あるまばゆい午後のこと。
アーレン公爵家にある温室庭園にて、お茶会がひらかれていた。
「みなさま、急なお話にもかかわらず、お集まりいただきありがとうございます」
「集まるというか、いっしょに住んでるしな」
「こら、マジレスすんな」
「あなたが『お茶をしたい』と言ったなら、つべこべ言わずに同席するのが夫というものですよ」
セフィリアのほかに、レイ、カイル、リュカオンがテーブルをかこんでいる。そして。
「では、ご紹介いたします。こちらの彼がルネさん──」
「ルネでいいよ、セフィリアお嬢さま」
「──ルネといいまして、先日アカデミーの魔法科に編入してきたばかりの、魔族の方です」
セフィリアの左隣には、アーレン公爵家ではあまり見かけないバイオレットの髪の青年のすがたがあった。
にこにこと人なつっこい笑みを浮かべたその青年──ルネは、肩がくっつくほどにセフィリアに身を寄せている。
これを目にして、リュカオンがにっこりと笑みを深めた。
「ルネさん、社交的なのはたいへんよいことですが、わがルミエ王国で紳士はあまりぶしつけにレディーへ話しかけることはしません」
「だからセフィリアお嬢さまに馴れ馴れしく話しかけるなって? 面倒くさい法律だね。僕には関係ない」
「郷に入っては郷に従えといいます」
「あんた、そんな頭でっかちでよく王子さまやってられるね。尊敬するよ」
「リュカ、ルネ! 落ち着いてくださいね……!?」
良くも悪くもリュカオンは生真面目であり、ルネは物怖じしなさすぎた。
早くも両者のあいだに不穏な空気が流れていることを察したセフィリアの胸中は、おだやかでない。
「ふたりとも、リアが困っている」
「そうだ。今日はだいじな話があって集まったんだから、喧嘩だの殴り合いだのはお嬢さまが見ていないときに、存分にやってくれ」
ここで見かねたレイとカイルが仲裁に入る。カイルのほうは仲裁と呼べるのか疑問な点はあるが、この際細かいことは気にしないことにしたセフィリアであった。
「お兄ちゃんたちが言うなら、はーい」
「……『お兄ちゃんたち』とは、どういうことですか?」
「ルネは以前奴隷商ヤンスが起こした人身売買事件で、私たちが保護した男の子なんです。その経緯もあってか、レイとカイルさんにもなついているようでして」
眉をひそめて問うリュカオンへ、セフィリアが苦笑混じりに返す。
レイとカイルも摘発の際に同行しており、セフィリア同様魔族であっても差別はしないことをヤンスへ宣言している。
人間を警戒するルネにとっては、セフィリアとおなじように気を許せる存在なのだろう。逆に面識のないリュカオンに対しては、まだ警戒心があるようだが。
「なるほど、理解しました」
「ありがとう、リュカ」
ひとつため息をついただけで、リュカオンもこれ以上追及するつもりはないらしい。
セフィリアは早速本題に入ることにした。
「本日お集まりいただいたのは、間近に迫った『赤い月の昇る夜』についてお話をするためです」
「邪龍が復活する日、だな」
「はい」
にわかに、この場にいる全員の面持ちが引きしまる。
「僕ら魔族は黒魔法を使うけど、光の神の加護を受けた神聖力の使い手は天敵。前に王子さまの神聖力を受けて、魔王さまを乗っ取ったあいつは、弱った状態にある」
ならばいま仕掛ければ邪龍を倒せるのかというと、そんな簡単な話ではない。
「あいつは、魔王さまと完全に同化してしまってる……」
「このまま邪龍を倒せば、魔王陛下もともに消滅してしまう──そうですよね? ルネ」
「……うん。でもそれだけは、ぜったいに嫌だ」
──魔王さまを助けて。
ルネはセフィリアを頼ってルミエ王国までやってきた。クラヴィスを助けたいという思いは、それほど彼を慕い、尊敬しているからこそ。
「古くからわがルミエ王国と魔族は対立しています。でもそんなしがらみにはとらわれることなく、あなたは魔王陛下を救いたいというのですね、リア」
静かなリュカオンの言葉に、セフィリアは力強くうなずき返す。
「彼は私に、声なき助けを求めていました。その思いに応えたいと思うのは、当然のことです」