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第62話 シュミット一家と10

パークから出ると、まだ辺りは明るい。時計を見ると、午後四時をまわったくらいだった。トラブルもあったが一日楽しく遊んで、ミアちゃんも喜んでくれたようで良かった。ミッション達成だな。

『カズヤ、ハルキ。今日は案内してくれて本当にありがとう!』

ハンナさんがそうお礼を言う。この後、シュミット一家は東京駅の近くのホテルに泊まり、明日明後日と観光をするらしい。

『こちらこそ、楽しかったよ。明日からも楽しんでね』

『楽しんでもらえて良かったです。また会う日までお元気で』

『ありがとう。ほら、ミアも二人にさようならって言おう?』

何だかもじもじしているミアちゃん。ずっと一緒にいたのに、なぜ今更恥ずかしがるのだろう。子供はよく分からないな。そう考えていると、ミアちゃんが俺の元にやってきた。

『ハルキ、バイバイ』

『うん。バイバイ』

『ハルキだけに秘密の話があるの。座って?』

言われるままにしゃがんでやる。ミアちゃんが手をメガホン形にしていたので耳を向けてやる。と、頬に柔らかい感触。キスをされたのだ。

「な……なんで?」

思わず出た日本語。ミアちゃんが悪戯っぽく笑い、帰り道を走っていく。

『まあ、ミアったら! カズヤ、ごめんなさいね』

『いいよお。負けないから』

母親のハンナさんがそれを追っていく。他のメンバーもそれに続いて去っていった。残ったのは俺と和也。

「キスされちゃったね」

「うん。ドイツでは、別れ際にキスをするものなのか?」

「陽輝……相変わらず、鈍感だね」

和也が呆れたように言ってくる。何だ?この俺だけよく分かってないみたいな感じ。

「それよりさ、何か拭くものある?」

申し訳ないが、彼女がさっき食べていたアイスが付いたらしく頬がべたべたしていた。和也にウエットティッシュで、頬を拭いてもらった。

「はい。キレイになった。あ、これはおまけ」

その声に彼の方を向こうとしたら、先ほど拭いた頬に、小鳥のようなキスをされた。

「な……え!?」

突然の事に、自分でも真っ赤になっているのが分かった。

「なんで……」

「何でだろうねえ?」

和也はくるっと回り、こちらを見てきた。

「モテモテで良かったね。陽輝」

「なに? どういう事? 教えてくれよ」

「知らなーい。あ、あのジャグリングの人、まだやってるよ! ずっと投げてるのかな?」

和也が、大道芸人を指さす。確かに、俺達がパークにいる間もずっとやってたのだろうか……じゃなくて!

「気になるだろ? 何かあったなら教えてくれよー」

和也が小走りで俺の追走をよけていく。どこからか舞い降りた桜の花びらが和也の笑顔を彩っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――



『ミア、今日は色々あったから疲れちゃったかな』

パークからの帰りの電車の中。私の肩にもたれてうとうとしている愛娘の様子を見ながら、ボックス席で向き合った夫にそう話を振った。

『うん。それにしても、いなくなった時は本当に肝が冷えたよ』

『そうね。それに関してはよく言っておかないと。これから人生の進路が決まるのに、このままじゃあいけないわ』

寝ている娘の横顔は、赤ん坊の時と変わらない。まだまだ中身は子供で、でももう進路は決まっていて。何だかこっちが不安になってしまう。

『ミア、結局カズヤと仲良くなれなかったわねえ』

半分独り言のようにつぶやくと、リオンが『うーん』と少し唸った。

『そうだね。でも、まあ、無理に仲良くならなくてもいいと思うよ。合う合わないもあるし』

『それって……カズヤがアジア人なことに関係がある?』

リオンがドキリといった様子で困ったように笑う。

『ああ、バレていたか……』

彼は成人すると同時に事故で両親を亡くしている。二人共、国籍や仕事などで相手を判断するタイプだったらしく、出会った頃のリオンもその影響を受けていた。付き合い結婚するにあたり、私達の子供にはそういう人間の見方をして欲しくないという話をして、彼自身もそれに賛同してくれたのだ。

『昔ほどこの考え方に固執してはいないんだけど、どうしても抜けなくて……実はとっさにハルキにひどい言葉を使ってしまったんだ。伝わっていないといいけれど……』 

詳しく聞くと、ミアが転んでしまったときの事らしい。

『最初は、二人が同姓でパートナーだと言っていることも、変わっているなと思っていた。もちろん国籍も関係していて。正直どうしてこんな奴らと行動を、なんて思っていた……しかも、娘はその片方にべったりと来たもので』

『まあ、そうよね。この子はあなたにとって、大切な娘だもの』

『うん。でも、彼らはミアがいなくなった時、必死になって探してくれただろう? 今日出会ったばかりのろくに知らない子供を……少し、自分の中の考えが変わりそうなんだ。またいつか会って話がしたい』

リオンは、暗い窓の外をじっと見ていた。窓に反射して、彼自身の顔が写っている。

『また会えるわよ。きっとね』

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