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第59話 覚悟しててくださいね

「私は……同じ年ごろのこどもとはちがって、異質な存在です。なぜなら、前世の記憶というものがあるためです」


『前』は魔法もない平穏な世界で生きていたこと。

 そこで、カイルとも知り合いであったこと。

 カイルの前世である青年には、とてもよくしてもらったこと。

 彼には愛する妻がいたこと。

 その女性は、じぶんではないこと。


 セフィリアは要点をかいつまんで、すべてを話した。


「前世の、記憶……『前』の俺が生きていた世界……」


 カイルも驚きに目を見ひらきながら、セフィリアの話に懸命に耳をかたむけていた。


「そして私にも、愛するひとがいました。こうして転生したのは、私と彼に与えられた試練のひとつなのです。彼も、この世界のどこかにきっといるはず……私はいつかかならず彼と再会することを、信じています」

「それで、俺には応えられない、ですか。なるほどね。お嬢さまがやけにおとなびてるのも、最近俺と話すときにぎこちなさそうなのも、理解しました」


 カイルは冷静に物事を整理する賢さがある。

 にわかには信じがたいセフィリアの告白も、正しく咀嚼し、すべて受け入れてくれた。


「『前』のカイルさんは器用な方だったからと、軽い気持ちで声をかけてしまいました。カイルさんの気持ちも考えずに……私の落ち度です。ごめんなさい」


 深々と、頭を下げる。

 そんなセフィリアの頭上で、ため息がこぼれた。


「だから、なんで謝るんですか? お嬢さまは悪くないでしょ」

「でも……」

「あのね、お嬢さま」


 ずい、と詰め寄ってきたカイルが、セフィリアの肩をつかむ。

 驚き、思わず顔を上げてしまったセフィリアの視線の先で──カイルは切なげに顔をゆがめていた。


「『前』の俺がどんなでも、お嬢さまがなにを考えてても、俺がお嬢さまに救われた事実は変わらないんです。ここにいる俺が、カイルが、あなたに惹かれたんです。いい加減俺を見てくださいよ、セフィリアお嬢さま……!」

「っ……カイル、さん」


 すべてを知ってなお、セフィリアを見つめるカイルのまなざしにやどった熱は、ゆるがなかった。

 わかる。思いの丈をぶつけられていることが。

 カイルの言葉のひとつひとつが、セフィリアの心を激しくゆさぶる。


「ずっと心の奥に引っかかってたことが、やっと腑に落ちました。だいじなひとをだれひとり守れなかった男の夢……あいつは、『前』の俺だったんだ」


 カイルも、衝撃的な現状を把握しつつあった。

 理解したからこそ、悔しさ、やるせなさに、身をふるわせる。


「くり返してたまるもんか。お嬢さまをあんな目には遭わせない。死んでも守る」


 そこまで言って、カイルは深く息を吐き出す。

 激情によるふるえを抑えた手でセフィリアの腕を引き、胸もとにぐっと抱き寄せた。


「あの、カイルさ……」

「悪いですけど、運命のひとを待ってるってお嬢さまの話、まだ半信半疑です。存在すらあやふやな男に出し抜かれてるなんて、不本意にもほどがある」


 思わず身をよじろうとするほどに、カイルの腕は強くセフィリアをとじ込めようとする。


「だから俺がお嬢さまを想うことは、認めてください。運命のひととやらが現れなければそのままお嬢さまをもらうだけですし、もし現れたときは、俺のほうがお嬢さまの一番にふさわしいってことを証明します」


 まるで殴り合いでもしそうな気迫だ。

 それほどまでに、カイルはセフィリアの存在を切望していた。


「カイルさん、私は……」

「いいです。いま焦って答えを出さなくて。お嬢さまの口から俺がいいんだって、俺じゃないとダメなんだって、言わせてみせますから」


 たたみかけるように言ったカイルが、ふいに口もとをゆがめる。


「お嬢さまがほしい。だから手に入れたい。それでいいじゃん。あぁもう、いろいろ悩んでたのがバカみたいだ。もっとはやく素直になっときゃよかった」


 セフィリアはぎくりとした。


 ドクッドクッドクッ──


 カイルの胸もとに浮かぶハートがより赤を色濃くし、せわしなく脈打っていたのだ。


「セフィリアお嬢さま──好きです」


 熱にかすれた声をもらしたカイルが、唇を寄せる。

 やわらかいものが押し当てられた。

 セフィリアの唇の端にふれるかどうかという、ぎりぎりのところへ。


「カ、カイルさん……!」

「動かないで。こっちにしちゃうよ?」

「んむ!」


 ふに、と今度は親指の腹を唇に押し当てられる。

 固まってしまったセフィリアの間近で、ブルーの瞳がおかしげに細まった。


「真っ赤になった。かわい……」

「ひゃ……!」


 突然からだが浮く感覚に、セフィリアは短い悲鳴をあげる。

 軽々と、カイルに抱きあげられていた。

 あっけにとられるセフィリアを抱いたまま、カイルは器用にバルコニーの出入り口を押しあけ、寝室へ。

 そして一直線に白いレースの天蓋付きベッドまでやってくると、セフィリアをおろした。


「カ、カイルさん……」

「お嬢さまの悩みの種も消えたことですし、寝かしつけてさしあげようかと思いまして」

「寝かしつけるって……」

「心配しなくて大丈夫ですよ。俺も節操なしじゃないですもん。か弱い女の子にすぐ手ぇ出したりしません」


 すぐに手は出さないというのは、そのうち手を出す意思があるということと同義では。


「ちょっとスキンシップを増やすだけですよ。お嬢さまもリラックスして、ねっ?」


 どうしよう、カイルが満面の笑みを浮かべているのだが。

 どことなく身の危険を感じる。その直感は正しいのだろう。

 だからといって、どうこうできるわけでもないが。


「セフィリアお嬢さま……」

「ひゃあ……!」


 セフィリアのほほに手を添えたカイルが、ひたいにキスを落としてくる。


「ほら。そんな反応したら、俺をよろこばせるだけですって」

「やめ、くすぐった……っひ!」


 さらに目じりやほほ、耳にもキスを。


「かわいいなぁ。なんでこんなにかわいいんだろ」


 うっとりとセフィリアを映したブルーの瞳は、まさに恋をする者のまなざしだった。

 真っ赤であろうセフィリアのほほにちゅ、とキスをしたカイルが、とどめのひと言。


「遠慮するつもりはないので、覚悟しててくださいね、セフィリアお嬢さま?」

「ひ、ひぇえ……!」


 ……原作シナリオどおりに行かないことは、百も承知だが。

 それにしたってこの溺愛ルートは、予想外だったかもしれない。


「俺のセフィリアお嬢さま。大好きです」


 結局、この夜はカイルが満足するまで、セフィリアは離してもらえなかったのだった。

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