「僕と結婚をしていただけませんか? セフィリア・アーレン嬢」
現代に生きていたころは、「突然告白されちゃった!?」なんてエピソードが少女漫画でよく見られたけれど。
大人気の女性向けアニメが原作であるこの世界でも、定番の展開らしい。
なんの変哲もない、よく晴れた日のことだった。昼食をとるために校舎から庭園へ移動するセフィリアの目前にバラの花束を手にした男子生徒が突然現れ、ひざまずいた。
セフィリアは何事もなかったかのように、男子生徒のそばを通りすぎる。
「セフィリア嬢? なぜ反応してくださらないのですか。セフィリア嬢!」
しかし男子生徒はめげない。懲りずにセフィリアのあとを追いかけてくる。
そして男子生徒の伸ばした手がセフィリアの腕をつかもうとしたそのとき、立ちはだかる人影があった。
「そこまでにしてもらおうか」
夜のごとき黒髪に、紅蓮の瞳をもつ青年、レイだった。
とたん、男子生徒があからさまに顔をしかめてみせる。
「なんの権利があって、あなたのようなひと……いえ、ひとですらない種族が、子爵家の生まれである僕の邪魔をするんです?」
こつり。セフィリアの歩が止まる。
その言葉は聞き捨てならなかった。
カチンときたセフィリアがふり返ると、凪いだ表情のレイが、諭すように男子生徒に語りかけるところだった。
「俺のことはなんとでも。だがきみは、リアがきみのために最大限の気配りをしていたことを、自覚したほうがいい」
「なんですって……!」
「──まだわからないか」
「っ……」
詰め寄る男子生徒に対し、レイが低く一喝する。
その気迫に、男子生徒はうろたえた。
「『女性へみだりに話しかけてはならない』──それがわがルミエ王国の法律だ。きみは配偶者である俺の許可を得ず、リアに話しかけた。法にふれたんだよ。問答無用で退学、そして牢にぶち込まれてもおかしくはない行為だ」
「だが、しかしっ……!」
「いいか、リアはあえて
「──!」
「きみもこどもではないのだから、その意味がわかるだろう。じぶんの愚かさを自覚したなら、ほかのだれにも知られないうちにこの場を去ることだ。それがリアのためになる」
レイが言わんとすることを理解したか。
男子生徒は唇を噛みしめたのち、「くそっ!」とバラの花束を地面に叩きつけるようにしてきびすを返す。
その背が見えなくなったころ、セフィリアは深く息を吐き出した。
「……ありがとうございます、レイ」
「礼にはおよばない。俺の役目はきみを守ることだからな。きみこそ大丈夫か?」
「えぇ。……花をだいじにしないひとに、プロポーズなんてされたくないですからね」
つまり男子生徒が見ていたのはセフィリアの家柄であって、セフィリア自身ではなかった。
打算的な思惑にふり回されることも、今回がはじめてではない。ただ、ロマンチックなシーンの演出のためだけに利用され、ふみにじられたバラのことを思うと、心が痛んでしまうセフィリアであった。
さいわい授業を終えて間もなく、ひとけも少ない時間帯であったため、大事にならずにすんでよかった。そう納得するのが、せめてもの救いだろう。
「料理長特製のサンドウィッチを持ってきた。ランチにしよう。兄さんもあとで来るって。殿下も呼ぶか?」
「そうですね。みんなでいただきましょう」
レイが左手に提げたバスケットをかかげてみせる。
カイルとリュカオンが言い合いになることがわかりきった上でこんな提案をするレイに、セフィリアはくすりと笑みをもらした。
きっと、セフィリアのためを思ってのことだろう。
レイの気遣いがわかるから、セフィリアも気を取り直し、肩をならべて歩き出した。
こんなとき、セフィリアはあらためて思う。
──あぁ、彼には助けられているなぁと。