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 叛乱は瞬く間に拡大した。

 鳴珂めいか県どころか成州全土に広がる勢いである。


 苔星河たいせいがは穏やかに生きたいだけだった。

 その筈だった。

 だが、彼の意思とは無関係に担ぎ上げられ、今や叛乱軍の総大将。


 何でこんなことに。


 そう思う星河の心とは裏腹に、叛乱軍は快進撃を続けていた。




 当然のことだが、朝廷が黙って見過ごしてくれる筈も無い。

 鎮圧のため、都護府とごふは軍を派遣。


 速やかに鎮圧されると思われた叛乱だが、府軍はまさかの敗北。

 軍を率いた都護は府へと一時退却した。


 成州公は飛び火を恐れ、慌てて王都康安こうあんまで逃げ帰ったという。




 五雲国朝廷は対応に苦慮していた。


 不届きな叛乱は早急に鎮圧すべし。

 満場一致の結論である。


 だが、各々の意見は千差万別。

 都護府にこのまま任せておくべきではないのか。

 いや、ここは禁軍を派遣すべきではないのか。


 宰相会議は一向にまとまる気配は無い。


「禁軍を派遣し、早急に鎮圧すべきと存ずる。朝廷の威信に関わります」


 尚書省しょうしょしょう門下省もんかしょう中書省ちゅうしょしょうそれぞれの長官、次官の六人が宰相として宰相会議は行われる。

 宰相は、建前上は同列である。

 だが、実際には明らかな差が存在した。


 門下省長官である門下侍中じちゅう鶯皚雪おうがいせつ

 宰相会議で彼に異を唱えられる者はごく僅か。

 行政最高責任者と言える尚書左僕射さぼくや潤春水じゅんしゅんすいでさえ、鶯皚雪には一目も二目も置く。


「ですが鶯宰相、禁軍派遣ともなりますと、国を揺るがす大事だと認めたことになりませぬか」

「認めるも認めないも、潤宰相。現に国の一大事であると考えておりますが、如何いかがか」

「確かに。ですが鶯宰相」

「一刻も早く平定するため禁軍を、と申し上げているのだ。成州が陥落せば、余波は五雲国全土に及びましょう」

「現に、成州公は王都に逃げ戻って参りましたな」


 尚書右僕射、ねい宰相が静かに言い、鶯皚雪を支持した。

 すい門下侍郎、きつ中書令、たん中書侍郎は黙して議会の行く末を見ている。


「余は禁軍の派遣を見送り、再度都護府に追討命令を下すべきと思っている」


 五雲国王、玄秋霜げんしゅうそうの言葉に頷く者は二人だけ。

 翠宰相、桔宰相は国王派だが、他の三名は鶯宰相派だ。

 ざっくり分けるなら国王派が穏健派、鶯宰相派が強硬派である。


「都護府は国境の防備が一の任務。内側の揉め事にかまけていれば、蛮族に国境を侵されましょう。すぐにも成州への禁軍の派遣を進言致します」


 確かにその通りではあるのだが。

 秋霜は苦く吐息した。

 翠宰相が静かに口を開く。


此度こたびの叛乱、民の不満に拠るものでありましょう。減税やら手当の方が必要かと存じます。ですが、まずは火消しを致さねばなりません。ただいまは禁軍の派遣が最適かと存じます」


 国王派の翠宰相の一票で、一気に形勢が決まった。

 穏当なやり取りなど、逆上のぼせあがった民衆には無理だ。

 一度沈静化させなければ、話し合いにも持ち込めない。


「よかろう。禁軍の成州への派遣を命ず」


 消極的ではあったが、五雲国朝廷は武力をもって内乱鎮圧へと乗り出した。




 麟徳殿りんとくでんにて。

 月白凍星つきしろのいてぼしは王弟、玄曙草しょそうを迎えていた。


「私としましては、早々に全国的な雨乞いを進めて欲しかったのですが、中々思うようにはいきませんね」

「我々は武力を持ちませぬ故、一旦ことが沈静化するまでは動けぬでしょうな」

「ええ。少しお待ちいただくかと。ですが、できるだけ早くに鎮圧しないと、それこそ農村部が手遅れになりかねません」


 曙草は眉間に皺を寄せ、溜め息を吐いた。

 いつもは柔らかく明るい表情が、硬く張り詰めてしまっている。


「虹霓国の霊威が、五雲国に恵みの雨をもたらしてくれたら、すぐにも平穏になるでしょうに」


 そう簡単にいくものか。

 凍星は内心そう思いながらも曖昧に微笑んだ。



 神々に見限られれば、五雲国は遠からず滅びましょう。



 卜部うらべ鶸忍ひわのしのぶはそうぼくした。

 他の卜部の者たちも同じ意見だ。


 一刻も早く全国各地で祭祀を行い、神々の魂を静め、慰めなくては。

 でなければ民の不満は更に募り、手の施しようがなくなるだろう。

 そうしてまた、神々の嘆きは増し、旱魃は悪化。民は飢える。


 悪循環だ。



 だがここで、手を差し伸べるのが良いのか。

 あるいは滅びへ向かう背を押すのが良いのか。


 凍星には判断がつかなかった。

 ただ、手をこまねいて見届けるだけ。


 五雲国は生き延びるのか。

 はたまた滅びの一途を辿るのか。


 どちらが虹霓国にとって吉と出るのかは、まだわからない。


 当面、凍星にできることは無い。

 ただ静かに茶を飲み、行く先を見守るだけだ。




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