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第65話 お母さんの葬式2

通夜は、つつがなく進んでいった。海外にいたこともあり、物心ついてからこういう式に参加するのが初めてで緊張していたけれど、隣に陽輝がいることで幾分か気が紛れていた。でも、お焼香は一人で行わなくてはいけない。

(陽輝も頑張っているんだから、俺も頑張らなくちゃ。失敗したらお母さんにも申し訳ないや)

そう考えて少しドキドキしていると、陽輝が俺の手を握り「大丈夫」と小さく声をかけてくれる。そろそろ俺の番だ。緊張しながらも前に出て行く。

(前の人のやり方を見ておこうっと)

前に並んでいたおじさんの様子を盗み見て何とか事なきを得た。

お経が流れる中顔を上げると、お母さんの大きな写真が目に入った。ぼやけた背景の中で、微笑んでいるものだ。

この人は、陽輝と俺が一緒になることを喜んでいなかった。もしかしたら亡くなる間際までそうだったのかもしれない。それでも。

(陽輝とずっと一緒にいたいので、どうか見守っていて下さい……)




突然だけど、俺のママは陽輝のお母さんと同じくらいの年齢だと思う。俺と彼が同い年な事を考えるとそれは当然で。式の途中でふと考えてしまう。変わらず元気なように見えて、ママも還暦を超えてもう七十歳が見えてきている。急に親の死を身近に感じて胸がきゅっとなった。

「軽食を用意してある。食べていきなさい」

「はい。では少しだけ……」

前日にネットで調べて存在を知った。これが通夜ふるまいというものか。広い部屋を一室使った会場では、おいしそうな食事を前に、人々が静かに食事をとっていた。俺達も空いている席を見つけて、スープを配っているスペースに向かった。

「え、これってフカヒレ? すご……」

思わぬ高級食材に、感想が口に出てしまった。いつもなら陽輝が笑ってくれるのだが、今日は頷くだけだった。

「ごめん。びっくりしちゃって」

「いいよ。通夜ふるまいを喜んで食べることは、故人の供養になるんだ。きっと、母さんも喜んでくれてる」

陽輝は許してくれたけど、俺もいい歳だし感情がそのまま口に出てしまう癖なおさないとなあ。

「そうだね。ありがとう陽輝」

大皿にあった玉子のサンドイッチを食べてみた。おいしい。でも笑ったりする気にはならなかった。

「陽輝……」

「どうした?」

「陽輝はさ、子供好き?」

「急にどうしたんだ?」

俺は、ずっと考えていたことを少しだけ話そうと思った。しかし、タイミングが良いのか悪いのか、俺達の元に一人の女性が近づいてきた。

「あの。陽輝さん……」

見た目六十代くらいの女性だ。何だか見覚えのある顔な気もする。誰だろう。

「家政婦の田辺です。覚えてらっしゃいますか?」

「ああ、田辺さん。もちろんです」

陽輝がそう答える。

「お手伝いの田辺さん。和也も会ったことあるはずだよ」

「ああ、あの時の」

二十代の時。陽輝が星空家と縁を切った日。お母さんにナイフで襲われたときに、俺を庇ってくれたお手伝いさんだ。

「坊ちゃん。この度は何といいますか……和也さんもお久しぶりで。お二人共立派になられましたね」

「田辺さんもお変わりなくて良かった。あの……」

陽輝が少し言い淀む様子を見せる。

「俺がいなくなってから……父さんと母さんはどんな様子でしたか」

あの時から、俺達の間で星空家の話をしなかった訳ではない。しかし、俺から彼の家族に会おうと強くは言えなかった。俺と一緒にいる為に陽輝は家族と縁を切ったのだから。

田辺さんは少し躊躇うような顔をした後に、様子を話し始めた。

「旦那様は変わらずと言ったご様子でした。私、経営の事はよく分からないんですが、今は会長になっているみたいです。奥様は……とにかく坊ちゃんの事を心配していました」

「そうですか」

陽輝は薄く笑みを浮かべ、それに答えていた。俺は、彼のその顔を少し怖く感じた。

(何だろう……心配されてたのに、うれしくないのかな)

でも、なんとなくそれを聞くタイミングではないなと思った。

「では、食事も頂いたので、俺達はそろそろお暇します。和也、行こう」

「え? ああ、うん」

「田辺さん、お元気で」

急に席を立った俺たちに困惑している様子のお手伝いの田辺さんと周りの人。それを背に俺と陽輝は通夜振る舞いの広間を抜けた。




「陽輝、喪主さんに……お父さんに挨拶してから帰ろうよ」

そのまま建物の出口に向かい帰ろうとする彼に、驚いて声をかけた。

「せっかく会えたのに。それに主催者に無断で失礼になるんじゃ……」

焦ってそう言うと、彼は「いや、いいんだ」とそれだけ言い、後は何か声をかけても答えなくなってしまった。

彼が車のキーを回してエンジンをかけ、俺たち二人を乗せた車が走り出した。

(陽輝、もしかして何か怒ってる? 何で……)

気まずい沈黙が場を支配していた。俺に怒っているのかというと、多分違う。でも彼が何に対して怒りを抱えているのか、俺でも分からなかった。

会場からだいぶ離れたなと窓越しに道を眺めていると、陽輝がコンビニの駐車場にハンドルをきる。停車した中で彼の動向を観察していると正面を向いたままの陽輝は、ポロリと涙をこぼした。

「え……!」

驚き、どうしたのと声をかける。

「ごめんね。気まずい思いをさせて」

「そ、それはいいんだけど……大丈夫?」

「うん。大丈夫だ」

全く大丈夫に見えない。

「やっぱりお母さんが亡くなったから…….それとも別のこと? もしかして、親戚の人に何か言われたから?」

「いや、違う」

一筋また一筋と止まらない彼の涙。四十を越えた男泣きに動揺してしまう。彼は涙を拭いながら、淡々と話し始めた。

「あの母さんが、俺達の関係を許していたとはどうしても思えない。田辺さんは気を遣ってくれたんだろうけど何だか……母さんの本当の気持ちはもう聞けないし」

「陽輝……」

「自分で選んだ事なのにな。もっと話しておけば良かったなんて、考えてしまうんだ」

彼は、俺と一緒にいる為に仕事も家族も全て捨てた。彼の性格上、一度決めた事を曲げられなかったのだろう。連絡を断ったことを後悔しているのだろうか。

「陽輝。会場に戻ろう? お父さんに、本当のことを聞いてみようよ」

「怖いんだ。母さんを、孤独のままに死なせてしまったんじゃないかって。取り返しのつかない事をしたのかもしれないって……」

「陽輝……」

俺は、声をうわずらせうなだれる彼の手を、ただ握ることしか出来なかった。

結局、その日会場に戻る事は出来なかった。俺から陽輝のお父さんに電話をして、帰宅するむねを伝え、非礼を詫びた。家に帰ったのは、夜中だった。

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