ!おれとばあちゃんだけじゃ、畑が、」


 無理矢理に腕を引っ張られた父親に、子供が追い縋った。

 兵は忌々し気に舌打ちする。


「うるさい!あっちへ行ってろ」

「きゃっ!」


 子供が突き飛ばされ、転がった。

 星河は慌てて子供を助け起こし、兵に食って掛かる。

 ついでとばかりに父親を子供の方へ押しやった。

 子供は父親にしがみ付く。


「子供に暴力は止めろよ!」

「何だ?逆らう気か!」


「やめろ、星河!」


 父親、丹青圭たんせいけいが慌てて星河を止めるが、星河は首を横に振った。


「別に逆らっちゃいないだろ!暴力は止めろって言っただけだ」

「生意気な!」


「星河にいちゃん!」


 兵は剣を振り上げると、星河目掛けて躊躇ためらい無く振り下ろした。

 星河は難なく避けると兵の腕を取り、逆に地面に押さえつける。

 鮮やかな手並みであった。


「怪我したらどうすんだよ」


 溜め息を吐く星河に、兵は激昂した。

 もありなん。

 兵士が一農民に簡単に取り押さえられてどうする。

 呼子の笛を鳴らし仲間を呼ぶと、みっともなく喚き散らした。


「構わん、斬り捨てろ!政府に逆らう不届き者だ!」


 そこからは大乱闘。

 助けようと、或いは止めようとしたのだろうけれど、もうどうにも手のつけられない状態になってしまっていて。


 剣を振るう兵士たちにくわすきで応戦する村人。

 鍋をぶん投げるおかみさんに、石を投げる老女。


 めちゃくちゃである。


 結果として、村人の勝利。

 兵士たちを少艾村から追い出して。


 そう。追い出してしまって。

 村人たちは途方に暮れたのだった。


「どーすんだよ、これ」

「いや、どーすんだよ、じゃねえよ。お前だろう最初に手ェ出したの」


 ぱかんと頭を叩かれ、星河はがりがりと髪を掻きむしった。


「やっぱり俺が頭下げに行くしかねえよな。村長に謝って一緒に詫びて貰うわ」

「いや、そうはいかん」


「村長?と、隣村の?あれ、大雲たいうん村の爺さんもじゃねえすか」


 村長と連れ立って。

 隣村どころか近隣の村々の者までが集まって来た。


「皆さんお揃いで。どうしたんすか」


 きょとんとした表情の星河に、二緑にりょく村の長が溜め息を吐いた。


「どうしたもこうしたもあるかい!お前さんが起こした騒ぎで、こちとら村中大騒ぎだよ!」

「はぁ、すんません。今、それで詫び入れに行こうと思って……」


 少艾村の村長、錆潭月しょうたんげつは重々しく首を振り、星河の両肩に手を置いた。

 深い溜め息。


「無理だな」

「いや、無理ってなんすか」


「おめえは斬首だろうよ」

「いくらなんでもいきなりそれは無いんじゃあ……」


 顔を引き攣らせる星河に、潭月は首を振る。


「おめえした奴な、県令の縁者だ」


 しかも権力を笠に着る性質たちであるという。

 おまけに執念深い。


「下手すりゃ村ごと焼き討ちだよ」


 流石に星河の顔色が変わった。


「おめえ首級クビひとつでこたァ収まる。大人しく死んでくれ」


 潭月はそう言うと、深々と溜息を吐いた。

 それはもう、腹の底から深々と。


「つー訳にもいかんだろ。仕方ねえ。腹くくれ」

「……………は?」


 潭月は星河の両肩を掴んだ手に、痛いくらいの力を込める。

 ぎりぎりと肉に食い込みそうな程だ。


「なあ、星河。俺たちゃ散々我慢してきた。税だってなんとかかんとか収めてきた。今まで、出来る限りのことはしてきたよな?」


「は、あ。そうっすね」


「だがもうおしまいだ。これ以上無理難題を押し付けられて堪るかってんだ。青圭ンとこも嫁さんが大変なのに、働き手取られちゃ生きて行けねえ」


 潭月は近隣の村々の長らを見回し、少艾村の皆々を見回し、言った。


「おめえたちもそうだろう!俺ァこれ以上は我慢ならねえ!」


 そうだ!と、呼応する声がそこかしこから挙がった。

 熱気が渦巻いている。


 星河は目を瞬いた。

 何が起こっているんだ。


 自分一人が首級を差し出せば済む話ではないのか。


「星河!」

「はい!」


 急に至近距離で怒鳴られ、星河は目を剥く。

 潭月はぎらぎらと燃えるような双眸で、力強く、言った。


「おめえのおかげで目が覚めた。俺たちゃ、やるぜ!おかみに文句のひとつも言ってやろうじゃねえか!」


 応!


 大地が震えた気がした。

 場が一気に高揚する。

 それぞれが思い思いに拳を突き上げ、叫ぶ。


 星河は呆然と、盛り上がる周囲を見詰める。

 これは。


 謀叛むほんだ。


 朝廷に背いて兵を上げるのは、重罪どころの騒ぎではない。

 逆賊として、一族郎党処刑されても仕方がない程の罪だ。


「ちょ、村長、落ち着いて。俺がクビ差し出しゃあ収まる話でしょう!」


 潭月は星河の頭を容赦なく拳骨で殴った。

 眼から星が飛び出そうだった。


「俺はもう、我慢ならねえって言ったんだよ。そして、おめえを殺させるつもりもねえ。おめえがやらなきゃ俺がやってた。」


「でも村長、村が全部焼けちまう……!」

「そうさせねえ為にてめえが頑張るんだろうが!」

「はあ?!」


 泣きそうな星河に、潭月はもう一度ガツンと拳を喰らわせる。


「この村で一番喧嘩が上手うめぇのはおめえだ。この郷でも、たぶん県でも、きっとおめえが一番強え。だからおめえが引っ張ってくんだよ!」


 呆然とする星河に、皆が頷いた。


「あんたにならついてくぜ!」

「昔取った杵柄だ。わしもやれるぞ!」

「星河、やってやろうじゃねえか!」


 星河は肩を落とした。


「村長……。俺、兵士つっても、前に下っ端やったことあるだけっすよ……」

「大丈夫だ。俺は隊長経験者だ。指揮は補佐なら多少はできらァ」


「じゃあ村長がやりゃあいいじゃねえですか」

「俺じゃ駄目なんだよ!」


 潭月は両手でぱんと星河の頬を挟むように叩いた。

 とても痛かった。


「いいか、星河。お前はそういう星の元に生まれたんだ。こうなる運命だった。もう、こうなったからには腹ァ据えて、一丁ぶちかませ!」




 星河の一件は契機きっかけとなったに過ぎない。

 止まない旱魃。

 それでも課される重税に徴発。


 民の不満は限界まで溜まっていた。



 苔星河は性根が真っ直ぐな若者だった。

 人々に慕われ、腕っぷしも強く、弱きを助け強きをくじく。

 そういう気質の男だった。


 そんな彼を慕い、周囲の村々も呼応する。


 五雲国成州、鳴珂県の一角、少艾村。

 今ここに、叛乱の烽火が上がる。



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