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23.雲の上の桃園

 今回の修業は指定されたもの3つを入手し、道院で食すこと。3つのうち、霊真珠と透仙石とうせんせきは入手できた。残りは霊峰の真上にあると言われている桃だ。しかし真上に行くのはどうすればいいのだろうか。

「とりあえず、飛んでみるか」

 晧月の提案で、霊峰の真上へ向かって飛んでみることにした。

 上空に近づくごとに気温が下がっていき、まるで真冬のようだった。林杏は両腕をさすりながら飛ぶ。

(こんなことなら、もう少し厚手の服を着てくるんだった)

 林杏は横目で晧月を見た。晧月の表情はとくに変わっていない。おそらく体毛のおかげで寒さをそれほど感じないのだろう。

(私も獣人だったら寒くないのにっ)

 林杏は密かにそう思った。

 雲との距離がどんどん近づいていく。灰色の雲の中に体を突っ込む。ひんやりとしていて、いっそう寒くなる。歯の根が噛み合わず、本来ならガチガチという音がうるさく感じるはずだが、気温が低すぎるせいで体のあちこちが痛くなり、それどころではない。

(い、いつまでこの寒さのなか進むの?)

 瞬きするとまつ毛まで冷たく感じた。凍っているかもしれない。

 そんな風に寒さと戦っていると、不意に視界がまぶしくなった。寒さもじんわりと姿を消していき、体が少しずつ温まっていく。

 そこには何列もの桃の木が並んでいた。桃の季節ではないのにも関わらずたくさんの花が咲いている。

「な、なんだここ?」

「わかりません。雲の上に桃園、ですよね? これ」

 林杏と晧月は困惑を隠せなかった。すると、とある桃の木の陰から、女性が現れた。長くつややかな赤い髪には、桃の枝が挿さっている。年齢は三十代前半くらいだろうか。

「あら、いらっしゃいませ。初めて見る方々だけれど、なにかご用ですか?」

 まるで鈴のような可憐な声で、林杏は思わず聞き惚れた。しかしすぐ我に返り、用件を述べた。

「私、林杏と申します。こちらは晧月さんです。私達、仙人になる修行のために、こちらの桃を手に入れてくるように言われたんです。なので、どうか桃を2つほど分けていただけないでしょうか」

 林杏が頼むと、女性はゆっくりと首を横に振った。

「こちらの桃を差し上げることができません。申し訳ありませんが、お引き取りくださいませ」

 困った。桃を貰わなくては修行が完了できない。すると晧月が言葉を足した。

「もちろん、ただとは言いません。交換条件を出してもらってもいいし、桃園の手伝いでも、できることはします。なので桃を分けてください」

 女性は再度首を横に振ると、ゆっくりと頭を下げた。

「どうぞ、お引き取りくださいませ」

 林杏は晧月のほうを見た。このまま粘るべきか、1度退くべきか。すると晧月は小さく首を横に振った。

「今日のところは失礼します」

 晧月はそう言うと、女性に背中を向けた。林杏も一礼し、あとを追う。

(はあ、桃を手に入れるのも、骨が折れるかもしれない)

 林杏は思わず溜息を吐いた。


 林杏と晧月は1度、大蛇がいる洞くつの前に戻ってきた。

「さーて、これもなかなか骨が折れそうだ」

 晧月の言葉に林杏も頷く。できないと言った相手の気持ちを変えるのは難しいだろう。

「大蛇は条件さえ達成すれば渡してくれるつもりでしたが」

「だな。しかも対応を間違えれば、心を完全に閉ざしちまう。そうなったら、桃をもらうのは、ほとんど不可能だな」

 どのような態度で接するのかが、重要になりそうだ。

「まずは、さっきの女性のことをもっと知る必要がありそうですね」

「だな。長期戦になるかもな」

 林杏はもう1度首を縦に振る。焦りは禁物だ。

「今日は帰れって言われたから、なにもできないな。さーて、どう過ごすか」

 晧月は地面に大の字に寝転がった。

「じゃあ薪やキノコ、木の実を集めてくるのはいかがでしょう? きっと何日もかかるでしょうし」

「たしかにな。そうだ、林杏。キノコの見分け方、教えてくれよ」

 晧月の発言に、林杏は悩んだ。たしかに晧月がキノコを見分けられるようになれば、彼自身もなにかあったときに役に立つだろう。分担作業もしやすくなる。長期的に考えれば利点が多いように感じた。

「わかりました。少しずつ覚えていきましょう」

「やったぜ」

 晧月は少年のように喜んだ。

(晧月さん、時々子どもっぽいことがあるんだよな。いいけど)

 林杏もつられて笑みを浮かべる。

 林杏は晧月を連れて、森の中に入った。

 この霊峰には、気候などに関係なくさまざまな木が生えているようだ。梅の木の空洞から松が生えていたり、故郷でも見たことがない木と知っている木が隣り合っていたりしている。

「まずは、採るキノコの適切な時期を説明します」

 晧月は林杏の言葉に頷いた。林杏は屈んで、足元に生えていた5つの茶色のキノコを指さした。小さいものが2つ、傘が開きかけているものが2つ、完全に傘が開いているものが1つある。

「キノコには幼菌、成菌、老菌と3つの段階があります。老菌はもう食べ頃を過ぎているので、採らなくて問題ありません。幼菌と成菌を採るんですが、幼菌は来年も同じ場所に生えるようにするために、一部は残しておきます。あとは小さすぎるものも残しましょう」

「つまり、こっちの2個は残しといたほうがいいのか?」

 茶色く小さい2つのキノコはそれぞれ、小指くらいの長さと薬指くらいのものがある。林杏は説明を続けた。

「こちらの小さいほうを残しましょう。このキノコは食べられるので。小刀を使ってもいいし、指で穴を掘って採っても大丈夫です。その辺は臨機応変に。それで抜きとったあとは、きちんと穴を埋めておきます。こうすれば来年も生えてくることが多いので」

「はー。なるほどな。そのとき限りじゃなくって、ずっと採れるように気をつける必要があるんだな」

「はい。こうやってキノコを採った結果生えなくなってしまったら、動物たちも食べるものがなくなってしまいます。そうなると、人里の作物を荒らすことにも繋がります。なので、キノコが再び生えてくるのは、意外と大切なんです」

「なるほど、山の近くだとそういうこともあるんだな」

 林杏は引き続き、キノコの採り方や見分け方などを教えながら森の中を歩いた。


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