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母さんが亡くなってから、俺(陽輝)の中にあった罪悪感は和也の言葉によって拭われた。毎年、墓参りに行って近況を報告するんだ。それに言ってしまえば、もう俺達の関係を邪魔されることもない。父さんとも和解し、何も恐れる事はないはず、だった。だったのだが。
「和也。何を調べてるんだ?」
事務仕事に使っているパソコンを、彼が触っているのを見てそう問いかけた。彼はさっとパソコンを閉じて「何でもないよ!」と部屋を去っていった。
「何だ? まるで……」
秘密の調べものみたいな……
いや、そうだとしても知らない振りをするのが男と言うものじゃないか? ましてや履歴を見たり、そこから想像したりなんてするものではない。
「………少しだけ」
好奇心に負けて、パソコンを起動した。検索履歴は……
「養子縁組……?」
「陽輝……あのさ」
「うわ!」
開いたドアのすき間から、和也が居心地が悪そうな顔で覗いていた。
「あ、びっくりさせてごめん!」
それは、検索履歴の事なのか、それとも急に登場した事についてなのか。それを問うと「うーん」と考える様子を見せ、和也は俺の前に現れてゆっくりと正座した。
「驚かせついでに……ずっと考えてたんだ。聞いてくれる?」
「も、もちろん……聞くよ」
「あのね。俺、子供が欲しいなって思ってて。でも、自然にはできないじゃん? だから……」
「だから、養子か」
「うん。最近色々あったし、もう少し考えてから話そうかと思ってたんだけど……変なタイミングになっちゃったなあ」
頭を掻き「えへへ」と恥ずかしそうに笑う和也(かわいい)は、少し不安そうに俺の目を見てきた。
「陽輝はさ、子供のことどう思う?」
「うーん……」
正直考えたことがなかった、というのが答えだった。俺と和也との間に子供がいたら、というのは昔考えたが、それは空想の域を出ないもので……
それを伝えると、和也の表情が少し明るくなった。
「じゃあ、子供を迎えることは前向きに考えてくれるんだね?」
「いや、ちょっとだけ……考えさせて欲しい。話が少し急だから」
「あ……そうだよね。ごめん! じゃあ、考えがまとまったら教えて?」
そんな話をした次の日。午前中ホールの仕事をしながら、俺は彼がどうして急に子供が欲しいなんて言い出したのかを考えていた。ちなみに今日はパートタイムの子の一人が急に体調を崩したらしく欠勤で、忙しくなりそうだ。
(一般的にパートナーとの間に子供が欲しいというのは当然の考え方だけど、血の繋がりがなければ意味がないのでは……)
ぼんやりと思考していたら、和也に心配された。
「どうしたの? 元気ない?」
「いや、昨日のあの話、考えてたんだ」
「ああ……そんなに重く考えないでいいからね? ちょっといいかもなんて、考えている段階だから」
それでも、和也が欲しいと考えているなら叶えてあげたいと思っていた。
「まあ今度の休みに、調べてみるか。いい施設があれば、見に行ってもいいし」
「ホント? ありがとう陽輝!」
そう俺に笑いかける和也は、やっぱりかわいかった。
ネットで調べるかぎり、同性カップルが異性カップルと同じように子を持つには、法律がまだ整備されていないようだ。
「なんだかよく分からないや。結局俺達、養子縁組はできるの?」不安そうな和也。
「特別養子縁組……つまり元の親と完全に縁を切って養子にもらう事は出来ないみたい。でも、養子にもらう事自体は出来るよ」
まだよく分からないと言った顔をしている和也。まあ、俺も少し調べただけだからまだ完全に理解した訳ではない。
「元の親と育ての親、二組の親がいる状態になるって事」
「なるほどね」
「えっと、近くの施設もいくつかあるな。連絡とってみるか」
「わあ、何かドキドキする」
「あ、その前に。和也は、どんな年代の子を考えてるんだ?」
子供と言っても、零歳から十九歳までいる。あらかじめイメージを固めてからの方が良いと考えたのだが。
「え。そうだなあ……」腕を組み、考え出す和也。
「考えてなかったのか?」
「いや、何となーくは考えてたんだけど……これくらいの背丈で」
立ち上がり、膝の辺りを手のひらで表す和也。だいぶざっくりしている。
「男の子? 女の子?」
「うーん。男の子? いや、女の子でもいいかな」
「なるほど……」
これは、実際に連絡する前に、もう少し話し合った方がよさそうだ。
「そもそも和也は、どうして子供が欲しいんだ?」
ただ、二人での生活にマンネリを感じているのならば、子供でなくても例えば動物を飼うとかでもいいだろうと考えていたのだが、聞いた彼の考えは思ったよりもちゃんとしていた。
「あのさ、俺ってパパが早いうちに亡くなったじゃん? だから、子供の頃すごく寂しかったんだ。皆には普通に父親がいるのに、何で俺にはいないんだろうって……だから、俺みたいに寂しい思いをしている子供がいるなら、うちに来て幸せにしたいって思って」
きっと和也は、自らが父親になる事で昔の傷を埋めようとしているんだ。そういう事ならペットを飼う方向は間違っているなと思いなおした。
「分かったよ和也。そういう事なら、きちんと探そう」
「うん。俺も、どんな子が良いか考えてみる」