大蛇が求めていた赤い花を摘んでは大蛇に持って行き、という動きを繰り返していると、1日はあっという間に過ぎた。大蛇が「まだ必要だ」と言っているので、翌日も摘んで持って行くつもりだ。
この日は明るいうちで切り上げ、夕食に食べるキノコを探した。香りのいいもの、歯ごたえがおもしろいものも見つかったが、毒キノコのほうが見かける機会が多かった。
「本当はもっと消化にいいもののほうが適切なんでしょうけれど……」
「なに言ってんだよ。お前さんのおかげで、野宿なのに飯が食えるんだぜ。ありがとうな」
「いえ、そんな」
林杏と晧月は笑みを浮かべながら話をしていた。
「丹もいくつか飲んだし、明日からは俺も花摘んだり運んだりするぜ」
林杏は目に意識を集中して、晧月の気の様子を見た。たしかに問題はないようだ。
「わかりました。よろしくおねがいします」
2人で動いたほうが効率はいい。やはりとりに行くものを最初に桃と決めなくてよかった、とこっそり思った。なにが起こるかわからないものだ。
その日は早めに寝て、翌日からの花の運搬に備えることにした。横になった林杏はパチパチッと薪が燃える音を、ぼうっとしながら聴く。目を閉じると燃えている音はさらにはっきりと聞こえるような気がした。
(晧月さんが元気になってよかった。大蛇には花とは別にお礼がしたいけど、どんなものがいいんだろう?)
林杏は故郷の蛇たちの生態を思い出す。どの蛇も動物の肉や卵を食べていたように記憶している。
(さすがに動物の死体を持ってくる勇気はないな……。キノコは、多分食べないよなあ。うーん、直接聞くのが1番なのかもしれない)
林杏はそんな風に考えていると、どんどん意識が薄れていった。
翌日、気持ちよく起きた林杏と晧月は昨日の焼いたキノコの残りを食べ、それぞれ花畑へ向かった。林杏は引き続き棘つきの花を大蛇に持って行くことになった。
林杏は自身の
「あの、晧月さんの解毒に効く薬草を教えてくださってありがとうございました。なにかお礼をしたいんですが、必要なものやほしいものはありませんか?」
「うむ、その心意気は大変よい。だが問題はない。必要な花は今運んでもらっているからな。気にせんでよい」
「ですが……」
「よい。毒さえ摂取できれば、こちらは問題ない。では引き続き頼むぞ」
「あ、はい。わかりました」
林杏は洞くつの出入口に戻りながら、なにかお礼になりそうなものはないか考えたが、思い浮かばなかったので、素直に棘のある花を運ぶことにした。
林杏が持ってきた花を、大蛇は一口で丸のみにしてしまう。そのため林杏は何度も花を切っては持ってくるという作業を繰り返すことになった。そして花を運ぶ作業は三日も続いた。
(たしかにあれだけ体が大きかったら、たくさん食べなくちゃいけないのかもしれない。でも今の勢いじゃあ花がなくなりそうだけど、大丈夫かな?)
林杏は密かに心配していたが、残り十輪ほどのところで大蛇が「もうよい」と言った。
林杏は花を集めるのをやめ、戻ってきた晧月に大蛇の言葉を伝えた。そして晧月は頷くと、大蛇にもう1種類の花を渡しに行こうとした。
「私、先に行って追加でそっちの花、摘んでおきましょうか?」
林杏が尋ねると晧月は首を横に振った。
「お前さんの花が十分なら、俺のほうもいらなくなる可能性がある。お前さんはそこで待ってな」
晧月の言葉に頷き、林杏は地面に座って待つことにした。地面には火をおこしていた跡がある。林杏はたき火の跡をじいっと見つめた。自分が大蛇のもとに行くときはなにも思わないのに、待つとなると時間の進みが遅く感じる。
(なにかできること、ないかな?)
考えてみるもこれといって浮かばない。大人しく晧月を待つことにした。
しばらくすると、晧月が洞くつから出てきた。
「林杏、俺も花もういいって言われたわ。大蛇が透仙石(とうせんせき)をくれるらしいから、お前も呼んでこいってよ」
「わかりました」
林杏は腰を上げ、晧月と共に大蛇のもとを訪れた。
奥に着くと、大蛇が尻尾の先を少し出した状態でとぐろを巻いて待っていた。
「よく花を集めてくれた。約束どおり、透仙石を渡そう」
大蛇の、一般的な蛇の何倍もある太さの尻尾が、林杏と晧月の前に差し出される。その上には八面体の鉱物がのっていた。林杏と晧月はそれぞれ己の分の透仙石を手にとった。
「ありがとうございます」
林杏がお礼を言うと、晧月も続いた。
「その節は世話になった。本当にありがとう」
「なに、大したことはない」
林杏と晧月は大蛇に別れを告げ、洞くつを去った。まだ日は高い。
「林杏、このまま桃をとりに行こうぜ」
最後の課題である桃の入手は、霊峰の真上にあると言っていた。林杏は頷いた。
(いろんなことがあったけど、最後の1つか。がんばらなくちゃ)
林杏は両の頬を軽く二度叩いた。