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11.暗い小屋の中

 時間だけが過ぎていき、夜となってしまった。木々のせいか、それとも月が出ていないのか、部屋の中は真っ暗だ。

(果たして出られるんだろうか。……いや、出なくちゃ。梓涵ズハンさんとの約束もあるし、浩然ハオランさんにもまだちゃんと謝れてない)

 ふと、浩然の手の大きさとぬくもりを思い出す。きっとあの手を握っていれば、この不安も吹き飛ぶだろう。しかし浩然は、ここにいない。

(そういえば、浩然さんは私のことを大事に思ってるって言ってくれたな。でも、大事に思うってなんだろう?)

 もしも浩然が怪我をして、平気だと言いながら治療をしなかったら。こちらの治療を拒んだら。

(それは……なんだか悲しいな)

 理由はわからないが、想像するだけで涙が出そうになる。浩然もこのような気持ちだったのだろうか。それとも、違うのだろうか。

(もし、こんな気持ちにさせてしまったんなら……申し訳ないことをしたな)

 ならば、謝らなければ。この小屋を出て、道院に戻るのだ。

(絶対に出てやるっ。そのためには、まず明日に向けて休もう。今日中に脱出するのは、多分無理だ)

 林杏は横になった。床は硬いが修行で山に籠ったときに比べれば、ましである。

(こんなところで修行の成果が出るとは)

 林杏は目を閉じ、ゆっくり呼吸をしながら眠りについた。


 目が覚め、体を伸ばすとあちこちが痛かった。寝られることと、体が耐えられるかどうかは別だと思い出す。

 ふとすき間のほうを見ると、深めの皿とレンゲが置かれている。見てみると、中には粥が入っていた。星宇がわざわざ持ってきたのだろう。どうやら星宇は閉じ込めるだけで、なにか害を与えるつもりはないようだ。

(いや、まあ、食事ない状態も、閉じ込められるのも困るんだけど)

 林杏は粥を食べることにした。腹が減ってはいくさができぬ。

 母親よりも濃い味つけの粥を食べ、林杏は立ち上がった。

(なんとかして、出口を確保しなくちゃ。しかも星宇にバレないように。ってことは、こっちの右側の窓はだめだ。正面の窓の板をちょっとずつ剥がしていくしかないか)

 林杏は扉の正面にある窓に打ちつけられている、下のほうの板から剥がすのを、再び試みる。板の厚みは指の関節2つ分。ずいぶんと分厚い。

(これは時間かかるな。っていうか、無理だ。……そうだ、なにか外に落ちてない?)

 林杏は右側の窓に移動すると、体を屈めてすき間から外を見た。腕は手首くらいまでしか出せない。しかも窓から地面までは胸の位置くらいまで離れている。

(地面に落ちてる物を拾うのは無理か。外はどうなってる?)

 餌を撒いておいたのか、何種類もの鳥が地面をついばんでいる。ふと近くの草むらを見ると、鳥を狙っているのか1匹の蛇が潜んでいるのが見えた。

(そうか、蛇、もしくは小動物っ。平伏させて父さんや母さんを連れてきてもらおう)

 しかし問題はどうやってこの小屋の中に入れるか。餌になりそうな、卵やネズミなどの生物はいない。

(仕方ない。あの草むらの蛇を平伏させてもらおう)

 移動して、なんとか蛇がはっきりと見える位置を見つける。ふと、蛇と目が合ったような気がした。すると蛇は目の前の鳥のことなど忘れたかのように、素早くこちらにやってくる。そしてすき間から小屋の中に入ってきた。

 林杏は蛇をよく見る。模様や体の色に見覚えがある。そして蛇は林杏の脚に絡みつき、服に噛みついた。相手に絡みつき、軽く噛みつくのは、蛇の求愛行動だ。

「まさか、お前なの?」

 蛇は頷くように、尻尾を上下に振った。以前晧月コウゲツにも話したことがある、林杏に求愛行動をしてくる、あの蛇のようだ。

「久しぶりだねえ。ごめんね、全然山にこなくって」

 蛇はまるで「気にしないで」とでも言うように、尻尾の先で林杏の脚をさすった。

 この蛇なら、ちょうどいい。頼めばきっと、林杏の両親を連れてきてくれるだろう。

(いや、待て。今の時間だと多分、星宇も一緒にいるはず。ごまかされたり、追い返されたりして、余計に出られなくなるかもしれない)

 林杏は蛇の体を撫でながら、声をかけた。

「お前も、まだ食事をしないといけないだろうし、夕方にもう1度来てくれない? 頼みたいことがあるの」

 蛇は林杏の体から離れて、舌をチロと出して小屋から去った。舌を1度出すのは、肯定や了承を指す、蛇と決めた合図だ。

(なにか書くものとかあったら、1番いいんだけど、仕方ない)

 林杏は服のすそを破き、人差し指を出血させる。そして一言『助けて』とだけ書き、床に置いて乾かした。

 しばらくすると、なにかを置く音がした。すき間のほうを見ると、粥が入っていた深皿がなくなって、別の食器が置かれている。皿の上には焼いた肉とゆでた野菜、そして箸が乗せられている。

「星宇、いるのっ?」

 返事はない。すき間から覗くと、星宇の後ろ姿が見えた。

「星宇、出してっ。なんでこんなこと、するのっ? 出してっ」

 しかし星宇はこちらを振り返ることも、返事をすることもなかった。腹が立ってきた林杏は壁を蹴って八つ当たりをした。


 食事を終え、すき間から入ってくる光が弱くなってしばらくすると、再び蛇がやってきた。

「来てくれてありがとう。実は私、ここに閉じ込められたんだ。だから村に行って、私の父さんと母さんを呼んできてほしい。この布に助けてほしいって書いたから、この布を渡して、父さんと母さんを連れてきて。私の家、わかる?」

 蛇は短く舌を出した。

 林杏が破いた布をくくりつけると、蛇は音もなく小屋から出ていった。

(よし。あとはなにができる? ……待てよ、扉や窓から出ようとするんじゃなくて、建物のどこかに弱い場所があれば、そこを壊せば出られる?)

 幸いにも林杏は飛べる。たとえ背が届かないところが弱っていたとしても、見つけられるかもしれない。

(よし、明るくなったら動こう)

 山に慣れている人でも、わざわざ夜にやってくるとは考えにくい。夕飯はないだろう。林杏は早めに眠ることにした。


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