古くから親交の深かったルミエ王室とアーレン公爵家。
例にたがわず、リュカオンとセフィリアが幼少期から親しかったことも周知の事実だ。
だが『ふたりが婚姻をむすぶこと』に関しては、それだけで大きな意味を持つ。
「セフィリアさまがいらっしゃるぞ」
「ということは、あの方がわがルミエ王国の──」
授業のあいまの時間や、教室を移動するとき。
アカデミーにおいてひとりで行動する時間帯は、ことさら周囲の声がよく聞こえてくる。
(リュカと結婚すること──その意味は、私もよくわかっているわ)
なぜならリュカオンは、
* * *
「──俺と結婚してください、セフィリアお嬢さま」
すべての発端は、さかのぼること9年ほど前。カイルが15歳の誕生日をむかえた夜のことだった。
正直のところ、セフィリアはおどろいた。これまでカイルが婚約をほのめかすことはあっても、ここまでストレートに結婚を申し込んできたことはないはずだ。
「……突然ですね」
「前々から考えていたことがあるんです。まぁ聞いてください」
カイルの物言いから察するに、ただの願望によるものではないのだろう。セフィリアは黙って続きをうながした。
「俺も最初は、将来お嬢さまと結婚してこどもがほしいな、くらいにふんわりとしたイメージしかありませんでした。けど、状況が変わりました」
「状況というのは?」
「魔王の存在です。あいつに一度やられて、このままじゃいけないと思いました」
その言葉で、セフィリアはふと思い出すことがある。
そうだ、たしかにクラヴィスとの闘いで重傷を負った後からだったか。カイルに『変化』がおとずれたのは。
前世の記憶を取り戻したこともそうであるし、なによりセフィリアの世話を独占したがっていたカイル自身が、レイにその役目を任せるようにもなった。
ちょうどそのころだ。なにかを言いかけたカイルが、「そのときが来たらあらためて話す」とセフィリアに伝えてきたのは。
そしてあのときカイルが伝えようとしていたことこそ、セフィリアとの婚姻の意思なのだろう。
「セフィリアお嬢さま、いまや魔王の肉体は邪龍が支配しており、危険な状況です」
魔王クラヴィス。現在その肉体は邪龍に乗っ取られ、セフィリアたちは危機的状況に立たされている。
このままいけば『花騎士セフィリア』の原作どおり、邪龍によってルミエ王国と魔族の戦争が引き起こされてしまうだろう。
「ただし、猶予があります」
「『赤い月の昇る夜』ですね」
──赤い月の昇る夜。小娘、おまえを私のモノにする。
邪龍はそうセフィリアに告げていた。
(『赤い月の昇る夜』は数十年に一度起こる天体現象。『花リア』の原作では、セフィリアが16歳になるころに起きるはずよ)
つまり、セフィリアたちには9年ほどの猶予があるということ。
(邪龍がすぐに行動を起こさないのは、リュカの神聖力を食らったせいね)
魔力と神聖力は相反するもの。リュカオンの神聖力を受けて、邪龍も力を取り戻す時間が必要なのだと考えられる。
そしてその『9年』の猶予期間で、カイルがセフィリアとの婚姻を本格的に希望した。その意味は。
「前にも言いましたが、婚姻の際に誓約魔法を交わした男女は、力を高め合います」
「──! カイルさん、それはつまり」
「はい。邪龍に対抗するための手段として、俺と結婚してほしいんです」
そこで言葉を区切ったカイルは、すこし思案するような間のあと、こうも続ける。
「可能なら、レイ……あと、殿下とも。戦力は多いに越したことはないですからね。で、この中で俺が一番先に成人するので、まずは俺とってことで」
現状では婚約までしかできないが、セフィリアが12歳の成人をむかえたその日、婚姻をむすぶ。
男女のちぎりを交わし、覚醒した力でもって邪龍を倒すために。
カイルが考えているのは、そういうことだ。
(カイルさんは、邪龍のことがなくとも私を愛してくれる……けれど、それに甘えていいの?)
すぐに答えを出せなかった。
黙り込んでしまったセフィリアの目の前で、ふとカイルが表情をやわらげる。
「魔力を高めるために『そういうこと』もしなきゃいけないかもですけど、お嬢さまが望まないならこどもは作らないようにします。だから安心してください」
「カイルさん……」
「お嬢さまは、俺たちに愛されているだけでいいんですよ。『そういう世界』なんですから」
そこまで言われてしまえば、セフィリアに返す言葉はなかった。
(これは邪龍を倒すために、必要なこと……)
そうとじぶんに言い聞かせ、ありのままに受け入れることが、この国にとっても最善の道だからだ。
「だから、いままでよりもっとあなたにふれることを、許してくださいね」
カイルはそう言ってセフィリアのほほに手を添え、そっとキスをした。
──あれから9年。カイルに続きレイと婚姻をむすんだ。
そしてリュカオンともちぎりを交わしたいま、セフィリアを取り巻く状況は大きく変化している。
なぜならセフィリアは、『ルミエ王室唯一の王子』と婚姻をむすんだ令嬢なのだから。
「──リア、聡明なあなたのことですからお気づきかと思いますが」
「……はい」
ならんでベッドに腰かける夜。セフィリアを見つめるリュカオンのまなざしは、真摯なものだった。
「私には兄弟姉妹がいません。つまりルミエ王室の血を後世へつなげるために、あなたと子をなす必要があります。できれば女児を。そうでなければ、可能な限り多くの男児を」
そう、リュカオンの妻になるということの意味を、セフィリアは理解していた。
「……だなんて、使命感を盾に取る私は、悪い男なのでしょうね」
自嘲するリュカオン。彼に一切の非はないことも、セフィリアはじゅうぶんに理解していた。
「リア……」
熱にかすれた声で、リュカオンがセフィリアを呼ぶ。
「私のことを、受け入れてくださいますか」
これは『必要なこと』──セフィリアの脳裏にその言葉がよぎる。
問いかけへの答えは、ゆっくりとまぶたを閉じることで示した。
「……ありがとう」
やさしく唇をかさねられる感触の後、セフィリアのからだはベッドに押し倒された。