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第60話 なんでいま!?

「おはようございます、セフィリアお嬢さま。あれ、今朝はお寝坊さんですか?」


 名前を呼ばれた気がして、セフィリアはうっすらとまぶたをあげる。


「かわいい」


 髪をなでられていたかと思えば、そんな声とともにひたいにキスをされ、ようやく覚醒。


「かっ……カイルさん!」

「あはは、目がさめました?」


 ベッドから飛び起きれば、まぶしい笑みを浮かべたカイルが腕をひろげていて、次の瞬間にはハグをされる。


「おはようございます。俺の、お嬢さま」

「〜〜〜っ!」


 なんと心臓に悪い目覚めか。

 こうした甘い甘いモーニングコールが、セフィリアの日課となりつつある。



  *  *  *



 身支度をすませたあと、ディックが朝食を運んでくるまでのあいだは、スケジュール確認の時間だ。

 ソファーに座ったセフィリアのとなりで、スケジュール帳を手にしたカイルがすらすらと読みあげる。


「本日は午前中に文法と天文学の授業。午後は刺繍の授業ですが、講師が諸用で不在のため、課題を預かっています」

「自主学習ですね。課題はすぐに終わりそうですし……午後の空いた時間は、騎士団の見学にお邪魔しようかしら。カイルさん、大丈夫ですか?」

「全然問題なしです。団長につたえておきますね。っしゃー、俺もはりきって訓練するぞー」

「先輩方を吹き飛ばすのは、やめてあげてくださいね……」


 見てのとおり、最近のカイルは絶好調のようだ。

 阿鼻叫喚につつまれるであろう訓練場を想像し、セフィリアは苦笑した。

 とここで、カイルがふと居住いをただす。


「お嬢さま、今朝は報告事項があります」

「報告事項……良いニュースでしょうか、悪いニュースでしょうか」

「両方ありますね。どちらからお聞きになりますか?」

「……悪いニュースからでおねがいします」


 セフィリアはソファーで身がまえる。

 ひと呼吸置いて、カイルは『悪いニュース』を話しはじめた。


「メイド長のヘラですが、謹慎処分がとけ、明日に復帰予定です」

「そうですか。もう1週間になるんですね」


 食事のメニューの件など、セフィリアに関する虚偽の情報を吹聴した責任でヘラに謹慎を言い渡してから、1週間。

 この間、敵意にさらされないという意味で心身ともにすこやかな生活を送れていたが、ヘラが復帰するとなれば話は変わる。


「あのしつこいおば……こほん、熱心なマダムがたった1週間そこらで改心するとは思えません。謹慎処分ではなく、メイド長の地位を取り上げたほうがよかったのでは?」

「カイルさんのご意見ももっともです。心配してくださってありがとうございます」

「その言い方だと、『でも』って続きそうなんですよねぇ」


 肩をすくめたカイルが、にやりと口の端を持ちあげる。


「今度はなにをたくらんでるんですか?」

「たくらんでいるというほどではないですが」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてのぞき込んでくるカイルに対し、セフィリアもほほ笑みを返した。


「おっしゃるとおり、プライドの高いヘラが1週間も謹慎を受けて黙っているはずがありません。フラストレーションも限界まで達しているはず。そして感情的なときほど、ボロが出やすいです」

「なるほど、読めてきましたよ。つまりお嬢さまはヘラに精神的なゆさぶりをかけるために、あえて1週間も謹慎をさせたわけですか」

「そのとおりです」


 セフィリアは由緒正しいアーレン公爵家の令嬢だ。

 そのひと声で強制的にヘラを解雇することもできる。


(でもそれじゃあ、こどものわがままとも取られかねないわ。『悪役令嬢』にならないために、不安要素は排除しておかないと)


 辞めさせるなら正当な理由が必要。そのために、ヘラが道理に反するような行為をおこなった『証拠』をつかまなければならない。

 そしてその『証拠』をつかむにあたって、セフィリアも目星はつけていた。


「カイルさん、調べてもらいたいことがあるのですが」

「はい、なんでもお申しつけくださいな」

「以前私が飲んだ紅茶に毒が盛られており、メイドが解雇された事件についてです」

「あぁ、においますね……あのひとがなにかしら関与してそうなにおいがします」


 みなまで言わずとも、カイルはセフィリアの意図を汲んだようだ。


「それなら、団長に話を聞いてみましょう。お嬢さまが倒れて、まっさきに対応にあたったのは、屋敷の警備をまかされている団長のはずなので」

「それがいいでしょうね。よろしくおねがいします。では……良いニュースというのは?」

「お次は良いニュースのほうですね。ふたつあります!」


 カイルは打って変わり、はつらつとした口調で右手の人さし指を立ててみせる。


「まずひとつめ。私事ではありますが、見習い期間が終了しまして、このたび正式に騎士団に在籍することが決まりました」

「まぁ! 本当ですか?」

「もちろんです! もしお嬢さまが外出のときは、護衛としてお供できます。乗馬の訓練もしてるんですよ。ゆくゆくは馬車も引けるようになります!」

「カイルさんは本当に、多才ですね」

「でしょー? 俺ってなんでもデキる頼れる男なんですよ。安心して惚れてもらっていいですからねー?」

「はい、ふたつめのニュースをおねがいします」

「はは、お嬢さまもスルースキルを磨いてきましたね。そういうつれないところも好きですよ」


 カイルがまたなにか口走っているが、とりあえず置いておいて。

 セフィリアがにっこりと笑みを深めながら圧をかけると、カイルも冗談はやめて口をひらいた。


「およろこびください、お嬢さま。公爵さま方が、本日正午前にお帰りの予定だそうです」

「……え、それって」

「はい! ながらくご不在だった奥さまと旦那さまに、ひさしぶりにお会いできますね!」


 セフィリアは笑顔のまま、固まった。

 公爵夫妻。つまり、今世のセフィリアの両親。


(いや、忘れてたわけじゃないのよ……でも、なんでいま〜!)


 このタイミングで、新キャラクターの登場である。

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