目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第131話 癒やしてくれませんか?

 淡く澄んだ青空がひろがるこの春、セフィリアとレイは16歳、カイルは23歳をむかえた。

 12歳で社交界デビューを果たしたセフィリアは、同じ年にアカデミーへ入学する。

 ルミエ王国において優秀な魔術師や剣士を数多く輩出する名門中の名門、それがアカデミーである。

 王国屈指の令嬢や子息が通う学び舎であるだけに、アカデミーは広大な敷地面積を有する。さすがに王宮とまではいかないが、4年間欠かさず通っているセフィリアも気を抜くと迷ってしまう広さだ。


 緑がひろがるアカデミーの門前で、空からゆるやかに馬車が降り立つ。


「お手をどうぞ、お嬢さま」

「ありがとうございます」


 扉をあけて先におりたレイの手を借り、セフィリアも馬車の外へ。

 ふわり。淡いストロベリーブロンドが春風になびく。セフィリアがまとったトレンチタイプの赤いジャケットと純白のバルーンスカートは、アカデミーにおいて魔術科に所属する女子生徒の制服だ。

 対してレイはスラックス、そして紺のジャケットに身をつつんでいる。こちらは剣士科の男子生徒の制服である。


「まぁ……! アーレン公爵家のセフィリアさまと、レイさまよ!」

「おふたりとも、優雅でお美しいですわね……」


 居合わせた他生徒から、ほう……と感嘆の息がもれる。


「みなさま、ごきげんよう」


 セフィリアがひとこと発すれば、きゃあ! と黄色い悲鳴があがる。

 色めき立つご令嬢たちに対して、レイは静かに一礼するのみだ。

『男子は安易に異性へ話しかけてはならない』という王国の法律にのっとってのことである。


「いやぁ、すっかり有名人ですねぇ、ふたりとも」


 ここまで馬車を引いてきた2頭のワイバーンの首をひとなでしたカイルが、軽やかに御者席をおりる。

 すると今度は別の場所から、黄色い悲鳴が。


「ねぇ、あちらにいらっしゃるのはアーレン公爵家の騎士で、セフィリアさまの第1夫のカイルさまですわよね?」

「なんて凛々しくてすてきな殿方なのかしら……」


 ひそひそとご令嬢たちは内緒話をしているつもりらしいが、セフィリアたちにはばっちり聞こえている。


「兄さんも有名人だな。凛々しくてすてきな殿方だって。よかったな」

「んー、お嬢さま以外に言われても、ぶっちゃけあんましときめかない」

「もう、カイルさん!」

「あはは、すみません」


 カイルも外面はいいので、よく知らないご令嬢からすれば立ちふるまいの洗練された紳士に見えるのだろう。

 実際は軽口を叩いてセフィリアをからかう、陽気で軽妙な性格なのだが。


「ま、こんだけ頻繁に出入りしてりゃ顔も知れ渡りますか」

「今日はこちらでお仕事が?」

「はい、剣士科の生徒の実技講習があって。臨時講師ってのも多忙ですねー」


 そんなことを言いながら、カイルが左の袖のカフスボタンにふれる。以前セフィリアが贈った、エメラルドの魔法石でつくられたカフスボタンだ。

 まばゆい光とともに、風が吹き抜ける。

 次にセフィリアがまばたきをしたときには、カイルはモーニングコートすがたではなかった。アーレン公爵家の白百合の紋章が描かれたマントをまとった騎士のいでたちで、腰に剣をさげている。


「そういうわけで、アカデミー内には待機してますので。適当にぼっちゃんたちの相手しつつ、なにかあれば俺が駆けつけますから、安心してくださいね」


 アカデミーは原則として関係者以外立ち入り禁止だが、カイルは剣士科の臨時講師という立場を獲得して、出入りしまくっている。

 これは合法的にセフィリアの護衛をするためという8割の下心と、マイペースなレイが周囲とうまくやっていけているのか確認する2割の兄弟愛によるものである。


「さてさて。魔法科棟までお送りしますね、お嬢さま」


 カイルとレイ、美青年ふたりに挟まれて登校するセフィリアは、当然ながら生徒たちの注目の的となるのだった。



  *  *  *



「……ふぅ、やっと解放されたわ」


 カイルやレイと別れ、ようやくひとりになることが叶ったセフィリアのすがたは、アカデミー内の資料室にあった。


「おや。どこから可憐な天使が迷い込んできたかと思えば」

「えっ……」


 ほかにひとの気配はない、はずだった。

 しかしふいの人影におどろいたセフィリアは、本棚の影からくすくすと笑みをこぼしながら歩み寄ってきた青年を目にし、ほっと胸をなでおろした。


「王国の麗しい花にごあいさつを申し上げます、セフィリア・アーレン嬢」

「王国のまばゆい太陽にごあいさつを申し上げます、リュカオン殿下」


 深みのあるエバーグリーンの髪に、窓からの朝陽を七色に反射するチョコレートオパールの瞳。

 セフィリアよりすこし高いだけだった上背もすっかりと伸び、カイルやレイにも負けず劣らず長身の美青年に成長した彼こそ、ルミエ王国唯一の王子、リュカオンである。


「堅苦しいあいさつはこのくらいにして。門のほうがにぎやかでしたので、ここに来てみて正解でした。また逃げてきたんですよね? リア」

「えぇ、まぁ……」

「ふふ、人気者は大変ですね」


 王家に次ぐ高貴な血すじであるアーレン公爵家の令嬢ともなれば、どうしたって注目をあびてしまう。

 そうした中、授業がはじまるまでのあいだに人目のない場所へ避難することで、セフィリアはつかの間の休息を得ていた。

 ちなみにこのことは、リュカオンしか知らない。


「私としては、こうしてあなたとふたりきりで会えることを喜ばしく思います」

「リュカはお上手なんですから……」

「お世辞ではありませんよ? 私は剣士科ですし、ふだんあなたと満足に顔を合わせることもできませんから」


 そうと話すリュカオンは、レイと同じ紺のジャケットに身をつつんでいる。

 リュカオンはルミエ王国でもめずらしい神聖力の使い手だが、これは魔力とは別物とされる。

 そうなると、神聖力をもつ代わりにまったく魔力をあつかえないリュカオンは、アカデミーにおいて剣士科に籍を置くことになったわけである。


 とはいえ物腰のやわらかいリュカオンも、セフィリアたちアーレン公爵家と親交をもって長い。

 つまりレイやカイルとも幼なじみのようなもので、アーレン公爵家おかかえの騎士団でやばいと称されている兄弟と幼少期から手合わせをしてきた影響により、リュカオンの剣の腕前もやばいことになっている。

 ちなみにカイルとの犬猿の仲は、いまも健在だ。


「はぁ……憂鬱ですね」

「リュカ?」


 おもむろにリュカオンが嘆息しながら肩を落としてみせる。

 どうしたものかとセフィリアがのぞき込むと、リュカオンは気落ちした様子でこう続けた。


「だって私もようやくあなたと婚姻をむすべたのに、満足にふれあうことも叶わないんですよ。毎日王宮とアカデミーを往復するだけの味気ない日々です」

「リュカはただおひとりの王子殿下でいらっしゃいますもの。お忙しいですよね……」

「ですよね、そう思いますよね。なので、リアが癒やしてくれませんか?」

「……はい?」


 先ほどの沈んだ面持ちはいずこに。にっこりと笑みを浮かべたリュカオンが、セフィリアの両手を取る。


「リア不足で調子が出ないんです。思う存分あなたを補充させてください」

「えぇえ〜っ!」


 やられた! と気づくも時すでに遅し。セフィリアは太陽のごとくまばゆい笑顔のリュカオンに、ぎゅううっと抱きすくめられていた。

 かと思えば、ちゅ、ちゅ、とひたいや目じり、ほほにキスの雨が降ってくるので、セフィリアはたまらず身をよじる。


「く、くすぐったいです、リュカ!」

「はは、相変わらずかわいらしい反応をしてくれますね。でも夫が妻を愛でるのは、当然のことですよ?」

「うぅ……!」


 リュカオンは今年、ルミエ王国で男子の成人年齢とされる15歳をむかえた。

 そしてかねてより強く要望していたセフィリアとの婚姻をむすび、正式に夫婦となったのである。

 それからというもの、リュカオンのスキンシップに拍車がかかったことを、セフィリアも感じていた。

 すでにいっぱいいっぱいのセフィリアへ追い討ちをかけるかのごとく、リュカオンが耳もとでささやく。


「リア、気づいていますか? あなたはいま、いつにも増して艶っぽい表情をしているんですよ。昨晩はレイとお楽しみでしたか? それともカイル?」

「りゅ、リュカ!」

「恥ずかしがらなくてもいいんですよ。念のため確認しているだけです。同じ夫として、彼らが愛する妻に負担を強いていないかとね」


 ──そう。ルミエ王国は一妻多夫制。女性は高貴な身分であるほど、多くの夫をもつことが美徳とされる世界。

 そしてカイル、レイ、リュカオンの3人がセフィリアの夫であることは、公然の事実で。


「今宵はひさしぶりに、晩餐にご招待しましょうか」


 何気ない誘い。しかしそれには深い意味が込められていることを、セフィリアは知っている。


「せっかくの初夜が添い寝で終わってしまったので、そろそろ進展がほしいものです」

「っ……!」

「私にも、夫のつとめを果たさせてくださいね」


 セフィリアがほほを染めてうつむけば、するりと指をからめられる。


「大丈夫です、リア。あなたはただ、私に身をゆだねるだけでいいんです。これは『必要なこと』なのだから」


 ──そう。これは逃れることのできない、甘い誘惑。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?