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第19.5話 君の幸せの場所は、

 双子の弟は、双子というだけあって、オレそっくりだ。

 眼の色も、髪の色も、身長だって同じ。見た目は、瓜二つだった。

 でも、中身は全然違った。

 難しい思考は苦手なタイプで、考えるよりも先に動いてしまう。悪く言えば短絡的。

 そのくせ、正確は穏やか、というか優しい。優しすぎる。自分が何か言われてもそんなに怒らないくせに、オレや友達が貶されれば猛烈に怒ったりする。

 自分が得をするよりも、誰かが得をした方が喜ぶ。そんな不思議なヤツが、オレの半身だ。


 オレたちが中学三年生だった時。卒業式。

 養父母は式こそ参加してくれたけれど、「あとは友達と沢山話しておいで」と、先に帰ってしまった。

 オレはそんなに話す相手はいないけれど、カズトを置いて帰るわけにもいかない。

 他人なんて基本どうでもいいオレと違って、カズトには友達が多い。色々と別れの挨拶をしているようだった。

 こういうところも、オレとカズトは全然違う。つるんでメリットのない他人なんて放っておけばいいのにと思うけど、カズトにとってはそうではないという。理解は出来るが、共感は出来ない。

 暇を持て余してぼうっと校庭を見ていると、校門の方に見覚えのある姿が見えて、思わず嫌な声を出してしまった。

「げっ」

 苦い顔をしたオレを見て、相手も気づいたらしい。こっちに向かってくるソイツに、オレは隠すことなく全力で舌打ちした。

 オレとカズトが進学する近所の高校の制服をきたソイツは、先輩でもあり幼馴染でもある星空ハルキだ。

「卒業おめでとう、朔」

「どーも。お前に言われてもうれしくねーよ。カズトはあっち」

「そうか」

 どうせ目当てはカズトなのは知っている。会わせるのは癪だが、そのままここに居られるのも嫌だった。

 カズトの方に歩いていくハルキの背中に、もう一度舌打ちする。

 弟を大切に想ってくれているのはありがたい。ありがたいが、お前に大切な弟をやるかというと話は別だ。

 はあ、と溜め息を吐いて、カバンからカメラを取り出す。折角この季節の卒業式、桜が舞っているのだから、何枚か写真を撮ってもいいだろう。

 三年間過ごした校舎と、桜と、青空。思い入れが無いわけではない。

 いい角度を探して、シャッターを切ろうとした時だった。

「なあ、サク!」

 背後から思いっきり大声で呼びかけてきたのは、紛れもなく双子の弟で。集中するタイミングで話しかけるなとイライラしながら振り返る。

「なんだよカズト!急に話かけんな!」

「写真とって!」

「誰の!」

「オレたちの!」

 オレと、愁と、ハルキ! そう言われて、嫌な名前が含まれていることと、撮る対象が人間であることに眉を顰めた。

「オレ、風景専門なんだけど」

「わかってるけど、オレ自撮り苦手だし」

「ええ……」

 なんだそれ。なかなかに身勝手な理由が聞こえて、面倒くささが倍になる。愁はまだいい。しかし正直ハルキがいる時点で撮る気はしない。

「いいじゃん!な!頼めるの、サクくらいしかいないしさ」

 頼むって! といいながら手を合わせるカズトに反論しようとして——その気を失くして、声は溜め息に変わった。

 双子だというのに、この弟はまさしく『弟』だった。

 頼むのも、甘えるのも上手い。人の心を掴むのが上手い。コノヤロウ、と思いながらも、結局許してしまう自分がいるのが腹立たしい。

「カズト」

「なに、いたっ!!」

 一発、それなりに強めにデコピンをかましてやった。本当だったら絶対にやりたくもないことを、こいつの『お願い』でやってやるのだ。これで済ませてやっただけありがたいと思って欲しい。

「貸し、ひとつな。今度ゴミ出し当番、お前一回代われよ」

「ええ、横暴……」

「何か言ったか? オレ、このまま帰ってもいいんだが?」

「なんでもないでーす。ほら、こっちこっち!」

 コロコロと表情を変え、今度はひょうきんな様子でオレの手を引く。ハルキと愁が待つ場所へと連行されると、愁は全てを察しているのか苦笑いを浮かべていた。ここで止めようとしないところがこいつだ。知ってた。

 三人から少し離れた場所からカメラを構えようとしたところ、カズトは「あ」と声を上げた。

「なあ、サクも来いよ!」

「はあ?」

「セルフタイマーで出来るだろ!ほら!」

 人を撮ることですらあまり好きじゃないというのに、今度は一緒に映れと言ってくる。面倒臭さがすごい。

 しかし大きく手を振る弟は、オレが参加しなければずっと呼び続けそうな勢いさえあった。

 本日何度目か分からない溜め息を吐いて、近くにあった朝礼台にカメラを置き、セルタイマーをセットする。本当はここまでするなんて面倒だし、いつもなら絶対やらない。やらないのだけれど——一生に一度の、中学の卒業式だ。今日くらい、大目に見てやってもいいだろう。

「ほら、もう少し詰めろ。オレ、愁の横行くから」

「おう!」

「双子並ばなくていいのかよ、朔」

「愁はいいからそっち寄ってろ。タイマーの後に隙間に入るの面倒なんだよ」

「はいはい」

 このわちゃわちゃは、この卒業式が終わっても続く。オレもカズトも愁も、同じ高校に行くことが決まっているからだ。

 ただ、この中学の学ランで、この校舎の前でこうやって集まれるのは最後だ。

——とは思ったけど、一人は既に高校生だからブレザーで、一人に至っては男のくせにセーラー服だ。なんだこの集団。まとまりねえなあ、なんてふと思ってしまった。

 セルフタイマーをスタートさせ、オレは愁の横に駆け足で入る。チカチカと光るカメラに視線を向けて、きっかり十秒後、シャッターが切られた。

カメラを確認しに戻ると、意外ときちんと撮れている。約二名の距離が少し近いのが気になるが、もうそこは突っ込まない。

「撮れたぞ。あとでデータ、三人宛に送っとく」

「やったー!サンキュー、サク!」

「今日だけだ、ったく」


「四月からオレたち、ハルキと同じ制服着れるんだな!」

「学ランも似合ってるだろ」

「そりゃあ学ランも良かったけど、ハルキと同じのもいいなって」


 隣り合って話すカズトとハルキを、愁があきれ顔で見つめている。

 いつもの光景。中学に入ってから、よく見た景色。


——あれ。ああ、そうか。……そっか。


 ハルキが、カズトを見つめる視線と。

 カズトが、ハルキを見つめる視線。

 今気づいたわけではない。ずっと前から、察してはいた。認識したくなかった。考えたくなかった。見なかったことにしていた。

 でも、今こうして目の前で話す二人の表情は——間違いなく、『唯一無二』を見つめるもので。

 ふと、カメラを構えて。二人だけが映るよう、シャッターを切った。

 パシャリという小さな機械音が鳴る。きっとこれは、オレにしか聞こえていない。

 液晶画面には、微笑み合う二人が——今までで一番きれいに笑っている半身が、映っていた。


 嫉妬かと言われると、わからない。

 寂寥かと言われても、わからない。

 この気持ちに、どう名前をつけたらいいか。その答えを、オレは知らなかった。


 オレにとって、カズトは弟で、家族で、半身だった。

 何よりも大切で、幸せになってほしかった。その為なら、何でもしていいと思うくらい。


 この感情に名前を付けるには、オレの中には欠落したものが多すぎた。

 ぽろぽろと穴の開いた心は、ただただ半身の幸せを望む。

 その為に、どうしたらいいのか。分かりたくなくて、目をそらして——画面の中の半身は、いっとう、幸せそうだった。





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