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第141話 申し訳ない

 ──女王陛下がお倒れになった。


 突然のしらせを受け、セフィリアはレイ、カイルをつれてアカデミーを飛び出す。

 ペガサスの馬車に乗り、青空のもとを滑空すれば、30分とたたず目的地へ到着する。

 代々ルミエ王室の血族が住まう太陽宮殿。陽の昇る東側の高台にそびえる塔にはすでにリュカオンのすがたがあり、駆けつけたセフィリアをむかえる。


「リア、来てくださったのですね」

「もちろんです! それでリュカ、陛下のご容態は……!?」

「母上は……」


 不自然に言葉を切ったリュカオンの面持ちは、険しい。セフィリアは胸さわぎを覚える。


「陛下はご無事なのですか? リュカ!」

「……ごらんいただければわかるかと。ひとまず、ご案内します」


 硬い表情のリュカオンにうながされ、セフィリアは塔の最上階にある一室に通される。そこで目にした光景は──


「ごめんねぇ、アーシェ! 痛かったわよねぇ〜!」


 ルミエ王国女王、フィオーネ・オライオン・ド・ルミエ。

 案内されたのはフィオーネの寝室に違いなかったが、状況はセフィリアが思い描いていたものとは大きくかけ離れていた。

 まず、くだんのフィオーネはピンピンしている。なぜか号泣していたが。

 そしてギャン泣きのフィオーネが、ベッドで上体を起こした男性にすがりついている。

 燃えるようなクリムゾンレッドの髪をもつその男性には、セフィリアも見覚えがあった。


「アーシェ王配殿下……? これは、いったい……?」

「陛下がドレスのすそを踏んで階段から落ちたらしくて。それを、アーシェ王配殿下がかばったそうなんだ」


 一向に状況が見えず戸惑うセフィリアの耳に、聞き慣れたというか、聞き覚えしかないおっとりとした男性の声が届く。

 思わずふり返ったセフィリアの背後には、予想どおりの人影が。


「……お父さま!? いらしてたんですか!」

「やぁ、かわいい僕のリア」


 見間違えようもない。ノクターだった。

 おどろくセフィリアだが、すぐに思い直す。

 王室の一大事となれば、王国屈指の治癒魔法の使い手である父が呼ばれることは、当然のなりゆきだからだ。


「フィオーネのおっちょこちょいが原因でお騒がせして、本当に申し訳ない……」


 そこへ、今度はフィオーネとよく似た金髪に黄金の瞳の人物がやってくる。従兄であり王配のひとりでもある、ノエルだ。

 ノエルはノクターをはじめとして、セフィリアたちへ謝罪を口にする。


「とんでもないですよ、ノエル王配殿下。アーシェ王配殿下は受け身を取っていらしたようで頭部外傷はありませんし、激しい運動さえ控えていただければ、右足の捻挫も数日ほどで完治するでしょう」

「ですって、アーシェ! しばらく私の部屋でじっとしててね? ぜったいよ!?」

「まったくもう、フィオーネは大げさなんだから……アーシェも困っているじゃないか」


 ため息をつくノエル。その言葉どおり、フィオーネに泣きつかれているアーシェが、おろおろとした様子でフィオーネの背をさすっているのが見えた。


「えっと……私のほうには、陛下が倒れられたとのお話があったのですが」

「ごらんのとおりです。母上は倒れたのではなく、正確には転倒しました。それを抱きとめたアーシェ殿下がお怪我をなさり、大騒ぎをした結果がこれです」

「あぁ……」


 セフィリアは、リュカオンが終始険しい表情をしていた理由を悟った。

 聞けばリュカオンやセフィリアたちの通うアカデミーへしらせをよこした伝令役も、フィオーネが階段から落ちるさまを目撃して慌ててパピヨン・メサージュを飛ばしたため、このような事態になったらしい。


「せっかく来てもらったのに悪いね。アカデミーの授業が残っているんじゃないかい? 私たちのことは気にせず、戻っても……」

「いえ、私は残ります」


 申し訳なさげなノエルに対して、リュカオンの返答は堂々としたものだった。


(リュカ……陛下たちのことが心配なのね)


 それは、セフィリアも同じであった。


「ノエル王配殿下、ご迷惑でなければ、私もリュカとごいっしょしてもよろしいでしょうか?」

「迷惑だなんて、とんでもない。お気遣いありがとう」


 フィオーネたちを気遣うセフィリアに、ノエルも肩の力が抜けたようだ。

 ふいに寝室の隅へ視線をやるノエル。そこには、人形のように容姿のととのったプラチナブロンドの男性が、息を殺すように控えていた。


「ギル、フィオーネのことは私が見ておくから、お客さまのお部屋の準備をお願いできるかい?」

「かしこまりました」


 フィオーネの夫のひとりであり、ひととおりの世話をこなすギルバート。ノエルの指示を受けた彼は、静かに退室していった。


「みなさま、庭園へお越しください。お茶をご用意いたします」


 そしてこの場において最大限に空気を読んだリュカオンのひと言によって、事態はひとまずの終息をむかえたのだった。

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