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第63話 シュミット一家と11

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せっかく都心に出てきたからと、どこかで花見をしてから帰ろうと言う話になった。

陽輝がスマホで検索して、候補を見せてくれる。

「この公園とかどうだろう。夜はライトアップされてるみたい」

「どれどれ……おお、いいねえ」

その公園は、駅から歩いてすぐにあるようだ。名前は知ってるけど実際に行ったことはない場所だった。ナビアプリを起動して、道案内をしてもらう。

「桜楽しみだね」

「うん。楽しみだ」

途中のカフェでいい香りのコーヒーを買って、てくてくと歩いていく。ゆっくり歩いたから少し時間がかかったけれど、何とか目的地に着いた。

「着いたね。入口どこかな」

広い建物あるある(建物じゃないけど)着いたのに入り口が分からない、だ。周りが暗いから特によく分からない。

「ナビによるともう少し歩くっぽいな」

「そっか。もう少しだね」

「でも、ここからでも結構桜見えるな」

「中に入ったら、きっともっときれいだよ」

そんな会話をしながらまた、てくてく歩いていく。

着いた正門周辺は、歩いてきた道に比べてキレイにイルミネーションが張られていて、幻想的だった。

「うわあ、きれい! 生垣にもライトが付いてるんだね。いいねえ」

「そうだな。これを全部設置した人は大変だっただろうな」

陽輝のとても現実的な感想に少し呆れる。でも、確かにそうだなとも思った。

「設置してくれた人に感謝だね」




公園の奥の方に進んでいくと、メインストリートと思しき道に出た。

「わあ!」

桜が満開の、長い直線一本道。その横には、それぞれ地面にビニールシートを張ったり小さなテントを組んだりして花見をしている人たちがいた。

「きれい! 陽輝見て、きれいだねえ」

「うん。すごいな。どこまで続いてるんだろう」

「そうだね。無限に続いてそう」

自分でもそれはないなと思ったけど、陽輝は何も言わなかった。

「近場は結構混んでるな。歩いたら少しくらいすき間あるかも」

陽輝に「どうする?」と聞かれたので、桜を見ながらもう少し歩くことにした。

「結構人がいるんだね。まあ、満開の時期だからなあ」

シュミット一家も明日見られればいいなと思った。桜の花びらを追いかけるミアちゃんと、それを追いかけるハンナちゃんを想像し、少しほっこりとした気持ちになる。

「今日は、色々あったけど、楽しかったねえ」

「うん。和也にもらったプレート、大切にするよ」

「ミアちゃんのも、隣に飾ろうね。大事にしないと」

「ああ、うん。そうだな」

「陽輝、ちょっとめんどくさいと思ったでしょ」

ぎくっとした様子の陽輝が、曖昧に笑う。

「ミアちゃん、陽輝のこと大好きだからさ。せめて大事にしまっておこうね」

「まあ、和也がそう言うなら」

正直、全く嫉妬していないかと言ったら嘘になるから、大事にしまっておくくらいが無難だなあと思っている。それはそうと……

(今日の様子を見ていて思ったけど、もしかして陽輝って子供自体は嫌いじゃないのかな。昔、旅行先で迷子の子供を助けようとしていたし……)

「陽輝ってさ……子供好き? もしそうだったら」

そう切り出した俺の言葉を遮るように、彼のスマホが鳴りだす。スマホをポケットから取り出して着信番号を見た陽輝が、驚いたように目を開き画面を見つめる。

「出ないの?」

身長差で画面が良く見えない。随分長く鳴った後に、着信音は切れた。

「知らない番号?」

「いや……」

何だか、苦しそうにも怒っているようにも見えた。何か考える様子を見せているのは確かだ。

「大丈夫? 陽輝……」

「うん……大丈夫。何でもないよ」

何でもなくは見えないが、これ以上突っ込んでも聞けない雰囲気だった。そうこうしているうちに、またスマホが鳴る。今度は俺のスマホだ。

「え……」

見れば知らない番号だ。タイミングがタイミングだけに何だか不安になってしまう。

「和也。出なくていい」

「え、でも店関係の電話かもだから」

迷いながらも、緑の通話開始ボタンをタップした。

「もしもし」

俺の不安を煽るように、耳鳴りのようなノイズがわずかに聞こえた。

「失礼。こちら、月島和也さんの携帯でお間違いないでしょうか」

低い老齢男性の声だった。新嶋さんに似ているけれど、何か違う。その声が、淡々と問うてくる。

「月島和也さんの携帯番号で、お間違いないでしょうか」

「あ、はい! 俺は月島和也です。あの、そちらは……」

この辺りでおかしいことに気が付く。しまやのチラシにも俺個人の電話番号は書いていない。じゃあ誰なんだこの人。セールス? こんな夜に?

俺の問いに、相手の男性は少し間を置いて、答えた。

「星空陽輝の、父です」

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