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 その年。夏の終わりに。

 成州へと派遣された禁軍は、叛乱軍に敗れた。


 勝利に勢い付いた農民らの叛乱軍は、各地の不満層を取り込み、更に拡大化。

 その勢いで、なんと成州政府の役所であるをも陥落させる。

 成州の治所首都を制圧したのだ。

 そして、ついに革命軍と名を改め、より組織的な軍勢へと変貌を遂げた。


 革命。つまりは五雲国王朝を倒す。

 新しい国を興す。

 それが軍の目的となった瞬間であった。



 その影響は他の州へも波及している。



 特に近年併合された新しい州の公たちは、この波に乗るか否かの決断を迫られた。

 五雲国ごうんこくへ変わらぬ忠誠をつくし、このままの地位を維持するか。

 それとも、再び一国として立ち上がるのか。




 国家転覆の危機に、五雲国が揺れている。




 宰相会議。

 門下侍中鶯皚雪おうがいせつは国王玄秋霜げんしゅうそうに決断を迫った。


 求められたのは粛清。

 叛徒はんとの一掃である。


 無論、朝廷には粛清を求める強硬派だけでなく、穏健派も存在する。

 話し合いで解決をと主張する穏健派を、強硬派は一蹴した。


「革命軍と名乗っているのです。苔星河たいせいがは逆賊以外の何ものでもない」


 鶯皚雪はそう断じた。

 即刻排除すべき対象に他ならない。


 しかし、と中書令のきつ宰相は反論する。


「民の不満が爆発した。その結果担ぎ上げられたのが苔星河であった、というだけのこととは考えられぬでしょうか」


 話し合いの場を持つべきだとの穏健派の主張は退けられる。


 そも、誰が和睦の使者に立ちたいものか。

 激昂した農民たちの只中ただなかに放り込まれて、無事に帰ってこられるとは思えない。


「このままでは国家が崩れ去るでしょう。争いに巻き込まれ苦しんでいる民を救うためにも、逆賊は即刻粛清するのが正しいと存ずる」




 一方の革命軍の方でも意見の相違は生じていた。


 苔星河はただ、皆が苦しまぬようにと願って居ただけだった。

 だが現状はどうだ。

 革命軍の大将に押し上げられ、担ぎ上げられ。


 苔星河という一個人の想いとは裏腹に、周囲の人々の期待ばかりが膨らんでいく。

 英雄として祭り上げられる程に、星河の意思と現実とが乖離かいりしていく。


「成州の英雄になるんだ!」

「王を討て!」

「新たな国を興すんだ!」


 煽る者たちの熱は加速していく。


「こんなはずじゃなかったのに……」


 頭を抱える星河の嘆きを聞く者は居ない。

 ただ浮かされるままに、燻っていた不満を燃え上がらせ、走り続ける。


 暴走する民の姿がそこにはあった。




 鶯皚雪とて、血に飢えた冷酷な圧制者ではない。

 彼は彼の立場で、国家の為に叛乱を鎮めることを第一に考えているのだ。


 そう。成州に居るのは革命に賛同し立ち上がる民ばかりでは無い。

 巻き込まれ、逃げ惑う者も多い。

 逃げ場をも失い、途方に暮れるしかない力弱き者も。


 彼らこそを救うために、一刻も早い鎮圧が必要なのだ。


 国王、玄秋霜は悩んでいた。

 誰もが正しく、また誰もが間違っている。


 模範解答などそこにはない。


 革命軍は速やかに鎮圧すべきだ。

 だが、被害を最小限に食い止める術は無いものか。


 そこで鶯皚雪は一計を奏上した。


 秋になれば農民兵たちは続々と脱落するだろう。

 秋は農業の重要な時期である。

 米の収穫に麦蒔きに、人手は幾らあっても足りない。

 収穫高が減っているからこそ、一粒も取り零せないのだ。


 そこで税を減じ、尚且つ此度このたび納めた者は、革命軍に関わっていたとしても罪を減じると触れ回る。


 そうすれば寝返る者は多いだろうと鶯皚雪は述べた。

 とても説得力のある策だ。

 玄秋霜はその提案を受け入れた。


 秋まで間が無い。


 即座に触れ回ることが肝要だ。

 朝廷は五雲国各地に間諜を放ち、噂を吹聴した。



 静かに、だが確実に。

 噂は広まっていく。


 此度、滞っていた税を納めた者は、その罪を減ずる。


 この文言は、荒んでいた民衆の心にとても大きな影響を及ぼした。

 多くの者の背中を押す、大きな決め手となったのである。



 そして、鶯宰相の読み通り、革命軍の戦力は急速に低下し始めた。

 戦線を維持できなくなっていったのである。


 農民兵にとって、戦うことよりも家族のために田畑を守ることが最優先なのだ。

 当然の帰結だろう。


 稲の刈り入れを前に武器など持っていられるものか。


 必要なのは鎌であり、剣ではない。

 小麦をくために畑を耕すくわこそが、今必要だった。



 そして戦線は崩壊。

 鶯皚雪の読み通りである。


 鶯宰相は、禁軍の再派遣を冬まで待つことを進言した。



「飢えと寒さが彼らの戦意を更に削ぐでしょう」



 今度こそは都護府とごふ軍との連携を取り、革命軍を囲い込む。

 農村が最も忙しいこの時期こそ、策を進めるに丁度良い。




 そうして、その冬。

 禁軍は再び成洲への進軍を開始した。



 今度こそ革命軍を壊滅させるために。



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