目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第89話

 街道から離れた場所で休憩をすることになったアオとアサリナ。


 アオになにがあったのか聞きたいが、それを聞いても答えてくれるのだろうか。そんな不安を抱いていたが珍しくアオの方から話してくれた。


「わたし、大切な人に殺意を向けられたことがあるんだ。首を絞められて、殺してやるって」

「そんな重いこと考えてたんだ……⁉」


 それからアオは、言える範囲で考えていたことを伝えた。


 翠の感情が創った世界を巡るということなど、この世界の成り立ちについてなどは避けて。


 話を聞いたアサリナは、目を伏せるアオの頭に手を伸ばす。


「ありがとー、話してくれて」

「触るな」


 その手を乱雑に振り払ったアオ、その顔はどこかスッキリした様子だった。


 元の世界でのこと、翠との関係性、本当は言いたくなかった。だけど、これから先は不安を抱えたまま行ける場所ではない。意固地になっていても変わらないし、むしろ状況は悪化する。それなら、話すことで少しでも不安が解消され、スイを探すことができるのならその道を選ぶ。


「相変わらず冷たいなー」


 アオの態度にもう慣れた様子のアサリナ。今までのアオのリアクションの理由が分かったこともあり、アサリナも、もう拗ねることは無いだろう。


「よーし。それじゃー着替えよっか。これから先、さすがに魔法使いセットでいたら姿を消す意味が無いもんねー」


 いつまでも休んでいる暇は無い。早速と、アサリナがこれから先の動きを話してくれる。


「服は、こーする」


 アサリナが杖で自らの体を軽く叩く。淡い光に包まれた服は旅人然とした服装に変わる。あまり派手な色ではない、自然に溶け合うような色をしたスカートにシャツだった。


 自分の服装が変わった後、続いてアオの体も軽く叩いた。


 アオの服装も、アサリナとあまり変わらない物だった。


「ズボンの方が動きやすいんだけど」

「あー……、アオはぶとー派だもんねー」


 もう一度軽く叩くと、スカートからズボンに変わる。


「これってどういう魔法なの?」


 服を瞬時に着せ替える魔法なのだろうか。履いている物が変わった時、履き心地も変わったのだ。


「見た目を変える魔法だよー。魔法使いセットを着てるじょーたいだけど、見た目がこの服装に変わるんだー」

「でも、スカートの時とか、スカートだったよ?」

「その服装に対応したものにしないと、動きに違いが出てバレるからねー」


 そう答えたアサリナは誇らしげだった。


 この魔法は変装の魔法として使っているらしい。潜入する必要がある時、防御力を落とさずに服装を変えるための魔法。


 身に着けている物の動きでバレないように、その言葉でアオは、アサリナはかなりの修羅場をくぐっているのではないかと予想する。


「なるほど。でもこれって解けないの?」

「まーずっとって訳じゃないから、一日おきにかけ直さないとダメー」

「じゃあ心配無いか」


 それなら、二人が行動している時間は大丈夫ということだ。


「おっきなダメージ受けたらさすがに解けると思うけどねー」


 そんな状態になれば変装の意味も無い。


 これでこれからの地域に入る準備ができた。後はアオが姿を消す術を維持するだけだ。


 魔法と違って仙術は、その瞬間でしか変化を起こすことができない。それもまた一つの違いだ。


「これから、試しに近くの町まで姿消して行こっか」

「分かった」

「ごめんねー、抱きつかせて」

「別にもういいよ。知ってもらってるだけでありがたいから」

「えー、嫌がってくれないとあたしもアオのこと好きになっちゃうかもー」

「そういうのいいから」


 事情を話したことにより、アサリナとは幾らかはやりやすくなった。スイに対する不安も、消えてはいないが、抱え込まなくなったおかげで、これなら仙術を使うこともできるだろう。


 早速箒に乗り、アオはアサリナを抱きしめる。そして集中して姿を消す。


 姿か消えたかどうか、アサリナは鏡で確認して出発する。


 アオが集中できている間にどこまで距離を稼ぐことができるのか。アオには言っていないが、実は本当に姿を消さなくてはならない場所はもう少し先だ。


 今のうちに、アオが姿を消していられる時間を確認して、ルートを考えておく。


 アオが集中して話し相手がいない間、アサリナは一人でどうでもいいことから真面目なこと、色んなことを考える。


 それでも箒は真っすぐ飛ばせるし、姿が消えているかどうかも確認はできる。


 だからアオの、一つのことにしか集中できないということはあまり共感できない。


「でも昨日は使えてたんだよねー」


 アサリナは昨日の光景を思い出す。のぼせたアオを運び出した後、乾ききらなかった服に含まれた水を使った術だ。


 仙術は魔法とは違い、なにも無いところからなにかを作りだすことはできないと聞いてはいたが、魔法では真似できないことをやってのけた。


「きれーだったからなー。また見たいんだけどなー」


 小さな水の花が咲く様は今まで見たこともない神秘的なものだった。


 服が吸った水が種子となり、発芽し、成長し、透明な花が咲く。まるで本物の植物のように成長して咲く。最後床に落ちてしまったのは残念だが、それは仕方のないことだ。


 修業として、またやってくれないだろうか。


 そんなことを考えていたが、この段階で鏡を見てみる。


(まだ消えたまま)


 この調子なら、目的の町まで持つだろう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?