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第91話

 再び集中力を高める。花を咲かせることだけを考える。


 記憶は殆ど無いが、昨日の夜同じような術を使えたからか、小さな花が咲いた。


「できた……⁉」


 あまりにもあっさり成功してしまい、使ったアオも驚いてしまう。


 すぐに隣の植物へ向き、集中力を高める。そちらの植物も上手く咲いた。


「成長してる……?」


 それ以外考えられない。今までより集中力を高めやすいのだ。


 アオはとりあえず周りに生えている植物全てに花を咲かせる。


「アオ―ご飯できたよー。ってすごーい‼」


 調理を終えたらしいアサリナが、焼けた肉のいい香りを纏ってやって来る。その香りにお腹を鳴らしたアオ、その顔はどこか嬉しげだった。


 まず、失敗せずに使えたことを喜ぶべきだろう。お祝いとばかりに、アサリナは焼いた肉と野菜を盛った皿をアオに渡す。渡したのは僅かだが大きいお肉の方だ。


 花を見るように、二人で並んで食事を摂る。


「香辛料かけて焼いただけー」

「でも美味しいね。お肉柔らかくて」

「ねー。固いと思うけど柔らかいんだよねーウサギって」


 この肉はウサギを狩った時に貰ったウサギの肉だ。あの巨体であの俊敏さ、筋肉の塊みたいなウサギだが、その肉は意外にも柔らかいのだ。シチューを食べた時は長時間煮込んだから柔らかいのだと思っていたがそうではないとのこと。


 下処理の腕がいいのか、臭みなども無い。そしてなにより大きい。


 食べたそばから活力が湧いてくる気がする。これならまだまだ頑張れる。


 今のアオは気分が良かった。


「ねーアオ! あたしにも見せてよ‼」


 食事を終えた後、アサリナにせがまれたアオは花を咲かせるところを見せることにした。


 花が咲く植物の下へ行き、集中力を高める。


 今度も上手くいき、見事に花を咲かせることができた。


「すごーい!」


 アサリナが握った手をぶんぶん振りながら褒めてくれるのを、アオは素直に受け取ることにした。


 一通り喜んだ二人はすぐに真剣に考え始める。仙術を使えたのはいいが、問題点は変っていない。例え集中して使えるようになったとしても、他に意識を割くことができなければ無駄なのだ。


 こればかりは一朝一夕でできるようにはならないのは、アオも理解している。それでも使えるようになるためには考え続けることが大切なのだ。


「多分昨日使えたから、身体が覚えてるのかもしれない」

「そーなの?」

「それしか考えられないかな、と。姿を消すのも、あれだけ練習したから持ったと思うし」

「やっぱそーだよねー。でもそれに意識を全部向けちゃったら意味無いんだよー?」

「そうだけど……」


 そこで一度話を切り、二人は唸る。


 集中すれば仙術自体を使うようになることはできたのだから、その先を突き詰めればできるようになる――とは思えない。


 それとこれとは全く別物なのだ。


「いっそのこと、このまま突き詰めればいいんじゃ……?」

「どーいうこと?」


 アオは思いついたことをアサリナに説明する。


「もう他のことと並列して使えるようになるんじゃなくて、集中をずっと維持するとか、必要に応じてその一瞬だけ集中力を高められるようになる、とかを目指した方がいいんじゃないかってこと」

「つまり、できないことをできるよーになるよりも、できることを更にできるよーになるってこと」

「そんな感じ」


 アオの案について、腕を組んだアサリナは眉間に皴を寄せる。


 確かにアオの案はいいかもしれない。この先できるようになるか分からないことよりも、既にできていることを更に突き詰めようとする方が最低限の保証がある。ただ、できることの幅が狭まってしまうとも思うのだ。


アオが探している人が仮に祭壇にいたとして、どこにいるのか。開けた場所にでもいれば問題はない。自分も行けばいいからだ。姿を消して箒で飛ぶことができるのならそれでもいい。問題になるのは、そうできない場所にいた時だ。もし箒で飛べなければ、アオは一人で行くことになるかもしれない。そうなれば、魔法も使えないアオはどうするのだろうか。恐ろしいほど高い身体能力を有しているのは知っているが、人一人でできることなどたかが知れている。隠れる必要が無ければそれもどうでもいいのだが。しかし、今はそれすら分からない状況なのだ。


 どちらを選んでも賭けになる。それならば――。


「いーと思う……、うん! いーと思う!」


 アサリナはアオの考えを支持することにした。アオの考えの結果が間違いになろうとしたなら、アサリナその間違いを捻じ曲げてやると決意する。


 アオができそうなことを全力で支持する。魔法だってそうだ。自らができると思ったことを起こすことができる。


 アサリナの答えを聞いたアオは、よし、と気を引き締める。


 アサリナに、自分と翠の関係を話してから胸のつかえが取れたかのようにスッキリとした。そこから集中できるようになったし、色んなことを思いつくようにもなった。それに、昨日からの修業の成果も出ているはずだ。なによりも一番大きかったのは、昨日仙術を使えたことだ。その時のことは殆ど憶えていないが、それでも身体が覚えていてくれたおかげで一気にレベルが上がったような気がする。


「よーし、それじゃーきゅーけいも終わって、そろそろ再開しよーか」


 そうして再び箒に乗り、アサリナを抱きしめる。


 集中力を高めて姿を消す。どんどん深い水の中に沈んで行くような、周囲の情報を全て切り離し、姿を消すことだけに意識を向ける。


 それをアサリナは鏡で確認してから箒を走らせる。


 上空へと昇った箒から、アサリナはこれから向かう先を確認する。


 もうここから先の地域は、アサリナが知らない地域だ。なにがあるのかは分からない。町の場所や地形など、今はまだ平原が続いているが、視線の先に山脈が広がる。その先がどうなっているのか、まだ見ることは叶わない。


 眼前に広がる山々を見ながら、アオはふと思い出す。


 ソーエンスにほど近い場所にある山のことだ。


 あの山はこちらの方角から、この世界の中心であるタステに行くためには必ず通らなければならない場所。そこにいる山賊、なぜか人的被害は報告されていない、物を奪うだけの集団。


 今見えている山でも、山賊は間違いなくいるだろう。それに、山賊だから当然人を襲うだろうともことも。ソーエンスに近いあの山にいる山賊なんて生易しいものではない、本当の山賊が。


 アサリナは少し飛ぶ高度を下げた。山なんて飛び越えればいい、そう思った。でもアサリナはそれができなかった。


 あの山のように、護衛でも頼める場所があれば高度を上げようと思っているが、もしそういった場所が無ければどうだろう。山を越えている最中、山賊に襲われている人に出くわすかもしれない。


 魔法を使わないのなら止めておけ、そういう自分の声も聞こえるがそれでも止めることはできない。


 魔法を使えなくともそこそこ戦えるし、それでも危なければ魔法を使うつもりだ。開けた場所ならまだしも、山の中なら、魔法を使ってもバレにくいはずだ。


 そしてもう一つの理由を、アサリナはいい訳のように並べる。


(アオの実戦相手にもなるかもしれないしねー)


 そんなことを考えながら箒を飛ばすのだった。

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