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第64話 シュミット一家と12 お母さんの葬式

「え! 陽輝、さんのお父さん?」

陽輝のお父さん。俺達が二十代の時に陽輝が実家を出た時から全く連絡を取っていなかった。それが何で今連絡を。何で俺の番号を知っている?

「和也。話さなくていい」

会話が漏れ聞こえたのか、陽輝が俺からスマホを奪い取るようにする。

「今更何の用事ですか?……は? 俺は冷静です!」

何だか突然修羅場になってしまった。たくさんの花見客にじろりと見られ、あわあわしている俺。彼は俺に背を向け、父親と言い合いを始めた。

「交際を認めない以上、もう貴方と話す事はありません。大体、縁を切ったのはそっちでしょう? 和也のスマホの番号まで調べて……」

しばらく一方的にまくし立てていた陽輝だったが、突然「え?」と言ったっきり、沈黙した。それからは、なぜか大人しく話を聞いているようだった。しばらく話をした後、通話が終わったらしく俺に向き直り、スマホを返却してきた。

「は、陽輝……大丈夫?」

周りはネオンで明るいけれど、陽輝の表情は影になっていてよく見えなかった。

「和也……」

その声は小さなもので、先ほどの会話で何かあったのは明白だった。

「どうしたの。お父さんに何か言われたの?」

「……いや、何でもない」

「何でもなくないでしょ? どうしたの!」

様子がおかしい彼の腕を掴んで揺さぶり問いただすと、彼は一言呟いた。

「母さんが、亡くなったらしい」



陽輝のお母さん。

彼のことをとても大切に思っていて、でも俺達が付き合う事を認めてくれなかった。そのせいで俺達は離れなくてはいけなくなって……それが、付き合い始めて最初の出来事だった。

そんな彼のお母さんの通夜会場に着いた俺(和也)と陽輝は、受付近くに来ていた。

「陽輝。大丈夫?」

隣にいる彼を見やる。真一文字に結ばれた口元に平時より少しだけ見開かれた目。きっと、努めて感情を出さない様にしているのだろう。いつも一緒にいる俺でも、彼の心のうちは計れなかった。

「うん。行こう」

それだけ言うと、彼は受付に向かって真っすぐに歩き出した。

「この度はご愁傷様でございます」

受付の女性に礼をして、香典を渡し、帳面に名前を記す陽輝。その文字を見た受付の女性が、はっと息を飲み彼の顔を盗み見るのが分かった。俺も、陽輝に続いて名前を書いていると、周りにいた人たちの声がひそひそと聞こえてきた。

「なあ、あれって……」「奥様の……」「あの勘当されたっていう」「隣の男が……」

断片的に聞こえる言葉に聞こえない振りをして記帳を続けた。書き終えて二人で会場に入ろうとした時に「よく顔出せるよな」と聞こえたのは、ちょっと堪えた。

陽輝が立ち止まり、声のした方向を無表情のままに見つめる。気まずそうに目を逸らして、加熱式タバコを咥えだした男性がいた。

「行こう。陽輝」

そう言って、彼をたしなめ、中に入った。




早めに着いたから式はまだ始まらない様子だ。俺達は、まっすぐに喪主の陽輝のお父さんの所へと向かった。俺達に気が付いたお父さんは、陽輝と俺を交互に見てゆっくりと一礼した。

俺達も礼を返す。

「この度は、ご愁傷様でございます」

「他人行儀だな。家族だろう」

「あの時、俺を他人だと言ったのは貴方ですよ」

静かな会話の中、横にいる俺はケンカが始まらないか少しだけはらはらしていた。でも、陽輝はこんな公の場所でケンカしないとも思った。

(お母さんが亡くなって、今陽輝はどんな気持ちなんだろう……俺はどうしたら……)

「母さんのお顔を見てもいいですか」

「ああ。見てやってくれ」

棺に向かう陽輝についていこうとしたら、お父さんに手招きされた。

「な……何でしょう?」

覚えはないけれど何か怒られることをしただろうか。恐る恐る近づく。

「陽輝は、元気でしたか」

「え、あはい。とても元気です。ジムにも行ってるし」

反射的に答えてから、そういうことを聞いているんじゃないなと気が付いた。

「元気に、暮らしてますよ。最近は俺の海外にいる知人とも仲良くしてくれました」

そう言うと、お父さんは安心した様子で「そうですか」とわずかに笑みを見せた。

「ありがとう。和也さん……これからも息子をよろしくお願いします」

そう、深々と頭を下げられる。慌てて俺も同じくらい礼を返した。

「いえ、こちらこそ。ありがとうございますっ」

そんなことを話しているうち、後ろに喪主にあいさつをしたい様子の人が現れだしたので、俺は陽輝の所に行くむねを伝えて、お父さんの元を去った。

「陽輝。俺もお母さんの顔、見ていいかな」

「うん」

棺桶の開いている箇所から陽輝が少し身を引いて俺に場所を開けてくれる。俺が最後に見た時の鬼のような顔からは想像できない、安らかなお顔だった。これが、元々のこの人の顔なのだろう。

「きれいなお顔だね」

そう言い、陽輝を見上げる。彼は涙ぐんでいるように見えた。

「大丈夫?」

「うん。大丈夫だ。問題ない」

急にお母さんが亡くなって、大丈夫じゃないよな。見ているのが辛くなった。でも、こんな時こそ俺がしっかりしなくては。陽輝とずっと一緒にいるんだから。

「少し、外行こうか。まだ式始まらないだろうし」




大きな道路に面した式場は交通の便もよく、昔車で建物の前を通ったこともあった。中に入るのは初めてだけど。

「この辺久しぶりに来たけど、だいぶ雰囲気変わったね」

そう半分独り言で言うと、陽輝は小さく「うん」と反応してくれた。

「あそこの店、昔はピザ屋だったね。あっちはおもちゃ屋だった。建物の形が変わらないからすぐわかる」

「そうだな」

「……ごめんね俺ばっか話して。どこか座るところあるかな」

少し建物の裏に入った所に喫煙所があったので、そこのベンチに座ることにした。しかし小さなベンチだから男二人だとぎゅうぎゅうになってしまった。

「ちょっと……狭いね」

何だか悪くて立ち上がろうとすると、彼は無言のままに俺の手を引いてくる。

「え、座るの?」

手を引かれ、再び座るように促される。隣に座ると強く抱き締められた。

「陽輝……」

そして、しばらくしてから彼は離れていった。

「ありがとう。もう、大丈夫」

こういう時に彼が大丈夫と言う時はあまり大丈夫じゃない。それでも、覚悟の決まった様子の目を見て俺は問いかけた。

「式、出られそう?」

「うん。出る」

すっと立ちあがる陽輝。

「母さんは確かに過保護でヒステリックで、俺達の邪魔ばかりしてきた。でも、それでも俺のたった一人の母親だから。きちんと向き合って送り出したいんだ」

そう言い、陽輝は俺の方を向いて手を伸ばす。

「行こう。そろそろ式が始まる時間だ」

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