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「陽輝、お疲れ様」
ミアちゃんを母親のハンナさんに引き渡した俺(陽輝)は、結構疲労していた。大きな声でキャラクターの名前を叫ぶ彼女を気にしながら、あまり興味のないショーを見ることが辛かったのだ。
「うん……和也もお疲れ様」
「ありがとう。見つかって良かったね。陽輝ナイス!」
和也が喜んでくれた事が、唯一の収穫だった。
「それにしても、何であの時ショーを最後まで見ようって言ったんだ?」
「うん。ああいう時は、無理に帰ろうって言わない方がいいかと思ってさ。嫌がって逃げちゃったら大変だし」
実はあの時、俺は彼女を引っ張って会場を出ようかと思っていた。その時、和也が隣に来て「最後まで見てからにしよう」と耳打ちしてきたのだ。その時は理由が分からなかったが、そういう考えだったのか。
「さすが和也」
「陽輝もかっこよかったよ。何か本当の親子みたいだった」
そう言って、視線を俺の後ろに移した和也がぎょっとしたような顔をした。何事かと振り向くと、ミアちゃんを叱っている母親の隣にいた、父親のリオンさんが、じっとこちらを睨んでいるのだ。
「き、聞こえてないよね? 変なこと言った気はないんだけど……」
和也が小声でそう言うのと同時に、リオンさんがこちらに向かって歩いてきた。険しい表情に今度は俺がぎょっとする番だった。
目の前まで来た彼は、俺より少し背が高いくらいで、体格で負けている気はしなかった。何で今それを気にしたかと言うと、和也を守らなければととっさに思ったからだ。彼は、俺達をまっすぐに見てきた。そして、少しの沈黙をはさみ、険しい表情のままにこう言った。
『二人とも、娘を探し出してくれて、ありがとうございました』
彼がどうしてこんなに厳しい顔をしているのかは分からないが、とりあえず礼を言う気持ちはあるようだった。
『は、はい! ミアちゃん見つかってよかったですね!』
状況を見極めるために言葉を考えている俺を見て、和也がそう言った。リオンさんは、口元を歪め、何か言い淀む様子を見せた。そして、彼が何か発しようとしたとき。
『ほら、ミア。カズヤとハルキに言うことがあるんでしょう?』
ハンナさんがミアちゃんの背中を押してこちらに来た。それを見て、リオンさんは口を閉じてしまった。
『ハルキ。ショーを一緒に見てくれて、ありがとう』
『うん。それから? もう一つ』
しょんぼりしているミアちゃんは、母親に補助されながら『ごめんなさい』と口にした。
『勝手に動いて、迷子になってごめんなさい』
『そう。ほら、二人にもう一回ごめんなさいってしなさい』
『ハルキ、迷子になってごめんなさい。探してくれて、ありがとう』
『カズヤにも、ほら!』
ミアちゃんは不貞腐れ黙ってしまった。和也には謝りたくないようだった。子供とはいえ何てことだ。
『ミーア!』
『ごめんなさい……カズヤ』
観念したのか、小さな声で謝罪の言葉を口にしたミアちゃん。それを聞いて『うん。いいよ』と和也は笑った。膝を折り、ミアちゃんに目線を合わせる。
『ミアちゃん。チャンリオパークは楽しかった?』
和也の問いに、ミアちゃんは少し考える様子を見せた後、僅かに頷いた。
『楽しかった』
『そっか。良かった。明日からは、俺達一緒に行けないから、もう迷子にならないように気を付けようね』
さすが和也、優しいな。と感心していたのだが、ミアちゃんはぷいっと顔を背けてしまった。
『あらら。嫌われちゃったなあ』
『もう、ミアったら。カズヤもあなたを一生懸命探してくれたんだから。ハイ、仲直り! ハッピータイム!』
その言葉と共に、ミアちゃんが和也にハグをした。
『おお、ありがとうミアちゃん……ハッピータイムって何?』
『あのね、仲直りのおまじない。誰かが言ったら、ケンカしててもハグしなきゃいけないの』
ドイツにはそういう風習があるのだろうか。いや、でも和也も知らないみたいだし、ローカルルールか?
俺の疑問に答えるように、ハンナさんがハッピータイムの説明をしてくれた。
『最初は、私とリオン二人で決めたルールなんだけど、いつの間にか子供達とかその友達とかみんなで使うようになって。どうにも落としどころがないケンカってあるじゃない』
『なるほど。便利だね』
『そう。便利なの』
つまり、強制的に終戦する方法らしい。まあ、俺と和也には必要ない言葉だな。ケンカしないし。
「陽輝。今度俺たちも使おうよ。ハッピータイム」
「んん? 俺達はケンカしないだろ?」
「陽輝……俺、陽輝が脱いだ靴下を変なとこに置いておくのとか、許してないからね?」
「え?」
「まあ、この話はあとで、はいハッピータイム!」
その後、頭の中がハテナで埋まったままに、和也とハグした。