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第139話 だめに決まってます

 ──僕のところにおいで。


 すべては、クラヴィス──リンが天涯孤独の愛花アイファに手をさしのべたことからはじまった。

 彼が仙界にむかえてくれなければ、星藍シンランと出会うこともなかったのだ。


(嫉妬に飲み込まれてしまったけれど、燐師兄にいさまの愛は本物だった)


 そうと気づけたいま、セフィリアはおのれのすべきことを理解できる。


(私は、燐師兄さまと真正面から向き合うわ。邪龍に飲まれてしまった燐師兄さまの『心』を、なんとしてでもすくい出してみせる)


 かつて燐が手を引いてくれたように、今度はじぶんが燐を導く。セフィリアはそう胸に誓った。


「ルネ、あなたの話を聞かせてください。『赤い月の昇る夜』が間近に迫るいま、私たちが備えるべきことはなんでしょうか?」


 タイムリミットは、もう1年もない。

 セフィリアは具体的な対応策を講じるべく、ルネへ問う。魔族の国出身である彼こそが、クラヴィスに同化した邪龍の動向をよく知る存在であるために。


「そうだね──」


 セフィリアだけではない。レイ、カイル、リュカオンとこの場に集まった全員の視線を受け、ルネはしばし思案する。

 そして唐突に、こんなことを言ってのけるのだった。


「それじゃあ手始めに、僕を公爵家で雇ってくれない? セフィリアお嬢さまの付き人としてさ」



  *  *  *



 ルミエ王国屈指の令嬢と子息の通うアカデミー。

 当然ながら、その入学試験は超難関とされる。

 そんな中、季節はずれの編入生がやってきたのだ。うわさというものは、あっという間に行きわたる。


「あの……わたくしは、ウィルスナー伯爵家のカレンと申します。よろしければ、今度わが家でお茶でも……」


 授業終わりにセフィリアが廊下を歩いていると、とある光景が目に入った。

 魔法科の生徒のあかしである赤い制服をまとった令嬢が、顔を赤らめているすがただ。

 その令嬢が話しかけている人物というのが、バイオレットの髪に、ここではサファイアの瞳をした青年──ルネだ。


(あらあら……またなのね)


 もう幾度となく目にした光景に、セフィリアは苦笑をもらす。

 俗にいう『困った状況』なのだが、セフィリアが出る幕はないだろう。

 この状況下で、ルネが次に取る行動は決まっているから。


「せっかくのお誘いなのですが、僕はセフィリアお嬢さまにお仕えする身ですので」


 ちらちらと視線を向けてくる令嬢に対し、にこりと笑みを浮かべるルネ。


「はうっ……!」


 次の瞬間、まばゆい笑みの直撃を受けた令嬢が突然胸をおさえ、その場にくずれ落ちる。放心状態だ。

 そんな令嬢を気にとめるでもなく、ルネはさっときびすを返す。そして軽快にセフィリアのもとへやってくるのだ。


「お嬢さまだー!」

「……数分しか目を離していないのに、あなたはさすがですね」

「えー? それ褒めてるの? 僕としてはふつうに歩いてたら急にぶつかられて、迷惑してたんだよね」

「魔法は、使っていませんね?」

「やだな、鬱陶しいからって手荒な真似はしないよ。たしかに僕は精神感応の黒魔法が得意だけどさ。ちゃんと平和的に話し合いで解決しましたー」


 ほかにだれの目もないからか、ルネはいつもどおりの調子でにこにことセフィリアに話しかける。


 ──突如あらわれた成績優秀な編入生。聞けば彼は生徒から人気の高いルフの教え子であり、アーレン公爵家の使用人らしい。

 その『設定』を利用してアカデミー内ではつねにセフィリアのそばにいるルネだが、ちょっと目を離したすきになぜかよく廊下の曲がり角でよそ見をしていたり、階段で足をすべらせたご令嬢と遭遇している。

 まぁご令嬢方もお年ごろなので、見目うるわしい青年を前にして気持ちはわからなくもないが、当のルネはさらっと受け流しているようだ。おのれの顔の良さを存分に活用して。


「図書室に行くんでしょ? 僕も〜」


 そしてセフィリアの考えをすべて把握しているかのように、何気なく言い当ててみせる。

 いまだ放心しているご令嬢は気の毒に思うが、時間は有限だ。


「では、行きましょうか」


 気を取り直して、セフィリアはルネとともに図書室へ足を向ける。

 魔法科棟の北側にある図書室は、1階から3階にまたがる広大なエリアだ。最上部の3階は自習スペースとなる。


「それで、あちらはなにか動きがありましたか? ルネ」


 試験期間外の自習スペースに足を運ぶひとは少ない。万が一ふたりでいるところを目撃されても、勤勉な生徒にしか見えないはずだ。

 そういうわけでセフィリアは、ルネの『報告』を聞くための場所として、自習スペースをえらんだわけだ。

 木製の学習机でセフィリアと向かい合ったルネは、首を横にふる。


「ううん。あいつは魔族の国から出てないよ」


 ルネによると、クラヴィス──現在邪龍がすむ魔王城のいたるところに、魔法具の鏡を設置しているらしい。この鏡を介して、邪龍の動きを監視しているとのことだ。


「ひとまずは、安心ですね。あとは、邪龍の糧となっている『負の感情』の在り処を見つけられればよいのですが……」


 邪龍の力の源は、ひとびとがいだく『負の感情』だ。

 ルネによると、邪龍はここ数年で急激に力をたくわえている様子であると。

 つまり邪龍にとって都合のいい『餌』が、どこかに存在しているのだ。


「罪なきひとびとを危険にさらすわけにはいきません。邪龍の完全復活を阻止するためには、『負の感情』の出どころを突き止めないと……」


 思案にふけっていたセフィリアは、ふと視線を感じて我に返る。

 するとやけに神妙な面持ちのルネに、じっと見つめられているではないか。


「どうかしましたか?」

「セフィリアお嬢さまってさ……真面目だよね」

「それは、褒められているんでしょうか?」


 先ほどのお返しのつもりなのだろうか。脈絡もないことを言い出すルネに、セフィリアは苦笑する。


「褒め言葉だよ。『罪なきひとびと』……か。僕は赤の他人なんてどうでもいいけど、お嬢さまは違うんだよね」

「ルネ……?」


 なにやら意味深なことをつぶやいたルネは、頬杖をつき、ふたたびセフィリアを見つめる。そして屈託のない笑みでひと言。


「お嬢さまのそういうところ、僕は好きだなぁ」

「えっと……それは、どういう意味で?」

「もっと仲良くなりたいなぁって意味。ねぇ、じつは僕、魔族は魔族でも淫魔の血を引いてるんだけど、今夜お嬢さまの夢に遊びに行ってもいい?」

「淫魔……夢にって……いや、だめに決まってます!」


 なんだかサラリとものすごいことを暴露された気がする。しかし、ルネはきょとんと首をかしげるばかり。


「なんで? お友だちと楽しいことをしたくなるのは、人間もいっしょでしょ? じぶんで言うのもなんだけど、僕うまいよ? きっとお嬢さまの旦那さんたちより満足させてあげられると思うんだけどな」

「わかりました。あなたの言い分は理解できたので、ちょっと落ち着きましょうか」


 これも種族の違いゆえか。ずれている価値観を正すべく、セフィリアは意を決してルネを見やった。


「あのですね、ルネ。あなた方はお友だちともそういうことをするのかもしれませんが、人間は違います。本当に心を許した相手とだけ、と言いましょうか」

「それじゃ、セフィリアお嬢さまは僕のこと、まだ信頼してくれてないってこと……?」

「うっ……! そういうつもりでは……」

「でも僕、お嬢さまとキスとかハグとか、それ以上のこともしたいって思うよ。というより、僕は淫魔だから、そういうことでしかお嬢さまにお礼ができない……」


 ルネなりに、力を貸してくれているセフィリアへ感謝の気持ちをつたえようとしていたようだ。


「僕、がんばる。お嬢さまにいっぱい気持ちよくなってもらえるようにするから、ねぇ……いいでしょ?」


 すがるようなまなざしは、純粋なものだ。

 これにはセフィリアも頭をかかえる。

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